壮絶 懐かしのスペシャルカレー

文 村上義明

 それは、2000年の春のことだった。当時、キンゾーの採用が決まった頃であった。その年の初めに、スペシャルカレーとして「2000¥enカレー」をやって、大反響で大儲けした年の事である。大儲けと言っても、¥2000カレーは、カニやらシーフードやらを使った、原価の高いカレーだった。しかし、たかがカレーごときに、¥2000を払うお客さんがいるということに気がついたのであった。良く考えると、自分達もマジスパとかアジスパとかに行ったときは、金に糸目をつけずにカレーを食っているではないか。そうである、人間 ハレの日には、金に糸目をつけないものなのだ。

 その年の、店としてのテーマは、いかに客単価を上げるかと言うことであった。トッピングとしてのサンボールが誕生したのもこの年である。うちの店は、ランチタイムがメインの店である。オフィス街で戦い抜くには、カレー¥700円は譲ることの出来ない価格帯である。これに辛みの分を足しても、サラリーマンの昼食としてはちょっときついものになってしまう。カレー自体の値段を変えずに客単価を上げるにはどうするか?これはトッピングで、お金のある人達に更にお金を払ってもらうしかない、と考えたのである。ちなみに、トッピングの影の目玉が、鰹節である。これは自分達で色々食べているうちに、鰹節をいれると出汁が効いて美味しいと発見していたので、トッピングメニューを作るときは、必ずやってやろうと思っていたのである。

 そして、もう一つの客単価を上げる方法は、高額メニューの作成である。うちの店のメニューは、わしが集計しやすいように、値段を統一してある。また、ランチタイムを考えると、値段を統一した方が払う方も、受け取る方もすばやく処理出来るのである。札幌ではまだ、たいした事がないが、昔の新宿辺りのランチタイムは、戦場であった。ランチを食べるために並び、席につくとすぐに料理が運ばれてきて、食べ終わると席を立つ。スピードが命なのである。作るほうも、食べる方も命がけである。今は、フレックスタイムとかランチタイムをずらすとか色々対策が取られていて、緩和されていると、なにかで読んだ覚えがある。

 話がそれてしまったが、高額メニューである。高額メニューを作るためには、スペシャルである必要があるのだ。しかも、それなりに手がかかっていないと、客は納得してくれないのである。平日に手をかかったものを作ることが出きるほど、人はいないし、暇も無い。そこで、土曜日だけに登場する「スペシャルカレー¥1200」と言う企画を、立てたのであった。プルプルのスペシャルカレー、基本は魚カレーであった。知ってる人は知っているのだが、わしは魚好きである。特に、焼き魚などあろうモノなら、骨しか残らないのである。いや、骨を焼いてくれたならば、骨さえも残らないのである。これしかないでしょうと、考えたのであった。

 2000年の春から秋にわたる半年間、スペシャルカレーとの壮絶な戦いが始まったのである。

 そして、第一回の魚カレー、この時の魚が何であったか覚えていないが、記録によると、1食しかでていない。出だしでかなり滑ってしまった。多分、この時は5〜10食用意していたはずだから、次の週は、残った魚カレーを食べ続けたのだと思う。第2回の魚カレー、たしか「さわら」か何かのカレーだったと思う。ほうれん草のペーストを作り、オーダーが入った時に、ほうれん草ペーストとさわらをカレーで煮込み調理したもの、少しスペシャルカレーっぽく成ってきたので有る。このカレーは、3食しか出ていない。まだまだである。

 第3回目のスペシャルカレーは、トーフカレーである。これは、その前前年にやったエイプリルフールカレーの、焼きなおしである。どうしてもマーボドーフカレーが食べたいと言うお客さんがいて、スペシャルでやってしまおうと言う企画だったのである。このカレーは、さすがに5食出た。

