school life ex 
for kiriban5000hit!kazuki 


こんな感情が自分の中にあったことを、思い知らせてくれるのはいつもたった1人だ。


HRを終えて、部活へと向かう廊下で大石と合流し、そのまま2人で今日のメニューの確認をしながら歩いていた。
バタバタバタ……と後ろから廊下を走る音が近づいてくると、いつも恒例行事が始まる。

「菊ちゃん登場!おーいしっ♪行こうぜ」

カバンごと背中からタックルしてくる菊丸をうまく廊下でキャッチするのは、いつも大石の仕事のようなものだ。

「古文だったんだろ?お疲れ、英二」
「うん♪でも殆ど寝てたよん」

青学で唯一のダブルスペアは普段から相性がいい。いつも行動を共にしているし、なんといっても裏表がない。
個性が強すぎて、ダブルスを組み辛い。大石と菊丸はうちの、唯一の成功例だ。
菊丸が、俺達の背後から奇襲をかけてくるのは毎度のことだが、今日はちょっと違った。
ウルサイ足音の後から来るはずの、一人がいない。

「菊丸、不二はどうした?」
「ん?なんかねー用事あるから先に部室行っててってさ」
「部活には遅れるといっていたか?」
「んにゃ。たぶん大丈夫っていってた。でもなんだかめんどくさそうな顔してたけどねん」
「不二が?」

思わず、背中に菊丸を乗せたままの大石と顔を見合わせてしまう。大石も何も聞いていないようだった。
あの不二が、面倒くさそうな顔?菊丸じゃなくて?

「不二がそんな顔するなんて……英二なら判るけど…」
「えー!ヒドイ、おーいし!オレ、そんな顔するっ?!」
「え、いや、まあ…時々…」

英二の追及に、大石がつい目を逸らしている。けして本当に怒っているわけじゃないし、ただのじゃれあいだ。いつものことだ。
しかし、こういう些細なことも積み重なっていくものなんだろう。ただ組めといわれて、「よろしく」って挨拶して手を握って…そしでお互いの全てが
わかりあえるなら、世の中、ダブルスだらけだ。

1年生が入ってきた。
以前の俺達がそうだったように、数枚のレギュラージャージを目指して凌ぎを削るメンバーが増えたことになる。
だが、彼らがレギュラーになる頃、今の俺たちはいない。俺達も最上級生になって、最後の大会を迎える。
油断せずにいこう。最後の春はもう始まっているんだ。

校舎から校庭へと続く、緩く括れたコンコースにも桜の花弁が広がっていた。
校庭には、既にアップを始めている野球部の声が響いている。夏の予選が近いから、気合が入っているのだろう。
どんなスポーツをしていたとしても関東は激戦区だ。
野球部の連中が校庭を回るように走っている姿を眺めながら、歩いていた。
野球は勝敗が決まるまで、延々と試合が続く。それはテニスでも同じことだ。だが、果たしてどちらが精神的にはきついんだろうか?

走る彼らの後ろ姿を眼で追っていると、桜並木の横をあっという間に駆け抜けていった。
あの速度と持久力を維持するのは大変だろうな…。そんなことを思いながら、歩いていた俺の目に一本の木が飛び込んできた。
あの桜…。
不二がいっていた木だな。

野球部の隊列が、その桜の前を通り過ぎた後に、オレはよく見知った顔をみつけた。
ひどく驚いて足が止まってしまった自分自身に動揺する。
突然、立ち止まったオレの背中に、大石たちが続けてぶつかってくる。


「わっ!どうしたんだ?手塚」
「ってぇ!もうっ!進路妨害!」

「……あれは…」
「なによ?」


菊丸が窓に寄りかかって、外を覗く。オレを視線のさきを追っている。菊丸の視力ならオレより一層クリアに見えているだろう。
桜並木から少し外れたところにある、半分以上散りかけた桜の木の下に誰かと2人で立っている。
あれは…

「あっれー!?あそこに桜のとこにいるの、不二じゃん♪へーえー♪はぁーん、さっき来てた子ってそうなんだぁ、そういうことかぁ〜」
「ああ…本当だ。ちょっと遠いけど、不二みたいだな。でもあんなところで何しているんだ?」

