horry night ,pray

クリスマスの夜、いつもの病院からの帰り道に、不二の姿を見つけた。
それはとても静かな、静かなクリスマスの夕暮れだった。
日が落ちて、少し冷えてきた風の中だった。
声がしたんだ。
それは、俺にとっては特別な声…

「クリスマスは家族と教会に行くんだよ」

そういって、笑っていた不二。
不二がクリスチャンだとは知らなかった。

反対側の歩道を、俺には気づかずに不二が歩いている。
当然、俺がみていることには気がついていないようだった。
不二に少し似た母親と姉、そしてその隣に少しだけ2人よりも背の高い不二がいる。
いつものように、穏やかな笑みを浮かべている。
そんな家族と歩いている姿をみて、不意に思い出したんだ…


今日がクリスマスだということを…。
不二が言っていたんだ。
クリスマスの夜には家族と教会に行くんだ、と…。



クリスマスか。
不二の姿をみるまで、思い出しもしなかった。
街中に鳴り響くクリスマスソングには飽き切っていて、耳に残らなくなっていた。
そんな麻痺していた心に、不意にすべてが命を吹き込んで、耳に囁かれる。

「別にまじめに信仰している訳じゃないから、そうかしこまって考えるものでもないんだけどね」

ちょっと照れたように、前髪に触れていた。
その指先が綺麗に組まれる、神の祭壇を思う。それは何のために祈るのか…

「考え事をするには、わりといい空間だったりもするんだよ」

懺悔するわけじゃなくて?

つい聞きたくなってしまう。後悔してないか?
そんなことは聞けるはずないけれど。
俺にとっては、彼がどう思っているか。それだけがすべて。
この世の中に、楽なことなんてそんなにあるはずもない。
それはもう充分判っているつもりの俺。
ただ、ああして無理をしてでも答えてくれた縁を、俺は手離す気なんてないから…。
だから…



神様、こんな縁をくれてありがとう。
今から、貴方の祭壇のまえにいくだろう、彼を連れ去ってしまってごめんなさい。
でも、俺はもう絶対に、あの手を離さない。
だから、どうか改心させることはあきらめてください。
彼が不安になるとき、貴方の前に立つことがあるかもしれない。
けれど、絶対に離さない。
俺はきっと色々なことで、貴方の嬰児を苦しめたり、不安にさせたりするかもしれない。
でも、俺は絶対に離す気はないのですから。


ああ…なんて珍しい…。
東京にはめずらしい雪が、ちらちらと舞い始める。
黒いコートの襟元を握り締めて、気がつかないまま、通り過ぎていく不二の後姿にそっと祈る。



君が幸せであるように…


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