『マルクス社会主義像の転換』について
評者:千石好郎(松山大学教授)『「近代」との対決』法律文化社
 1999年5月 所載
タイトル:「書評・大藪龍介『マルクス社会主義像の転換』」


 ベルリンの壁の崩壊からソ連の崩壊に至る一連の世界史的事件は、全世界のマルクス主義的社会科学会に深刻な問題を投げかけた。日本では数少ない誠実なマルクス政治学徒の1人である大藪龍介氏は、その問いと真剣に取り組んで1992年に『国家と民主主義:ポスト・マルクスの政治論』(社会評論社)を著わしたが、氏の新著『マルクス社会主義像の転換』は、さらにマルクス主義の立て直しの方向を追求したものである。

 氏によると、「マルクス社会主義像の転換」には、以下の4つの含意がある。

 @マルクスの未来社会像自体が、マルクス理論の全体的な成熟につれて、根本的な諸点での変更を含む変遷過程を辿ったこと。

 A後期マルクスから後期エンゲルスへ、さらにレーニンへの理論史的転変。

 B一方で、マルクスの同時代の多様な社会主義、共産主義の諸流派との思想的、理論的関係の洗い直し、他方では、近時クローズアップされている諸問題で明白に露呈しているマルクス理論の限界の摘出に基づいての、マルクスの未来社会像の歴史的な相対化への転換。

 C社会主義社会、共産主義社会の青写真を描くことにもまして、それへの過渡期社会像の解明をより一層重視することへの転換。過渡期社会像の再・新構築を中心とした、未来社会構造の段階を追ってのスケール・アップ。

 本書は、前著『国家と民主主義:ポスト・マルクスの政治論』(1992)ですでにAについてなされた蓄積を踏まえて、@とCについて深化させた試みがあるといえよう。Bについても、ある程度は言及されているが、評者にはやや手薄に感じられた。

 「前編・マルクスの過渡期社会像」では、「マルクスは、資本主義社会にとってかわるべき協同組合型社会を実地に確証するとともに、他方で、ブルジョア国家を打倒して樹立すべき労働者階級の国家がどのようなものであるべきかという懸案問題についての解答を、パリ・コミューンの経験から発見する」とマルクスの理論展開を追跡し、「マルクスの過渡期社会像」の全体的な輪郭を「協同組合型社会とコミューン型国家」の2本柱より構成されることを明らかにしている(41ページ)。そして、前者(「アソシエーション」)を「マルクスの未来社会構想の決定的なキーワード」として強調し、「自由で平等な諸個人が生産をはじめとする様々な部面で協力関係をとりむすんで縦横に連合してアソシエーションとしての協同社会をかたちづくる」。アソシエーション自体は、一方では職能的に(協同組織)、他方は地域的に(地域自治体)組織された中間集団という二重の編成構造をなす。「こうした中小規模の自治組織が個人と社会をつなぐ要の位置にあって、個々人の自由な発展と自由な人間社会の形成を媒介する」という。こうして、大藪氏は、美しい未来社会像を浮かび上がらせている。

 ところが、エンゲルス→レーニンへと下るにつれて、マルクスの原像が損われていった。大藪氏は、その変質を「マルクスが創唱したコミューン型国家をレーニンはそれとは似て非なる公安委員会型国家に改変して」しまったとして、以下の点を列挙する(77頁)。

 @「コミューンは共和制に、真に民主主義的な諸制度の基礎を与えた」→「コミューンは、プロレタリアートの独裁であった」。

 A地方自治体が全国的に連合する連邦制→中央集権制、分権制→権力集中制。

 B「派遣委員会議」→「代表機関」。派遣制→代表制。

 C「全国派遣委員会議」と「中央政府」の機構的、機能的分立→「立法的国家活動と執行的国家活動との結合。行政と立法の融合」。

 Dジャコバン主義の批判→ジャコバン主義の継承。

 E人民派遣機関の上に君臨する公安委員会の否認→公安委員会のソヴィエト・ロシア版たる公安委員会議の創設。

 この箇所などは、他に類例のない鮮やかな整理であり、非常に啓発された箇所の1つである。

 氏によれば、しかしながら、「マルクスの未来社会構想」は、制限されたものであったが、とりわけ、「政治的な自由民主主義の時代はマルクスの晩年に始まったばかりであった、自由民主主義国家の批判的研究に取り組むことは終になかったから、マルクスはブルジョア的なそれを超える、より高次の自由、民主主義存在形態を提示することはできなかった」(87頁)。そして、この論点こそ、「後編・マルクス、エンゲルスの民主主義論」が詳細に追求した論点である。