「…なんっつったの?大石」

なにか変なことでも言ったのか?菊丸の大きい目が更に大きくなる。そんな目でオレまで一緒に問い詰めるようにみるな。

「ええ??何いってんの!あそこの桜の下なんて、やることひとつじゃない」

「え?何が?」×2状態の、オレと大石に、菊丸は大げさに天を仰ぐ。

「知らないの?ホントに知らないの?手塚、よく呼び出されてるでしょ?行ってるなら知ってるでしょ?
行ったことないの?!それに生徒会長じゃないか!マジで知らなにゃいの?」

しつこく何度も繰り返し指差し確認をしてくる。
大石と2人、何度も首をふる。
すまんが、生徒会長だろうとなんだろうと、しらないものは知らない。
確かに『来てくれ』と、呼ばれることはあるが、すべて断っているから、そこで「やること」など知っている訳がない。

「うちの部長・副部長はダメだなぁ〜。青学名物の桜を知らないなんてさ!いいかーい?あの木はね、
あの下で好きな人に告白すると無事お付き合いができるという由緒ある縁結びの桜なんだよーん♪」

得意満面に菊丸に説明されたが、すまん。全然、知らない話だった。

「へー。そんな話があるのか…。全然知らなかったよ」
「そう!つまり今、不二くんは勇気あるチャレンジャーの挑戦を受けているわけね!?さあ、どうするんだ?不二周助♪ついに伝説達成か?!

にゃーんてね♪」
「あのなあ…英二。ココリコミラクルタイプじゃないんだから…」

大石が溜息をついて、飛び上がる菊丸を勇める。

「だって知ってる?うちのテニス部って伝説キラーって言われてんだよ!あそこで告られたくせに、落ちたやつが1人もいないんだって!!だからさ!
これでもし不二がオッケーだったりしたら歴史的瞬間ってもんだよ。こんな瞬間に立ち会えることなんて、滅多にないって。不二のまわりって、あんなに
いっぱい女の子集まるのにさ〜好きな子の話とかぜんっぜん聞かないんだもん」

菊丸が窓を、さっと開け放つ。
途端、温い夕暮れの風が吹き込んできた。雨でも降りそうな湿り気がある…台風の過ぎた後のような温い風だった。
それでも、綺麗な朱が西の空に刷毛ではいたように広がっていて、日没まではまだ陽は遠い。

何事かを不二に訴えている女子…。あれは青木だ。オレのクラスにいる…。菊丸が見覚えがあるのも無理はない。
不二と2人、教室に寄るたびに視界の隅にでも入っていたのだろう。

桜の木の下で、当然、まだ制服をきたままの不二が困った顔で立っているのが嫌でも目に入ってくる。
それがなんとも居心地の悪い気分だった。不快な気分だった。

「大石、菊丸と先にいっててくれ。オレはちょっと生徒会室にちょっとファイルを置いてからいく」
「ああ、わかった。もし準備ができてるようなら、さきにアップさせておくから」
「ああ、頼む」
「ええー!?最後までみせてよ!!見逃せないドラマよ!これ!」
「菊丸、下世話なマネをするんじゃない」
「ちえ〜。もったいない」
「ほら、英二」

大石にひっぱられて、ブツブツ言いながらも、菊丸は伝説ウォッチングを中止する。そんなものを話のネタにされてたまるか。
ぶつぶつ言う菊丸を大石が上手に丸めながら歩いていく。
2人を先にいかせて、オレは横長の校舎の西側に位置する非常用階段に向かった。
あそこの非常口がグラウンドに抜けるには、一番の近道だということをテニス部のちゃっかりした奴なら知っている。
以前、昼休み前に菊丸が校外脱走して、カップラーメンを食べていた、あの階段だ。
非常出入口が1階階段の真影に位置していて、出入りするところがみえにくいというのも脱走組にとっては利点らしい。

階段の途中に座ると調度、桜の木が見える。伝説の桜の木か…。本当かどうか知らんが…オレはそんな噂、聞いたこともない。
確かに呼ばれたことはあったが、いったことはなかった。そこまで行く理由も告げられずに、わざわざ行く理由はないだろう。
だから、不二がああいうまで、あの木を気にしたこともなかった。ましてや菊丸に、眉唾もののご利益を聞かされてもな。

