誰も宮本を見ていない
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ポーランド戦の前半40分40秒ごろ。宮本がただひとり宮本であることが証明された。日本のゴール前で、ポーランドの攻撃は失敗し、ボールは川口の腕の中にすっぽりとおさまっていった。これは、偶然か?スーパープレイか?どこが凄いのか?このプレイがネット上で話題になっている。なぜ、かくもこのプレーが話題になるのか、私には理解できない。なんとなれば、このプレーは普通にプレイを見ているファンには既知のプレイのバリエーションに過ぎず、さらには、ポーランド戦の直前に私自身がF3における最も優れたプレイとして指摘したものに過ぎないのだが、あまり意図が理解されなかったようだ。そう、このプレイは代表ファンなら誰でも知っているはずのプレイである。

プレイを、前半40分台のわずか10秒ほどの間の出来事をもう一度、復元してみよう。ポーランド最終ラインは数本の横パスの交換から、大きくスペースの空いた中盤に長い縦パスを出した。これをスライディングでパスカットしようとしたのは松田である。
 このプレイは成功しなかったが決して悪いプレイではない。正確に足にヒットしていれば、確実に取れたであろうし、もし成功すればボールは稲本に渡り、日本のビッグチャンスになった可能性も高い。さらに、失敗してもハーフラインを超えた中盤の高い位置なので後方には数人の日本選手がおり、充分リカバーされうると松田は判断したのだろう。実際にそうならなかったのは、松田の足にかすってパスが上手く止まってしまったため、パスを受けたポーランド選手がワンタッチでオリザデベに縦パスを通せたためである。

 パスを受けたオリザデベは、ハーフライン付近から中央をタテにドリブルを開始し、攻撃に参加するポーランド選手は4人から5人。守備の日本選手は宮本と中田浩二、後ろから市川が追走し、さらに後ろを稲本が追走する。

 ところがオリザデベはドリブルのスピードを落とし、PAの遙か手前で市川に後方から捕捉されてしまうのだ。なぜか。何のことはない、宮本と中田浩二がゆっくり後退したからだ。宮本が入った最終ラインの典型的プレイで、誰でも知っているプレイである。ドリブルしながらパスコースをさがしていたであろうオリザデベは日本右サイドを駆け上がってくるフリーの21番も見えたであろうし、中田浩二と対峙している9番も見えたろう。この時点でオリザデベの選択肢は少なくとも3つあった。1つは自身でのドリブル突破。そして2つのパスコースである。宮本と中田浩二がゆっくり下がったため、オリザデベが予測したほどゴール前に詰めることができず、21番に決定的なスルーパスを出すには21番は上がれていなかったのである。
 
 市川のオリザデベ捕捉時点では画面上では日本は3対3であるが、ポーランド21番は右サイドでフリーである。宮本はオリザデベの前方のスペースとシュートコースを消しながら、PA前で市川が奪ってヒールで出したボールを何とスルーしてしまう。そうして、敵とボールを切り離し、なおかつGKを守りながら、GKにボールをキャッチさせている。

リプレイで見ると(中田浩二の21番の侵入を誘発する下がりすぎを含め)はっきり分かるが、宮本は意図的に左足をあげてスルーしている。11番オリザデベは自分で走路をブロックできる。9番の前には中田浩二がいる。21番は遠過ぎて間に合わない。ゴール前に転がったボールは川口がガッチリキャッチするだろう。

決定的なスペースに出されたボールは何も危険ではない。F3の裏のスペースにいくらボールを通されても危険でも何でもない。敵選手がそのスペースに入り込み、なおかつそのスペース内でボールをコントロールしてはじめて危険なのだ。これを裏返せば、「ボール通して人通さず」という言葉に集約できよう。
ボールと敵を分断してしまえばいいのだ。40分のプレイは実に単純な論理に基づいたスーパーなプレイなのだ。

こんなスーパープレイを見せてくれる選手を、私はあいにくと宮本しか知らないのだが、このプレイは代表戦初見ではない。同種のプレイは五輪代表戦(「ボール通して人通さず」)ですでに一般に知られている。このとき、解説の柱谷哲二氏は「今のは宮本が余裕で読んでいましたね」ときちんと評価しているのだ。そう、誰でもすでに知っているはずのプレイではないか。俊輔のフリーキックは知っていても宮本のプレイは知らない。これが、今のサッカーファンのレベルである。

ポーランド戦前半40分でのスルーが、宮本の恣意に基づくプレイであることに、そもそも疑問の余地がない。そして状況証拠のひとつに川口がボールを取りに行ったタイミングをあげよう。宮本にスルーの指示を出しているのが川口だったのならば、ボールを押さえ動き出すタイミングは今ひとつはやかったのではないか?宮本がスルーしたのを見て、宮本に声をかけられて、もしくは宮本のプレイの意図を理解してから川口はボールを取りに行っていると見るのが自然なタイミングである。中田浩二ともうひとりのポーランド選手の位置関係を見ると、キャッチのタイミングがもう少し早いほうが安全である。なぜなら中田浩二はキャッチのときに、ポーランドの選手に身体を入れ替えられており、ポーランドの選手の方が前に出かかっているからだ。

現在ネット上で宮本の評価が高まっていること自体は嬉しいことだが、その一方でつくづくと、サッカーマニアを自負する人々が、ただひとりの例外を除いて「誰もが宮本を見ていなかったのだ」と思わずにはいられないのも事実だ。代表戦でもこんな体たらくなのだから、ましてやガンバにおける宮本など、ほとんど見ているはずもなく、だからこそ99年ガンバのF3を「付け焼き刃」と見たこともないくせに断定するのだ。そういえば98年のU-21アルゼンチン戦の成功を無視してまで、日本で最初にF3を成功させた選手に手島を挙げたファンも実在するのだ。そして2000年カールスバーグ杯からはじまった、信じがたいF3進化論を思い起こせば、ただひとりの例外を除いて「誰もF3を見ていない」と拡大解釈しても、あながち誇大妄想ではないのだろうか?

わたしにも、サッカーにおける宮本の真実が、すべて見えるわけではない。けれど、すべて見えていないことは理解できるし、少しでもおおく彼のサッカーの真実を見たいと切望している。だから万博記念競技場に年間シートを持っている私は、日本のサッカーファンとして、たいへんな幸せ者である。

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