 評者は、氏の研究から多くの啓示を受けたが、幾つか疑問が残った点もあったので、氏の独創的な見解とそれにかかわるキーワードにコメントを付す形で、提示しよう。

 大藪龍介氏の方法論は、処女作『マルクス、エンゲルスの国家論』(現代思潮社、1978)において採用されている「マルクスとエンゲルスの国家論研究を、現在可能なかぎりの批評を加えながら、追思惟」するという方法が、基本的には採用されている。すなわち、マルクスの言説に忠実に内在するというものである。それは、氏の長年の蘊蓄によって、幾つかの独創的な研究結果を生みだしてきた。以下の論点などがそれである。

 @RechtとGesetzとの区別と連関

 A「土地のnationalization」解釈

 B近代の政治制度である代表制に代わる派遣委員(Delegierte)制の継承

 Cプロレタリアートの独裁問題の限定化

 @について。『資本論』に折り込まれている国家論(ブルジョア国家の解剖学)には、「直接にはヘーゲル法哲学の、一般的には近代自然哲学の批判的改作」がなされているという。すなわち、「Recht─Staat─Gesetzの上向的展開において」、「Rechtは、近代自然法学での自然法、厳密には政治的自然法と区別される道徳的自然法にあたり、生産し所有し交換する経済的諸関係に基づいて実践的にかたちづくられる道徳的な権利・規範を意味する。上述来の流通部面における自由、平等や人格は、道徳の次元におけるそれである。発生論=本質論的に、経済─道徳─国家─法という連関構造をかたちづくるのである」(213頁)としている。これは、日本ではほとんど指摘されていない論点であり、氏の貢献の1つと言えるだろう。

 Aについて。氏は、マルクスの「土地のnationalizationについて」論文について、「マルクスの時代には、概して国民所有(化)と国家所有(化)とが明別されず、とりわけイギリスでは、同じnationalizationの語で双方が二重うつしにされて表現される状況が存していたように思われる。しかし、マルクスが説いているのは、土地の国民所有化であって、国家所有化ではない」(49─50頁)。「土地の国家所有化」という解釈では、「地域自治体の連合によるコミューン国家の構想に従えば、また国家権力の社会による再吸収という根本的方位からすれば、国家権力を肥大化させないのは必須的要請である」が故に、「マルクスが前年にやっとパリ・コミューンに発見した過渡期国家の像と齟齬をきたす」。すなわち、「マルクスが到達した過渡期社会・国家像(協同組合志向型社会とコミューン型国家の接合)と相容れない」とされる。

 この箇所は、日本のマルクス研究者の間でも、集権主義と連合主義とのあいだで解釈が揺れている争点の1つである。私も最近の著書(『社会体制論の模索』晃洋書房)で言及したが、この争点については、保留していた。ただ、言えることは、nationalizationの語が概念的に未分化であったそれ自体に、マルクスの限界があったことは間違いないのではなかろうか?

 Bについて。確かにマルクスが近代の政治制度である代表制に代えて、派遣委員(Delegierte)制を提唱したことは、マルクスの主観的意図を明示した点で、有意義であろう。しかしながら、行為者の主観的意図が現実の社会過程において、意図せざる客観的結果を生み落とすことこそ、社会現象の特徴であって、だからこそ、社会科学は、その解明に意を注いできたのであった。「代表」でも「派遣委員」でも名称がどうであれ、ある種の構造的文脈に置かれれば、民衆側の意向に沿って行動する場合もあれば、それに反した言動をせざるを得ない破目に陥る場合も出てくるのが、現実というものであろう。

 Cの「プロレタリアートの独裁問題」は、私見では、現代マルクス主義の最大の難点である。レーニンが『国家と革命』において、「階級闘争の承認をプロレタリアートの独裁の承認に拡張する人だけが、マルクス主義者である」とマルクス主義の試金石にした問題であった。今日では、イタリア、スペイン、フランスなどの各国共産党が、1970年代後半に「プロレタリアート独裁」を放棄したのは周知の通りである。

