angel's cheek
2nd morn-noon


なんだか酷く近くで君の声が聞こえる。
睡魔の波打ち際、ぎりぎり。朝と夢の間に必死に指だけひっかかってる僕を呼んでいる。
あ…でも、これリアルな夢かな…
やっぱり夢かな。
妙に重たい瞼はまるで自分の意思だけじゃ開いてくれない。
まるで睫に糊ついたように粘つく。
ああ、これきっと泣きすぎたんだなぁ…と、眠りつづける頭のどこかで感じている。
でも、あったかい。
寄せる毛布の端を無意識に掴んでかき寄せる。

「あまり引っ張らないでくれ。寒い…」

ん?
やわらかいwoolを包む、指先。左に屈めた体。心臓は下に。横顔はシーツに寄せて。
いつもと同じ姿勢。
ただ、違ったのは温度。
あたたかい。
目をこすり、不思議さに渋々とめを開く。
ありえないくらいの接近。ひとつの、てのひらほども空いていない。
すっかり乱れてしまったた前髪のまま、隔たるレンズもないまま。
目頭を指で拭う。

「おはよう」
「……はい…」

目醒めたとき、いつも目に入るのはサボテンの並ぶ出窓。
まさか、手塚の顔の向こうに見る日がくるとは思わなかったな。
自分を確認するように、もう一度、瞬きしてみる。
照らす光は少し薄暗い。
薄暮のひかりはベッドサイドのカーテンが閉じられたまま。
遮光カーテンは十分に光を閉ざしていたけれど、隙間から漏れる日の光が闇に勝るみたいだ。
まだ眠りたいなーと思う。正直、動きたい気分じゃない。自分からなんて動けない。
まさに今、これが現実的、朝ってやつなんだなぁ…と、しみじみと実感する。
自分のベッドに寝てるのに、この溢れる恥ずかしさをどう表現すればいいんだろう。
大概困惑した顔をしていただろう、僕だったけど…よくよく見てみれば、手塚も同じ位、戸惑っていた。

「すまん。なんだかタイミングを失ったようだ」
「いや、いいんだけど…」
「ちょっと恥ずかしいな」
「うん」

抱きしめて改めて知った、比較的体温の高い手塚の肌。
そのぬくもりを直に感じる。
しばし見つめあった後、素肌のまま、2人して、シーツに顔を伏せる。
ふたりしてなにやってんだか。

「どうしようかと、迷ってるうちに時間がたってしまった」
「え」
「でも、こんな風に堂々と不二の寝顔をみれるのもいいな」
「なにいってんだろうね」

顔を伏せたままで伏せたまま、ぶっすり答えると、隣で手塚が笑っているのが揺れて判った。

「先にシャワー浴びたら ? 僕、もう少し、休むよ」
「あ」
「昨日、使ったからお風呂の使い方わかるよね?」
「ああ」

髪をすい、と梳かれ、心が一瞬揺れる。危ない。震えなかっただけ、上等だ。
枕に伏せたままの僕の後ろ髪を何度となく撫でる。あんまり触るな。感じるから。
そんな優しくされると、なんだか暴れたくなる。

「大丈夫か?」

ありきたりのことだけど、その声は心底申し訳なさそうな子供みたいなちいさな声で。
もう。仕方ないもんだよ。
そんな確認するなら、最初から加減ってものを知っててよ。
これじゃ、テニスなんてできやしない。

「後少し休めば平気だから」

半分だけ。横顔だけ起こして、めいいっぱいの勇気で微笑んでみる。
片目だけの視線。
そこに見えたのは、もう何処でも見たことのない手塚だった。
ほどけた前髪は当たり前の幼さをほんの少しだけ残してる。なんて言っていいのか判らず、躊躇う唇の乾いた皺。
怒られることを覚悟した瞳に、寄せられた綺麗な眉。
昨日あれほどに僕を翻弄し、壊した腕は何処か戸惑いがちに、僕の髪を撫でていて…。
そして、僕は負ける。
いつも冷静沈着な君が僕といると何処か壊れる。それはいいことなのか、悪いことなのか。
僕には判断しがたいけど。
ただ、今、気恥ずかしさよりも増して僕を埋めるのは果てしない落陽感。諦めと安堵。
そして、限りない愛しさ。
この気持ちを感じる限り、僕はきっと諦め続けるだろう。
こういうものでしょう?
こうして恋に落ちるものなんだから。
何度も。
何度も。

「ほんと、平気だよ。今日テニスをするっていう夢は破れたけどね」
「…すまん」

差し出された腕を支えに、仰向けに転がる。触れる肌と、同じようにやわらかい毛布を手繰り寄せてサナギのように丸くなった。
ふとみると、崩れたベッドカバーの上にはに脱いだままになっていたシャツが辛うじてひっかかっていた。
なぜか笑い出したくなる。
確かな僕の部屋に、見慣れない君のシャツや眼鏡や、フェルト地の高そうなSHIPSのパンツやカーキーのアンダー。
これからきっと目覚めるたびに、君の存在を錯覚しそうで嫌だ。
こうして君が、君の存在を、みなえい欠片を落としていく。
その影をふいに見つけるたびに、きっと僕は逃げられなくなるだろう。
跳ねるスプリングの、自分のベッドの当たり前の感触にすら。
きっと。

やっと醒めた脳裏に焼きつく、この朝。
ここからやっと記憶に残る。

「手塚」
「ん?」

シャツの袖に腕を通しながら、振り向く彼に啄ばむように口付ける。

おはよう。


新しい一年の、本当の始まり。

あけましておめでとう。




end .