そのとき何が起こっていたのか
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 幾つかの報道によると、前半開始直後の最終ラインに激怒したトルシエは宮本にアップを命じることにより、最終ラインを立て直したそうである。トルシエはパフォーマンスの悪い選手をすぐに入れ替える監督だが、かつて、最終ラインに対して開始10数分でDFを入れ替えたことは有っただろうか。少なくとも私の記憶ではトルシエがこのような采配をしたことは思い当たらない。これは、異常な出来事ではないのか。湯浅健二氏のように単なる「刺激」と脳天気に捉えられるような出来事なのだろうか。WCまで1年を切った今の時点で、最終ラインが開始早々に選手を入れ替えざるを得ないと言うことは、どういうことなのか。極めて深刻な事態ではないか。

 そのときピッチ上では何が起こっていたのか。たしかに、前半開始早々、コリカのパスを受けた11番に突破された印象的なピンチのシーンはある。しかしながら、前半を通じて、ピンチは万遍なくあったのだ。コリカに3人抜きをされラストパスを出されたり、松田がファーでマークしている選手にフリーでヘッドを打たしてしまったり、ピンチには事欠かない。ディフェンスは決して強固になっていないのだ。DFがボールを奪取しようとして、バランスを崩しブレイク状態となったため、シュートコースが空き、ピンチを招くシーンは前半から後半にかけて両チームとも決して減っていない。幸運にも日本のチャンスは得点に繋がり、豪州のチャンスは得点にならなかったにすぎない。では、トルシエにとって、11番の突破は何が特別なのだろうか。

 トルシエは何を修正しようとしたのか。思い出すのはコパアメリカの井原の守備である。ペルー戦で、井原は前半3バック、後半F3を試みたとされ、前半は凌ぎきり、後半に守備を崩壊させている。にもかかわらず、トルシエは求められた戦術を忠実に履行したとして後半を評価した。

 豪州戦も、この評価があてはまる。トルシエはF3を行わない3バックに激怒したのだ。地上波では11番の突破のシーンでしか確認できないが、スタジアムで観戦した人には分かるであろう。日本の3バックはボールホルダーにアタックに行くDFの反対サイドのDFは、位置を更に下げる。つまり、つるべのように動いていたのだ。

 クレバー・リベロ氏の教示によれば、サッキ以前の約20年前のラインディフェンスはこのように動いていた。F3とは明確に違っているにもかかわらず、このようにDFが動くことが正しいと強固に信じている人は未だに多いそうである。通常のF3では、アタックしたDFと同じ高さまで残りのDFは押し上げる動きをし、オフサイドラインを修復しようとする。オフサイドラインを保つことにより、相手FWのプレーの選択肢を制限しようとするからである。最近の事例では2001年オールスターのウェストが前半はこのようなディフェンスをしている。

 つるべのように動く場合、オフサイドラインは常に消失したブレイク状態であるから、アタックを敢行したDFを他のDFは、カバーする以外プレーの選択肢がない。開始15分ぐらいは日本の3バックは、TVでは判らないが、きれいな斜めラインを形成し続けていたのだ。この状況ではオフサイドをアピールすることはほとんど意味がないのだが、日本のDF特に松田はオフサイドをアピールし続けた。11番突破のシーンでも一瞬アピールしかけているように見えた。しかし、このシーンでは松田−森岡−中田の順にきれいに斜めラインを形成してしまっており、カバーする以外どうしようもないのである。

 私は、バックスタンドにいたため、トルシエが3バックにこのように守れと指示しているのだとばかり思っていた。実際には違ったようだが、わたしは、昨年、宮本が代表デビューした試合でのタスクが「ラインを立て直せ」であったことを思い出している。そして、松田、森岡、中田はまともに戦術を理解しているのか首をひねらざるを得ない。

 対する豪州はルーズな状態からPAでラインを形成するプレミアでよく見るタイプのラインディフェンスで守っていたが、自分のものになっていないらしく、ラインを消失させては失点していた。1点目は、アルビレックスであれば、ゴール前はラインになってマークを外さなかったであろうし、2点目は服部をフリーにしただけでなく3人が無意味に固まって余ってしまっている。ボールの受け手にアタックしすぎて、バランスを崩し、フリーの選手を作ってしまうブレイク状態による典型的な失点パターンである。豪州は約60分で未完成のラインディフェンスを諦め、3番を13番に代えてマンマークに切り替えてしまった。

 この試合での、それ以外の事象を瞥見してみると3バックは日本が得点した直後2〜3分はフラットになったが、それ以外はスイーパーシステムに過ぎず、豪州よりもさらにラインが作れない。松田は競り合わず、短距離で放物線を描かないボールに対しては積極的にヘディングするようになっているが、決定的なシーンでは競り負ける。松田は1点目のフィードを得点につなげているが、これは豪州の3番に完全にふさがれており、通常ではミスパスに過ぎない。得点できたのは森島の二川を彷彿とさせる相手と自分の重心の入れ替えを使ったドリブルのおかげである。

 伊東、戸田、森岡のエスパルス3選手は本当にヘディングしない。これはエスパルスの特徴といって良いだろう。競り合いに弱いのも3選手共通の特徴だが、伊東は比較的マシである。一方、戸田はボールを奪われる場面が目立ち、ロングパスも出せないし、パスにアイデアがあるわけでもない。森岡のヘッドのカバーができるわけでもない。攻守ともに問題点が多い。

 豪州の中盤は、パスミスが多く、簡単にボールをインターセプトされていた。ラストパスはほとんど通らなかったため得点できなかったのであるが、身体を上手く入れてボールを奪い、また、相手とボールとの間に自分の身体をねじ込んでブロックし、ボールをキープし失うことが少ないなど中盤を試合していたのは、むしろ、豪州ではなかったかと思う。けれど豪州は3点差で日本に敗れた。その理由はこの試合が両者にとって権威のある真剣勝負ではなくテストマッチに近かったこともあろうが、90分豪州がラインディフェンスを維持できなかったことが最大の理由であると思われる。

 確かに、点差ほどの力量差を感じさせないチームであった。

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