 そして、いよいよキンゾーがやって来た。キンゾー投入で余力が出来てきたので、スペシャルカレーにもちゃんと手がかけられるようになったのである。

 第4回のスペシャルカレーは、「タンドールシャケカレー」である。タンドールチキンと同じようにシャケをペーストにつけこみ、さすがにタンドールが無いので網で焼いたのである。その容姿は、荒荒しくいかにもスペシャルと言った風貌であった。味もタンドール風味とスープの混ざったなかなかのものであった。が、しかし、このカレーも、4食しか出ていない。

 第5回のスペシャルも同じく「タンドールシャケカレー」である。、このカレーも4食しか出ていない。

 段々回数を重ねるうちにネタが少なくなってきて、辛くなってきていたような気がする。第6回は白身魚と椎茸のカレーだったような気がする。椎茸の出汁がホわっと効いたカレーだったと記憶している。この週は物好きが多かったらしく、6食も出ている。

 第7回は、たしか、息切れしたわしの変わりにキンゾーが「本物のエビカレー」をやったような気がする。うちのシーフードメニュー?にエビダイコンと言うのが有るが、本物のエビを使ったカレーは登場していなかったのである。そこで本物のえびを入れた「本物のエビカレー」をやったのであるが、さすがにこれは6食出ている。

 第8回は、スズキカレー、夏にさしかかってきたので旬のスズキを、輪切りにしてドカンと入れたカレーで、魚好きにはたまらないカレーだったと思う。このカレーも、4食しかでていない。

 第9回は、いよいよネタが無くなってきたので有る。なんと「サンボールおにぎりセット」の登場である。サンボールおにぎりとはなにか?これは、サンボールをおにぎりの中心に埋めこみ海苔で巻いたものである。それだけでは物足りないので、付け合せにポテトカレーをつけたものである。ポテトカレーとは炒めカレーの一種で、茹でたジャガイモをスパイスと塩で味付けしたものである。インド版のポテトサラダみたいなものである。しかし、これも3食しか出ていない。

 第10回は、いよいよ夏になってきてトマトが美味しい季節になってきたので「さばトマトカレー」の登場。これも3食しか出ていない。もう既にスペシャルのねた的には限界に来ている感が有る。

 そんな時に、ケンがうなぎを買ってくる。来週のスペシャルカレーにうなぎはいかが?ってな具合で、第11回のスペシャルカレーは「うなぎカレー」うなぎの’とき玉子’のカレーである。ただのうなぎカレーでは、魚臭さが残ってしまうのでとき玉子にして、魚臭さを消したのである。このカレーは結構な自信作であった。土用の丑の日との相乗効果で、7食出ている。

 そして第12回は、もう2度とやらない「冷やしカレーめん」の登場である。このカレーはかなり苦労した。冷やしラーメンのたれは、あれで結構味が強いのである。冷たいめんに絡めて食べるのであるから当然であるが、それをカレーでやるとなれば、いつものカレーのスパイスでは物足りないのである。冷やしカレーめん用に、スパイスを合わせて、いつものカレーと合わせてごま油を足し、適度な温度に冷やすのである。更に、麺に載せるレッグも適度に冷やしておかなければならない。挙句の果ては、麺を茹でるのにガスをひとつ占有して、茹であがったら冷水で冷やして水切りをしなければならないのである。この作業は、もう既にカレー屋の仕事ではない。しかし、苦労の甲斐があって冷やしカレー麺は6食出ている。

 あとから知ったのだが、中央区の4プラの向かいのTでも同じようなメニューを季節メニューで出していて、食べに行ったら、おなじ方向性の味付けで「大変だったでしょ?」と聞いたら、「大変だったー」と言う答えが帰って来て、妙に息投合した憶えが有る。

 第13回は、「赤魚のカレー」たまたま丸正で出まわり始めた赤魚を使ったカレーである。赤魚のほろほろした身が美味しかったような気がするが、これは4食しか出ていない。

 第14回、うなぎの再登場である。うなぎは人気が有り、7食出ている。

 調子に乗って第15回もうなぎにしたところ、この回は3食しか出なかった。3食しか出なかったので、残った分はみんなで食った。売れなかったが、嬉しい売れ残りであったことはたしかである。この年は生涯で一番うなぎを食った年かもしれない。