だが、ひとつだけ気になることがあるだけだ。

理不尽じゃないか?不二。

『手塚は知らなさそうだから、教えておいてあげる。あの桜の木の下に呼ばれたら行くんじゃないよ』

そうオレにいったお前は、そこにいるんだな。

こうして不二をみていると普段、オレがみている姿と随分と違ってみえるのだということを知らされる。
オレより随分と身長も低いし、テニス部の中でも比較的小柄な部類に入る不二だが、こうして女子と立っているのをみていると普通なんだな。
不二はオレと違って、女の子の扱いもうまい。というか…普通だ。恐らく姉がいるからだろうか、騒がしい女子の扱い方を心得ている。
今も不二はちょっと慌ててるらしい青木の、肩に手を置いて困りながらも、あの笑みは絶やさなかった。
不二はいつも静かに微笑んでいて、その奥底にある感情がみえにくい。言葉は少しだけ曲がっていて、いつも曖昧な感じを受けるが、裏も表も
それは全てがきちんと繋がっている。偽りはない。受け取る側次第で、どうにでもなりそうな感じさえ受ける。
それが好きか、嫌いかといわれれば、オレは苦手ではあるが、嫌いじゃない。
だが、この不快感をどうすればいい?
俺の身体の中の、何処にそんなものが存在していたのかすら、わからないような、この苛立ちをどうすればいい?
オレの知らない、あの不二を捕まえてしまいたい。誰も知らないところに抱え込んでしまいたいと思うなんて…。
なんて、らしくない感情なんだろうか。
綺麗に印刷された本のページを捲れば、それこそありきたりなくらいに世界中で書き綴られていた、この感情。
様々な本を読んでいても、実感なんてなにもなかったんだな。本の中なんて、所詮は擬似体験の世界だ。俺はまだ世の中を全て知っているほど
大人でもなく、判ったふりをできるほど子供でもなかった。
判っているつもりだった。オレが知らないだけで、あいつを好きな人間はきっと俺が思っている以上にいるのだろう。
それを俺はあの夏に半ば強引に奪った。あの瞬間のことは今でも鮮烈に覚えている。
それからひとつ冬を越えて…今。

こんな感情が自分の中にあるなんてな。

判っていた現実を突きつけられた気分だった。あいつを好きなのは、この世の中で何もオレだけではない。
物思いに耽っていた時、ガチャ…と音がした。非常扉を開いて、不二が入ってくる。
予感は当たった。
不二は溜息をつきながら、校舎に入ってきた。菊丸が言っていた通りだな。何かを抱えこんでしまった、少し面倒そうな顔をしている。
階段を上ろうと、こちらに来ようとして、すぐにオレに気がついた。
あの視線が1秒躊躇いに揺れたのをオレは見逃せなかった。

「…手塚。もしかして、みてたの?」
「偶然だがな。悪かったな」
「別にいいんだけど…」

不二は何かを察知したらしい。あの眼で、オレの中を探ってくる。次の手を待っているようだ。
オレたちはいつもこうだ。ついお互いにどこか探り合う時がある。癖のようなものだ。

「…何考えてるの?」
「別に」
「めずらしく突っかかるじゃない?」

不二の、その言葉をつい黙殺してしまう。とても答える気分じゃなかった。非常口を背に立って、オレをみているのはいつもの不二だっていうのに。
言わないだろうと判ってて聞いてみる。

「青木、なんだって?」
「…ん…別に。手塚が気にする話でもないんだよ」
「…そうか」

予想通りの答えだ。こうなれば不二は絶対、言わない。言う時期がこない限りは自分から言うことはないだろう。それまではオレがこの感情を
抱え込んでいかなくてはならない。

「どうしたの?手塚」
「別に」
「別に…って…君、そういう顔しながら別にってことはないじゃない?はっきりいってよ」
「どんな顔してるって?」
「どんなって…ここがこんなになってるけど?」

ちよっと躊躇いながら、不二が近づいてくる。オレの眉間にぴし、と指差す。
そんな触れてきた僅かな体温と、不二の身体から流れてきた甘い桜の匂いに、オレは激しい衝動に駆られた。
いつもと変わらない身体を抱き寄せる。頭ひとつ小さい体躯が腕の中に簡単に収まるのを、オレがみた先刻の不二の姿と刷りかえる。
オレが知っている不二は確かに、今、この腕の中にいる。

