【岡照芳の文学大好きC】

 

<>          失楽園[J.ミルトン]  

 

 

【失楽園】(Paradise Lost
ミルトン(
John Milton)作。旧約聖書「創世記」に取材した長編叙事詩。一六六七年完成。神に背いて地獄に落ちた反逆の天使サタンは、地獄より脱出し、禁断の木の実をイブに食べさせるという尊大な計画を実行する。誘惑され、罪を犯したアダムとイブはエデンの楽園を失うが、やがて訪れるキリストによる救済の希望を胸に、「内なる失楽園」を約束されてエデンを後にする。
 人類最古の物語を、鋭い解釈と洞察力、古典や聖書の深い知識に養われた豊かな想像力で描き、時代を超えて、なお多くの人生と信仰の指針を与える。古代叙事詩の形式のもと、キリスト教の世界観を雄大に歌い上げた、イギリス文学史上最も偉大な作品の一つである。

 

 「失楽園」の本家本元は、渡辺淳一ではない。聖書である。そして、ミルトン作「失楽園」は、聖書をもとに創作された、雄大な信仰的フィクションである。
 サタンを頭とする反逆天使軍は、神にかなうはずもなく、一網打尽、天国から混沌たる暗黒の深淵に突き落とされる。
 気絶失神し、炎々たる火の海に横たわるサタンの軍勢
(その多くは後に聖書で偽りの神々として登場する)は、ようやく壊滅的な打撃から立ち直り、自分達の悲痛な転落について嘆き合う。まさしく天国から地獄!
 「ああ、これが、あの天国の代わりに我々の住むべき住処
(スミカ)なのか?」
 サタンは配下の全軍勢に呼びかける。「一敗地に塗
(マミ)れたからといって、それがどうだというのだ? すべてが失われたわけではない」
 彼らは天国で聞いていた予言を思い出す。「やがて新しい世界が造られる」その新世界を神より奪い、神への復讐を果たす。しかし、どこにある?
誰が行く?
 
サタン自らこの困難な遠征に赴こうと語り、一同の拍手喝采を浴びる。
 サタンは、広漠たる暗黒の海上を飛翔し、やがて地獄の門に至る。門番は、サタンの娘「罪」と、彼女とサタンとの近親相姦により生まれた一人息子「死」である。
 なんとも忌まわしい地獄の三位一体!

彼らは父親のために地獄の門を開き、サタンは、地獄と天国との中間に横たわる巨大な混沌たる深淵を翔けぬけて、求めていた新世界を遥かに望見する。
 神はすべてをご覧になり、サタンの誘惑により、人類が罪に陥ることも予見される。御子イエスは、罪に陥る人間へのすべての罰を身代りに引き受けると申し出、父はそれを受け入れられる。天使たちの大合唱が父なる神と御子イエスをほめたたえる。
 その頃、エデンの楽園に到着したサタンは、神にも似た麗しいアダムとイブの姿、幸せな愛のいとなみを目の当たりにし、驚嘆と羨望を覚える。そして、二人の対話を耳にし、知識の樹が彼らに禁じられていると知り、その禁制を破らせる策を練る。
 一方、悪魔の浸入を知り、天使ガブリエルらは楽園の厳重警戒にあたる。ほどなく、眠るイブの耳元で夢による誘惑をたくらむサタンを発見し、楽園から追放する。
 夢から覚めたイブとアダムのもとに天使ラファエルが遣わされ、侵入者サタンについて警告し、彼の天上における神への反逆と無残な敗北、御子イエスによる勝利の凱旋を物語る。二人は、日が暮れるまで、時を忘れて聞き入っていた。
夜陰に乗じ、再びサタンが霧のように楽園に舞い戻り、蛇の体内に入り込む。
 その日が来た。朝となり、アダムとイブはいつも楽園でする共同作業を、この日に限って、別々の場所で分担する。イブの提案により、愛の共同作業より、分担作業の能率を優先したのだ。愛よりも効率をとる、そこに悪魔がつけ込んだ。
聖書には、こう記されている。
「人が一人でいるのはよくない」。
 一人でいるイブに、蛇の姿でサタンが近づいた。言葉たくみに彼女の麗しさをほめそやす蛇。イブは、蛇が人の言葉を話すのに驚き、どうしてそんな知恵がついたのか尋ねる。蛇は、ある一本の樹の果実を味わったおかげだと言い、イブを案内する。
それは、禁じられた知識の樹。しかし、蛇の巧妙な悪知恵と弁舌に促され、彼女はその木の実を食す。魅惑的なその味。驚喜してアダムにもすすめる。
 愕然と聞く彼の手から彼女のために編みかけていた花輪は地に落ちた。
なんという過ちを……、アダムは激しく動揺するが、愛ゆえに、彼女と共に滅びる覚悟をし、自らも果実を食す。
 そのとき、天地もうめき、人に死をもたらす罪の犯されたことを嘆いた。たちまち罪の結果が二人に現われ、彼らは恥じてその裸を覆い、互いに相手を非難し合う。
 ああ、妻のために死んでもよい、それほどの愛の決意はどこに消えたのか。愛の神に背いて、人はどうして愛せようか。
意気揚揚と帰還したサタンは「罪」と「死」の歓迎を受け、地獄の全聴衆に向かい、人間に対する陰謀の成功を誇らしげに語る。 
だが、突如、神罰が下り、みな蛇と化し、地獄に忽然と禁断の樹が現われる。無数の蛇どもがその樹に殺到し、果実を貪り喰らうが、口の中で苦々しい灰と変わる。
 神は御子を遣わし、二人に楽園追放を宣告し、憐れな裸身を覆う皮衣を与えられる。罪を覆う愛。失楽園の悲しみの中、罪の遺産を子孫に及ぼす前に自殺さえ考えた二人は、この神の愛に望みを置き、祈る。
 楽園を失い、それでも神に向うアダム。天国を追われ、神への反逆と復讐に向うサタンと、人との、それが違いであろう。
 祈りは神に届き、天使ミカエルが二人のもとに遣わされる。アダムは高い山の頂きに引き上げられ、これから後に起こる様々な出来事をそして、女から生まれ来る救世主による、失われた楽園の回復が約束される。アダムは喜ばしい望みにあふれ、山を下る。
 すでに楽園を去るべき時は迫っていた。アダムは「従うことこそ最善」と思い知る。それこそ「最高の知恵」なのだ。
 悲しみの余り眠り込んでいたイブも、夢の中で神の慰めを受けて目覚め、二人は、手に手をとって、悲しみつつも平和に楽園を後にする……。
それ以来、人は今も失われた楽園を探し続けている。いや、罪の暗闇の中、自分が何を探していたのかも忘れかけている。
 神に向う道の彼方、罪を覆う愛に輝く、神の楽園を見出す人は幸いである。

 Illustration by Chikahiro Miyamoto