School life february
すくーる・らいふ


今日は2月28日。今年、僕は年をとらない。
僕は4年に1度しか誕生日を迎えない。2月29日。つまり閏年が僕の誕生日だから。
閏年っていうと、大抵の女の子は羨ましがる。4年に1度しか年をとらないって、ステキだって言う。そう?そんなもの?
毎年、年はちゃんととるものでしょう?誕生「日」がないからって、それがどうっていうことでもないじゃない?
家族は大抵28日に祝ってくれる。母さんはテーブル一杯にディナーを並べるし、姉さんもラズベリーパイを焼いてくれる。
裕太もぶつぶつ言いながら渋い顔して、家によっていくし…。
だけど友達になると、反応も様々だよね?僕だって誕生日なんて聞かないヤツだっているし、そんなに気にするほうでもない。
それでもまあ、テニス部では英二と大石が毎年、何かをくれる。
今年もそうだった。


「はい!不二♪明日がないけど、ハッピーバースディー♪」

放課後の鐘が鳴って、これから部活に向かおうとした時、後片付けをしていたら、ゴールデンコンビが並んで箱をくれた。

「わー!ありがとう。ね、開けてみてもいい?」
「うん♪大石と一緒に選んだよん♪」
「ありがとう、大石」
「いや。気に入るといいけど…」

プルーで綺麗にラッピングされた包みを、カサカサと開けながら、僕は「誕生日」を再度、実感する。
ラッピングを解き、蓋をあけると、それはリストバンドだった。青・赤・白の、きれいな国旗色をしてる。

「今年はワールドカップがあるから、トリコロールカラーにしたんだよん♪」

……って、それって、どんな理由なの?フランスのことだとしたら、それは前回だろ?
大石をみたら、『理由は聞かないでくれ!』って、顔をしていたから突っ込みはしなかった。

「青学カラーみたいだね。綺麗だ…。ありがとう早速使わせて貰うね」
「ん♪んじゃ、今日も元気にいっこうぜぇ!」

英二が毎日飽きもせずに元気に楽しむ部活に、足取り軽々、廊下にでていく。
僕は解いたラッピングペーパーを丁寧に畳んで仕舞うと、僕は箱を手に2人の後を追おうと、慌てて出したままだった英和辞書を
後ろのロッカーに片付けていた。

「ありゃ?」
「あれ」
「なんだ?」

廊下から聞きなれた声がして、僕は顔をあげた。
手塚だった。

「あらら?いつも部室に直行の部長がどうしたにゃ?」
「いや、部活の前にちょっと……」
「手塚?」

廊下に出てみると、やっぱり手塚だった。
ほとんど毎日のように見る、渋い顔。
でも今日はちょっと違っていた。
彼はいつも何事もなかったような、ちっょと冷そうな、すずしい顔で現れる。
なのに今日は、ちょっと不思議なニュアンスだ。それはアンバランスなものをもっていたからだとすぐに判った。
手塚は、左手に薄いピンク色の包みを抱えていた。

「どうしたの?手塚」
「いや、これを部活の前に渡しておこうと思ってな」

手塚は、その小さな包みをポンと僕にくれた。

「えええっ!!も、も、もしかしてプレゼントとかゆっちゃうのー?!」

英二の声に、手塚と2人で一瞬、びくっ!と震える。
声が大きい、声が!それじゃなくても僕達、今、かなり目立っているのに!

「え?あれ、違ったか?不二、29日じゃなかったか?」
「そうだよ。ほんとは明日だけどね。手塚、覚えてくれてたんだ」
「普通、忘れないだろ?閏年が誕生日なんて…」
「へえ…。なんか新鮮だなあ…。手塚から誕生日プレゼントなんて貰うの、初めてだ」
「え、いや…なんかいつもは、いいものなくて…」

え?
…っていうことは、もしかして毎年、気にしてくれていたってことなのかな?
包みを手にしたまま、手塚を見上げると、なんかちょっと眼をそらすみたいに視線が定まっていなくて…。
もしかして…

「何、もしかして照れてたりするのかにゃ?手塚ったら」

英二の茶々に、一気に手塚の頬に朱が差すのを、向かい合っていた僕だけがみれた。
なんで?なんで…そんなに照れるの、キミ。

「こら、英二。からかうな!」
「だあってさ〜♪大石ぃ!手塚にプレゼント貰うなんて、不二、いいなぁ!人の誕生日なんて興味ないやつなのにさぁ」
「そんなことはない」
「あるよーオレは貰ったことないもーん!」
「うるさいぞ」
「へえ…なんか得した気分だね。ね、手塚、みてもいい?本でしょう?」
「ああ」

僕は初めて手塚から貰った誕生日プレゼントを、慎重に開いた。桜色のラッピングはとても奇妙な気持ちを僕に与えた。
とても小さくて、きちんとした四角の、それは本だと持ったときに判っていた。

「本?!渋いなぁ!でもエロい本とかだったりして…テッ!」

バシ!と大石に叩かれて英二が頭を抱えるのが視界の隅に映った。手塚がそんな本をくれたら、晴天の霹靂っていうんだよ。
ラッピングの中から顔をみせたのは、涼しい空色をした小さなハードカバーの本だ。

『Bite-Size  Einstein』

読めない。それがタイトルだろうか。
でも金色の帯には「アインシュタイン150の言葉」と書かれていた。手塚らしい。でもなんか難しそう…。

「なんか勉強しろ!って感じじゃにゃい?おっ堅い本だなぁ〜」

興味深々の英二が覗き込む。
ぱらぱらと開くと、中身は全部、日本語だった。よかった。読めるよ。

「なんか手塚らしいなぁ…」
「気に入らないか?」
「ううん、そうじゃないよ。ありがとう、嬉しいよ」

少し高いところで、手塚はちょっとホッとした顔で笑った。
誕生日プレゼントっていいよね?だって、それを選んでいる時間はずっと僕のことを考えて探してくれている訳でしょう?
いつも気にしてくれていたなんて…ちょっと複雑で…、でも嬉しいものだよ。

