watermoon


小さな物音で目を覚ますと、隣にいるはずのぬくもりが消えていた。
ついさっきまで感じていたはずの触れる肌の熱さや掌に残る、耐え難いほどの鼓動。
それらの記憶が失われつつあるベッドの中に、ひとり。
薄く空いた窓から覗く、空港の常夜灯の光。
はじまった夏の空気が流れ込んでいて、室内の気配を混ぜている。
少し暑いくらいの外気。
纏わりつく心地よい湿度に、ぼんやりとしてしまう。
人工的に冷えた空気より、ずっと好きな、この緩い空気。

こんな穏やかな朝を迎えるのは君とだけだよ…。

壁を隔てたバスルームから聞こえる水音。
ああ、そうだった。これがいつもの音だったと、一人残されたベットの中で伸びをする。
いつもと違うシーツの硬い感触と、硬めのスプリング。
このベッドの硬さと、朝食がおいしいからって、彼はいつもここに泊まる。
別にどこだっていいけどね。思うことなんて、どこにいてもきっと同じだから。
ぼんやりした頭のままで、どこかに追いやられた羽枕を探してると、ふいにその手を取れらた。
濡れた髪をそのままに、いつのまにか彼が戻ってきていた。

「大丈夫か?」
「うん…平気…」

彼がそっと暖かいタオルで濡れた首筋を拭き清めるのをくすぐったい気持ちで享受する。
襟足が少し長いせいで、どうしても汗で髪が張り付く。それを無意識にはねのける、そんな自分のしぐさがいやでいやで…。
それを気にしているうちに、いつの頃からか彼はこうして拭ってくれるようになった。

本音を言えば、こんな感触には気恥ずかしさがある。だけど、彼はあまりそういうことを気にしない。
妙なところで、あけすけなほどの愛情を感じて、逆に居たたまれなくなるくらいに…。
ずっと目を閉じたまま、それでもしてもらうがままにしている。そうしている行為は嫌いじゃなくなったから…。

「バスは使うか?」
「ん……もうすこし後でいいや…」

拭き清められた首筋に、触れる暖かい痛み。

「ねえ、明日って北ウィングだっけ?南だっけ?」

いつものように僕が聞くと、いつものように小さなため息が背中に落ちてくる。
枕元に綺麗に畳んでタオルを置く指先をみつめていると、夢の中のように微笑んでみる。

「いつも同じことを聞くな。いい加減おぼえたらどうだ?」
「う〜ん、だっていつも手塚がいるしさ…」

全身が軽く揺れる。
硬いスプリングは、目を閉じていてみても彼のすべてを伝えてくれる。
少し斜めに傾いたベッドの端に腰をかけて、乾きかけの肌を掠める指に身をすくめる。
そっと抱き起こされる腕はもう安心の証。頬に触れる柔らかなパイル地の温もり。
前髪から滑り落ちてくる滴。すべてが愛しいと思える。
そんなことは、ただ、君だけ。

いろいろな苦しみも越えたり、悩みも抱え込んだりしたけれど…。
だけど、こうしてここに2人でいるとき、それだけでいいかなと思ってしまう。
だから、こんな嫌になるほどのあまったるい朝も、時々なら嫌いじゃない。

朝靄に滑走路の灯りが、歪んで消えていく。
靄がかる空に弛む月あかりみたいな輪郭。
ああ、そうか…まだ夜明け前だよね。

自然と落ちてくる閉じる瞼のまま、後2時間だけ、このまま眠らせて貰おう。
まだ時間はたくさんある。
そして本当の朝が来たら、手塚の好きな朝ご飯を食べよう。

「不二…?」

君の呼ぶ声がする。
くりかえし。いつものように。

そう。こんな朝、嫌いじゃない。

ただ、君とだけ。

それだけ…







end


仁王柳生でも書いた「ホテル」編(笑)。CPの差を感じます。塚不二は大人になってます。