「ちょっ…と…!」

突然、前触なしに抱きしめられた不二が腕の中で慌ててもがくのを、そのまま扉に押さえ込んで強引に唇を合わせる。
2人分の体重に非常口の扉がガタンと揺れたが気にしなかった。
崩れかかる背中を支えて、眼を開けてみると、不二の視線と合う。
どうしてオレがこんなことをしているか、判らないのだろう。そんな眼をしていた。
より意志をこめて唇を伝うと、不二はその思惟に一瞬驚いて、それからぎゅっと眼を閉じた。
閉じる寸前に、不二の瞳に映る自分自身の姿を見つける。あれがオレだ。閉じられた瞳の中に確かにオレがいた。

「…手塚っ」

小さく上げた悲鳴がかった声が洩れた唇を、より深く貪ると小さい体が激しく震えるのが伝わってくる。
つき動かされる衝動のままに、何度も相手の存在を確かめた。確かめさせる。ここにいるのはオレだと伝えたい。今、求めているのはオレだと伝えたかった。
不二の眼の中に映る俺がこうしているんだ。
瞼が閉じられた瞬間、すべて奪いたいと、思っている自分の姿が不二の眼の中に飲み込まれていったような錯覚を感じた。
苦しそうに剃った背中を、かすかな桜の香りをかき消すように抱きしめる。
ふと、不二の髪の中からはらりと何かが落ちてきて、頬に触れていった。
その感触に、眼を開けて見る。
床に落ちた薄紅色。桜の花弁だった。グレーの床に落ちた桜の色。
やっと緩んだ腕の中で、不二が眩しそうに眼を細める。オレの背後から薄く差し込む日差しが眼に入ったらしい。
西日が校舎に差し込んできているということは…もうあれから30分はたっているってことか。

急に現実感が戻ってきた。

「…悪い」
「いいけど…どうしたの?こんな手塚らしくない…」

乱れた襟元を整える不二の濡れた唇をそっと親指で拭ってやると、微かに熱をもっていた。
その柔らかな感触に自分の不甲斐なさを感じてつい失笑してしまう。なんて余裕のない話だろうか。自信のない行為、甚だしいな。
見上げる困惑した視線に、気恥ずかしさすら感じる。

「もうかなり時間がたってしまったな…。すまない。大石たちに不審に思われそうだ」
「え?」
「お前をみつけて…大石たちには先に部室に行って貰ったんだ。もうアップも済んでいるかもしれんな…」
「それは…校庭10周ともいえないね」
「オレからこれでは話にならん」
「…手塚らしくないんだもの。こんな…学校で初めて身の危険感じたよ。どうしたの?」
「いや、気にしないでくれ。ちょっと…な」

こんなこと、恥ずかしくて面と向かって口に出して言えることじゃない。
だってなぁ…いえないだろう?単純明快な『嫉妬』だったなんてな。

「早く行こう」
「ずるいじゃない?ひきとめてたのは、手塚でしょ?」
「いいから!」
「えー!なんか理不尽なものを感じるんですけど?」
「いいから!」
「なんで怒るのさ?」
「怒ってない」
「怒ってたんでしょ?」
「違う」

まだまだぶつぶついってる不二をひっぱって、部室へと向かう。
オレと不二が言いあいしながら歩くのが珍しいのか、やたらとすれ違う相手の視線を感じる。
途中、図書館の中から出てきた越前とばったり遭遇してしまった。図書委員をしている越前は今日は通常より部活に遅れる日だった。
制服を着ていれば、はっきりいって普通の新入生なんだが…どうにも不二と同じで視線だけはいつもの越前だ。運が悪い。

「やあ、越前。お疲れ」

「うす。珍しいっすね、不二先輩が部活遅れるなんて…」
「ちょっと色々あってね」

ふーん、と答えた後は特に何も聞かずに越前も交えて3人で部室に向かう。さすがに越前込みでは不二も聞いてこなかった。
助かった。

「でも部長…どうしたんすか?」

助かったのは一瞬か。
オレの顔をみて、越前がかなり下の方から不思議そうに見つめてくる。じろじろこちらをみるな。越前も不二もどこか似ていて勘がいいから困りものなんだ。

「なにがだ?」
「いや…なんか機嫌悪そうだから」
「別になんでもない」
「そうすか?なんか…ムカついた顔してますよ」
「なんでもない」


越前はそれ以上は聞いてこなかったが、問題はこっちだ。
部室について、さっさと着替え終わった越前が消えた途端、聞いてきた。

「ねえ…ムカついてるの?」
「ムカついている訳じゃない」
「ボク、何かした?」

つい沈黙してしまった。

「えーやっぱりボクか。んー何したかな?手塚が怒るようなこと」
「別に怒ってた訳じゃない。理不尽だと思っただけだ」

不二が黙り込む。

「まさかと思うけど…英二もいたのかな?さっき、ボクが校庭にいたとき」
「ああ」
「もしかして…聞いたの?」
「菊丸はついに伝説達成か?と騒いでいたぞ。これから部活入ったら聞かれるだろうから、覚悟しておくんだな」
「そんなこと、ボクが決めることじゃないよ。英二のことなんだから」