 第16回は、「うにカレー」である。うにをいれて、とき玉子にしたカレーである。原価はかなり高かった。当たり前である。シーズンとは言え「うに」である。これはさすがに6食出ている。

 第17回は、出始めの「ます」を使ったカレーである。これは、5食出ている。もう気づいていると思うが、当時のわしはかなり疲れてきていた。そこで、仕事をキンゾーに振ったのだ。

 第18回は、キンゾーのヒット作「しそチーズバーグカレー」である。ただのハンバーグでは物足りないので、日本の伝統的なハーブである「しそ」を使ったところがみそである。みんなハンバーグ好きなんだねー、このカレーはナンと9食でた。驚きである。

 第19回は、ケンの仕事である。イカをミンチ器で挽いて作った「イカキーマカレー」。イカとナスとトマトの入ったイタリアンカラーのキーマカレーだったような気がする。6食出ている。

 第20回は、「北海ロマンカレー」である。名前からは何だか全然わからないカレーである。シャケとアスパラ、バターコーンカレーである。いわゆるラーメン屋の北海カレーみたいな観光客をバカにしたようなカレーである。このかれーは4食しか出ていない。変な名前のカレーの第1号で名前だけは覚えていたが、こんなカレーだったのか?今気がついたよ。

 第21回は、キンゾーのカレーである。「俺のきのこカレー」である。このカレーは、手に入るきのこをほぼ買いまくって、ガガーッと炒めてカレーにぶち込んだ代物である。残ったきのこでキンゾーが喜んだのは言うまでも無い。

 第22回は、「サンマカレー」である。ただ秋刀魚を入れたのでは面白くないので、パイナップルを入れて甘酸っぱくした、妙なカレーであった。サンマの梅煮のパイナップル版である。このカレーは原価が安いので¥1200には出来ず¥900で出した。5食しか出なかった。

 第23回は、「秋鮭浪漫」である。この回は、確かほうれん草のペーストを使った「サグ・シャケカレー」だった気がする。サグカレーの美味しさを解ってもらいたかったのでは有るが、5食しか出ていない。またまた、変な名前のカレーである。内容に限らず、ネーミングでもかなり苦しくなっているのである。

 第24回は、「ウルトラかきカレー」である。ただ牡蠣を入れたカレーではなく、ウルトラである。ただ、何がどうウルトラだったかは全然覚えていません。申し訳無い。牡蠣は人気が有り、6食出ている。

 第25回は、キンゾーのカレーである。キンゾーの「俺」シリーズである。「俺の海老カレー」である。これは、本物の海老、手作り海老餃子、エビボールが入った、これでもか系の海老カレーである。6食出ている。

 第26回は、もう息も絶え絶えである。わしとしては、もうこれ以上何を造って良いのかわからない状態であった。挙句の果ての結果が「マツタケ入りカレーうどん」である。カレーにマツタケである。今考えるとどうなってるんでしょう、というカレーである。しかもカレーうどんである。ここに来て、明らかに煮詰まっていることに気がついていたのである。もうこれ以上続けることが出来ない。この企画は、もう終わりにしよう。わしは、ケンとキンゾーに許しを乞うた。二人は快く、わしを許してくれた。しかし、この企画の最後を締める何かはやらなければならない。

 第27回は、これまでの総決算である。ここまでの試行錯誤で、われわれは鍋に入るもので、うちのカレーに合わないものは無い、と確信していた。その名も「戦慄の鍋カレー」である。シャケ、牡蠣、トーフ、白滝、春菊などかなり盛りだくさんのカレーである。その風貌もこれは何?というようなカレーであった。スペシャル好きのお客さんなどは、シャケの頭も入れたものであったから、カレーだかなんだかわからないものになっていた。そのお客さんは、大喜びで食べていた。この日も7食出て中々の人気であった。

 この企画の中で、我々が学んだものは、高いメニューを作るのは無難しいと言う結論であった。

 しかし、色々やったことでスープカレーの幅を広げることが出来たのは確かである。

 非常に為になった企画であったが、凄く疲れた半年であったことには違いない。

2002.12.23