 大藪氏のこの問題への結論は、次の一文に集約されている。すなわち、「プロレタリアート独裁は、20世紀マルクス主義の鍵概念の1つとなるのだが、レーニンによって体系化されたプロレタリアート独裁論には、数々の逸脱や過誤が所在していた。しかしながら、看過してはならないのは、プロレタリアート独裁の過渡期の全時期への永続化、独裁と民主主義との一体的両面化による敵=外と味方=内への振り分け、更にはジャコバン独裁の継承、過渡期国家の本質としての独裁の形態としての民主主義にたいする優位の確定、等に関して、レーニンの所論への道がマルクスとエンゲルスとによって開かれていたことである」(256頁)。ここで問題なのは、氏がプロレタリアート独裁をたとえ一時的であれ「かつてないほど徹底して民主主義的である(べき)コミューン国家が革命の渦中の階級対立と階級闘争が特定の状況を呈する局面で臨時的に備えもつ一面である。もしくはプロレタリアート民主主義革命の蓋然的な契機である」(247頁)として、容認している点にある。評者としては、すでに自由民主主義の制度が整っている先進国では、あくまでも政権を取ったり取られたりしながら、有権者への正当性確保の競争のなかで、民主義的社会主義が追求されるべきものではなかろうか?と考える。

 なお、この問題については、若干の文献に当たってみたが、1983年の時点で、アメリカのシドニー・フックが「カール・マルクス対共産主義運動」論文において、「自らの政治的経歴をマルクス主義の遺産の執行者であると確信したボルシェヴィキ・レーニン主義者達が、その理論と理念の主要な死刑執行人として終えたことが、どうして可能だったのか?資本主義者会のくびきから労働者階級の解放を意図しつつ、彼らが労働者に対するより抑圧的なくびきさえなすりつけ、若干のかつては同情者たちの判断では、われわれの時代における社会主義という全理想を不信に陥らせたのは、どうしてだったのか?恐らくは、だた1つの最も重要な説明は、<プロレタリアートの独裁>というマルクスのかの不幸な語句・・・マルクスの意味が<独裁>という用語を使用することなしには表現され得なかったという点で、不幸であった・・・を共産党のプロレタリアートとその他あらゆる階級に対する独裁に変換させた点にあった」("Marxism & Beyond",Rowman & Littlefield,1983 p.13)と論じて、大藪氏の試みを先駆的に行っていたことを知った。日本では、「マルクス葬送派」と呼ばれた若い政治家たちの言及はあったが、アカデミズムでは遅滞していたが、欧米では、いわば常識となっていたのであり、温度差が歴然としてあるといえよう。しかし、その差を大藪氏の仕事が急速に縮小させていることは間違いないだろう。

 集約すると、マルクス主義の最大の問題は、マルクスのアソシエーション論とプロレタリアート独裁論との関係をどう統一的に把握するのか、にあるのでは?評者は、近著でこれを「アポリア」として捉えた。大藪氏の場合、既に述べたように、必ずしも明示されてはいない点に懸念が残る。そのことは、氏の場合、マルクスへの思い入れがまだ大き過ぎるということなのではなかろうか。先に列挙したABCの諸論点は、つまるところ、マルクスのパラダイムが19世紀の時代的刻印を背負っており、『資本論』こそ最高の到達点であるとする「生産パラダイム」に終り、唯物史観の公式のなかにある「物質的生活の生産様式が、社会的、政治的、および精神的生活過程一般を制約する」のうち、「社会的生活過程」を自律的な領域として対自的に科学的に探求することが出来なかった点に、マルクスの限界があるのではないのが、ということが、社会学専攻の評者の見解である。

 今日、日本の良質のマルクス派は、「国家の社会への再吸収」に言及しているが、2段階ではなくて、国家─市民社会(中間集団)─個人の3段階説へと拡張する必要があると、評者は考えている。その点、大藪氏の場合、確かに「中間集団」についての言及が、唯一回ではあるが、している(79頁)。しかし、掘り下げが不足している。マルクスは、社会次元の掘り下げはほとんど行っていなかったことにも原因があり、そのことがまた、その後の社会主義運動の悲劇の一因をなしていたのではないだろうか?

 紙数の制限のために、検討することができなかったが、シドニー・フックは先の論文で「マルクスと彼の論文を評価する際にはただ歴史的アプローチだけが、彼の意図と寄与を正当化しうるように、私には思える。マルクスが、イギリスにおける極めて未熟な形態を除けば、民主的政治的諸制度がまだ発展していなかったメッテルニヒの反動期に成人したことは、時折忘れ去られている」とか「マルクスの思想の歴史的文脈を考慮に入れ損うことと彼のテキストを文字どおり読むことは、時折、彼の意味を無意味にする」と述べている。この視角から大藪氏の本書を検討してみることも、残された課題であろう。

 最後に一言。加藤哲郎氏は、本書の書評で、大藪氏の見解を「(マルクス主義社会主義像の)スケール・アップ」(=拡張)と特徴づけ、これに対して、自らの立場を「ヴァージョン・アップ」(=改版)と主張されている。評者も、加藤説に近い立場であるが、問題はその内容である。その意味で、「マルクス理論の方法論上のパラダイム革新」を提唱したい。