不二はラケットを胸に抱えて、にっこり微笑んだ。

「は?」
「青木さんが、英二に彼女いるかってさ。英二に好きな人はいないのは知ってるし…。でもさ、ボクが答えられる話でもないしね」

空いた口が塞がらないっていうのは別の意味でこういう瞬間らしい。
オレは上着を握ったまま、硬直していた。

「じゃ…青木って…菊丸が好きだったのか?」
「そうみたい。で、ついでにいっちゃうと、悪いけど青木さんは英二の好みじゃないけどね。そうもいえないしさあ…参ったよ、もう…」

肩凝っちゃった、といいながら伸びをする不二の姿に、気が抜けてしまう。
そうか。そういうことか。

「もう機嫌直った?」
「すまん。誤解だ」
「判ってるよ。ちょっと戸惑ったけど…だってさ、君はあの伝説は知らないと思っていたからね…。まさか意外なところから判っちゃって…」
「すまない」
「余計な心配かけちゃったみたいで、ごめんね」
「いうな!こっちが恥ずかしくなる」

不二の含み笑いに、もうグラウンドに穴を掘りたい気分になってくる。
恥ずかしいこと、限りないじゃないか。勝手に想像して、勝手に嫉妬して、不二にあたっただけか、俺は…!

「ボクとしては嬉しいけど?」

顔をあわせられずにいると、不二が背中から抱きついてくる。

「いいんじゃない?ボクだって君が誰かに告白されてるの、みてはイライラしてるよ。君は絶対にNOとしか言わないから…それはそれで
安心したけど…。でもそういうシーンに遭遇する率がボクは高いんだ」
「みた事があるのか?」
「…そりゃあるよ」
「…知らなかった」
「言わなかったからね。君が相手だと心配の種は尽きないってこと。ボクは手塚とちがって占いとかちょっと信じちゃう方だから…」
「それは…」
「だから、手塚は絶対にあそこには行かないでね。ボクは今日は英二の事だって聞いたからいったけれど…」
「判った。すまん、本当に純粋に嫉妬しただけなんだ…初めて知ったものだから…つい焦って…な」
「うん、判ってるよ」

温もりが背中から離れる。
どうにも照れずにはいられないが、お互い様だと思えば気恥ずかしさも半分になる。
不二が、MICHEL CHANGのラケットを軽く振りながら華やかに笑う。

「でも、手塚に校内であんな激しいキスされたのって初めてだったから、ちょっと驚いちゃった。英二に感謝だね」
「それを言うなって」

これはしばらく言われるかもしれないと覚悟しておこう。まあ、それだけのこともした訳だしな…。諦めるしかないか。
実際、あんな気分は初めてだったからな。止められない感情ってものが、自分の中に確かにあるということを知らされた。
大事なのは自分の気持ち。オレが何を求めているのか。何を探しているのか。必要なのは何か。
どこまでも、とめられない感情を…そういう自分の知らない感情をオレの中から引き出すのはいつも1人だけだ。

大切なのは…


くるくると菊丸のマネをしてラケットを回しながら、いつもの不二が部室を出ていこうとした不二が、ふと振り返った。

「ね、手塚…ボクを信じてね」

不二。
「じゃ、お先に」といって先に出て行く後姿。
判ってる。
だからお前もオレを信じてくれていいんだ。
随分とまわりくどいことをしても、今のオレにはみえるものはひとつだということを信じてほしい。
今、揺ぎない、この気持ちを信じてくれ。

そして空を見上げて、君と一緒に歩いていこう。

2人のこれからの時間に。



2002.09.30 03:20 up.
I would like to give my special thanks to the following you.

special thanks !
kiriban 5000hit person. kazuki.
元々書くはずだった話から主線が逸れていってしまったので…この話だけになってしまったのですね。
申し訳ないです。元々はライトな可愛い話で、2人のverに分かれるはずでしたが、こんなこってりしちゃったので、
かけなくなってしまいました。ごめんなさーい!!