転輪王の時代精神 |
ただ有明のトップに戻る |
ピッチ上の一切を手の内に照覧する者にしてシステムの運行管理者−宮本恒靖−。だからこそ彼はこれから10〜20年のサッカーにおける時代精神の体現者として、過去の時代精神の体現者であったクライフやベッケンバウアーなどのサッカーの神々達と比較されてしかるべきだと思うのだ。 サッカーが日本に上陸して、先人達の努力により普及していく中で、日本の風土に根ざした日本独自のサッカースタイルが生まれようとするまさにそのとき、日本サッカーの時代精神を担うべく必然の帰結として時代が宮本を生み出した。 ガンバの稲本についても彼独特のプレースタイルから”稲本ポジション”なる言葉が生まれたが、「新しいカテゴリーのポジション」としてのみ完結するものだろう。しかし”ミヤモトツネヤス”なる事象の本質は「本邦唯一のF3の体現者」でも「新戦術の考案者」でも「世界的なライン統率者」そして「ゲームコントローラー」にも止まっていない。「ピッチ上を支配する転輪王」にして「日本が世界に向けて生み出した21世紀最初の時代精神」である。そして、それは「サッカー界の時代精神」と限定して良いのかどうかすらわからないほど巨大な才能だ。 TVの画像を含めても寡聞にして、宮本のような野心的なDFを、私は他には知らない。ラインの高さの設定によるスペースのコントロールは、単に中盤の為のゲームエリアの設定を越えており、攻撃の時間帯と守備の時間帯の設定になっている。また、ラインの細かな上下は敵FWの牽制を超えて、相手に攻撃をさせることで味方の攻撃のためのスペースの創出する道具にもなっている。注意深くガンバを見ていればいい、サッカーネイションから届く最新映像にすら詰まってない、技術と思想がここにある。スモールフィールドでスペースを失った味方の攻撃陣のために、ボールを持たせて相手の攻撃を釣りだし、相手が攻撃に出た時にスモールフィールド内で生まれたスペースを利用した攻撃が今年のセカンドステージ開幕以来、何試合も続いている。こんなふうに相手の攻撃まで操るかのような演出が可能なのだろうか?いいや、そんな技量を今まで誰も手にしてないだろう。ガンバの得点を偶然にはまったカウンターとして認識することは 、むしろ常識的な情報処理だろう。しかしそれが何試合も続くに至って、それが紛れもない恣意にもとづく技術であることが分かり、思想が技術を選ぶという芸術界では切実な事実に思い至るのだ。ピッチ上で選手の配置を微調整し、時には大胆にシステムチェンジもやってのけ、誰がどこから攻撃するかまでをプレーと声と姿で指示する宮本は、ピッチ上をすみずみまでどん欲に細部まで支配しようとするかつてない野心的なDFだろう。彼は自分自身の意思をピッチ上のどこまでにも敷衍しようとする。「有機的な組織体としてチームが機能する」という日本サッカーの思想に宮本は実体を与えているのだ。 ガンバのディフェンスラインにおいてもそうだろう。宮本は、攻撃したいとき、守りたいとき、しぶとく凌ぎたいとき、その状況の時々に合わせてDFの数を変化させている。私はこれを「ガンバの3.5バック」と名付けたが、「3.5バック」の世界では3バック、4バックという従来のシステムの概念はうち砕かれている。まして、ゲーム途中の修正によるシステム変更ですらない。そのときそのときに、DFの数は変化する。しかも相手の攻撃に合わせた受動的なものではなく、極めて能動的に。ガンバの守備には、もはや3バック、4バックという概念は存在しないのだ。ピッチ上には10人のフィールドプレイヤーがいて、その内、その瞬間に宮本がディフェンスラインに使う選手がDFである。宮本の支配するゲームではポジションという概念も希薄なものになってしまう。私は、99年の最終のジェフ戦でF3と一緒にラインを上げ下げするFW小島の姿を見た。 前線でFWがボールをキープできない試合では、FWがボールを失いカウンターを食らいそうなときに、敵が前線に出したロングボールの受け手の前でカットするべく、ラインを高くあげる。これは単純な守備ではない。ボールを奪い返すと同時に攻撃の起点となってカウンター返しを仕掛けるのだ。個人としてのDFが単純にインターセプトから攻め上がるのではなく、組織として意図された守備と攻撃が一体になったプレーの演出者。寡聞にしてこんな守備をするDFを私は他に知らない。 組織効率を最大限に追求した到達点にあるもの。守備にして攻撃、攻撃にして守備。変幻自在に選手達の役割は変化していく。私は、宮本の支配するチーム(特にガンバ)は日本の組織サッカーの生み出した正当な後継者にして、日本サッカーが世界に向けてその存在を知らしめる時、生まれるべくして生まれた時代精神だと思う。 (本稿は、当初「攻撃を演出するDF」として準備していたのですが、宮本選手はその枠に納まりきらないため、推敲し改題しました。) |