「オレが読んでいた本で、『これはお前のことみたいだ』と、思ったんだ。そうしたら日本語訳の本も出てるって最近、知ったからな。
探してみたんだ。読んでみたら、訳詩もなかなかよかった」
「へえ…。訳詩って人によって違うの?」
「そりゃそうだろう?誰だって自分の言葉で表現するものだろ」
「ふぅん…」

本をみつめているうちに複雑な気分になってきた。金色の帯に、書かれた煽り文句は酷く僕の心に刺さる。
そこにはこう書かれていた。

『わたしは天才ではない。』

へえ…。
すごく意味深な感じがするね。
僕だって、自分が他人に「天才」と称されていることくらい、耳にしている。
何故か中学ランクまで取材に、幾度となくやってくる記者たちの記事にも時々みるよ。対戦相手にもそう言われているらしいね。
でも僕はそんなつもりは毛頭ない。僕は「天才」という言葉が嫌いだ。そのたった2文字の言葉ですべてがラッピンク゛されるなんて、僕は気に入らない。
だけど、それでもどこか自分の気がつかないところで僕が天狗になっているといいたいのかな。
それが手塚流の、僕への釘刺しなんだろうか?
ふとみれば、大石も、それを微かに察知したのか、様子を伺う視線だった。そうなれば僕はもう微笑むしかないじゃない。
僕は、いつも通りに微笑んだ。

「レイアウトをみてると、そんなに文字が一杯詰まっている訳じゃなさそうだね。でも、ちょっと難しそうな感じがするけど…頑張って読むよ。
ありがとう、手塚」
「いや…。気に入ってくれればいい」

僕達は部室に向かって歩き始めた。僕は手塚にもらった本を捲りながら歩いていた。
中表紙には、アインシュタインの直筆だという文字たちが印刷されていて…それは何て書いてあるのかは僕には判らないけど、とてもイイ感じだった。
わずか1センチ弱の厚みの本なのに、つくりはとても手がこんでいる。
僕は綺麗に装丁された本をぱらぱらと手の中で捲った。

「ねえ…手塚はどれを読んで、僕を連想したの?」
「ああ…いや、その出だしからなんだ、その、こう…お前だなあ…と思ってな」
「へえ…。どこ?どの文のことだろう?」

僕は、手塚が僕に対して向けている印象をとても知りたかった。
どういう風に、彼は僕をみているのか?どう評価しているのだろうか。僕は複雑な思いで、手塚に聞くしかなかった。
複雑さとは無縁に、手塚は酷くあっさりと、その長い指で指ししめしてくれた。

「ここだ。@とBだ。…特にBはお前だと思ったんだ」

傍らで、手塚が指し示したページをみて、僕はどきりとした。
その示された言葉に、僕はただ沈黙する。
そのページにはこう書かれていたからだ。

@<わたしは天才ではありません。ただ人より長くひとつのこととつきあってきただけです>

そしてもうひとつ。


B<わたしには、特殊な才能はありません。ただ熱狂的な好奇心があるだけです>


「…手塚」

「お前のことみたいだなぁ…と、ふと思ったんだ。きっとお前なら、こう思ってるんじゃないかと思ってな。不二は『天才』って言葉、
あまり好きじゃないだろう?なにもかも一纏めにして、簡単に省略されてるような気がしているんじゃないか…と思ってな…」

「手塚…」

何度も、そこに並んでいる言葉を、僕は何度も指でなぞっていた。
キミは、すごいよ。
僕の中から、イヤなものをひきだしてくれた。僕の中の、とても複雑で、まっすぐで、強かな部分を…。

「ありがとう」
「…?いや。気に入ってくれたら嬉しい」



ねえ、手塚。僕はね、そのつもりだったよ。
キミが言った通りさ。
なんて簡単な台詞!あの2文字にすべてが凝縮されてしまうなんて、僕は「むかつく」ってね。
だけど、どこかでそれを喜んでいる自分を、たった今、知らされた気分だよ。手塚。

「不二?」

しばらく黙ったままだった僕に、英二が声を掛けてくれる。

「ああ、早く僕はストレス解消がしたいね」
「ストレス?」
「そうだよ。僕はもうストレスがたまっているんだからね!頼むよ、手塚」
「は?」
「さっさと完治してくれって言いたいだけさ」

僕が肘を掴むと、手塚はわずかに眼を丸くした。なにを僕がいっているのか、わからない?その鈍さに、今は満足しておくよ。
手塚。
早く、僕に『本気』を出させてよ。身体の中から、押さえられない衝動が湧き出るような、あの感覚をもう一度、僕に与えてくれよ。
それができるのは、今、僕が知っている限りではキミだけなんだ。

「ああ。もうすぐだろう」
「待ってるよ」
「判ってるって」



僕は、この日を忘れないだろう。
僕という人間を、無意識にでも見透かしたキミ。

僕は忘れない。

だから、キミには早く、その怪我を完治させる義務があるんだ。僕の中にある飢えを、こうして確認させてしまったんだから。
熱狂的な好奇心で、僕は僕の好きなことをする。
押さえられない衝動を、キミが好奇心と称してくれるのならば…

僕ははやく戦いたい。
本気のキミと…。
何に憚ることのない、キミと…。
早く。


p.s

「でもさ、ピンクのラッピングなんてキミの趣味?」
「そんな訳ないだろう!それしかなかったかんだ!」

ぷぷぷぷぷ。

ありがとう。