moon glow

夏が過ぎてしまった夜の庭で二人きり。
彼岸の月もほんのりと欠け、箱庭を照らしている。
夜の薄雲にかすむ月はどこか寂しく、空の天井が高い。
ふたりしかいない。
縁側にブランケットを広げて、ふたりで秋の空を見上げていた。
部屋の明かりは全て消してみよう。
そういったのは不二。
鴨居についた掌。
縁側から、ふらふらと投げ出した素足が揺れていた。
穏やかな時。
ああ。どんな場所でもいい。
どんなものもすべてが特別なものに思える。
真昼の熱も1時間ごとに温度を下げ、肌を撫でる風にも新たな季節を感じる。
噎せるような緑の香りも去り、さわさわと庭を走るのは乾いた葉のさざめき。
明らかに移ろう時の中。
ほんのひととき、こうしている。
紅茶のカップから立ち上る白い湯気。
不二が口元に運び、ふうっと湯気を吹く。
月に被る雲のように流れていく湯気。一口飲んでみて、「ちょっとで過ぎかも…」と、
ふわぁ…と笑う。その静かな横顔をただ見ていた。
この瞬間のすべては俺のものだった。
何も云わなくてもいい。ただ思っている。
遥か遠い未来にもずっとずっと輝いてくれるように。
この笑顔が繰り返す、この瞬間を迎えることが出来ますように。

『君のせいだ』
時々、エアポケットに落ちたように不二が口にした言葉を何度も唱えてみる。
そうだな。君のせいだ。
こんなふうになるなんて、全部君のせいだ。
こんなにも、この身体の中ですべてがなにを叫んでいる。
ただ君にだけ向かって叫んでいるんだ。
永遠なんてものはどこにもないんだよ、と君がいう。
でも、こうして隣に座って、君が笑っているのをみると、それでも信じている俺がいる。
こんな永遠というものを…。夢でもいい。こうして思うことだけは永遠だろう?

手にしていたカップを不意にとられてる。
なに物思いに耽っ照るの?うわの空?
そんなわけがない。
今、俺の体のどこをひらいてもきっと君への言葉が溢れてる。
傍に居てくれてありがとう。ココに居てくれてありがとう。答えてくれてありがとう。
愛することを許してくれてありがとう。許してくれてありがとう。
出会えたことに感謝してる。
すべてに感謝している。今日という日に生まれてこれて嬉しいと…。

不意に、頬に温もりを感じる。
不二の細く長い指が包み、寄せた唇で、そっと耳元で、囁かれる。
そうだろう?俺も君もこうして同じ時に生まれてきた。全てが偶然の幸福。
君が倒れるのを支えて、その身体の重みをすべて全身で受け止める。
重なる胸の鼓動。
じんわりと広がる異なる体温の共鳴を感じる。
こうして御互いの熱が混ざる瞬間が愛しいと思えること。
それは君に出会って知ったことだ。
視線の彼方。空に歪む月端。
寝転がれば空は尚高い。
子供のころはこんな風に空を見上げていたんだろうか。
風が吹き、真上の茶色の髪が視界を埋める。
すべて君のままに。
君がくれる特別なキスをなすがまま、受け止める。

空高くぽつんと光る満月。
ほんの僅かな星の霞みとか。
雲の隙間を走る月光とか。
なんでもすべてきれいにみえる。とうめいな秋の夜。
東京の夜なんて、光ばかりが溢れて眼がくらむことばかりだけど…。
二人だけ。誰もいない10月の一夜くらい、こんな贅沢をしていてもいいだろう?
1年に1度の、この夜には。


end.