オイルショック2008in村上カレー店

文 村上 義明

 その悲劇のはじまりは、2007年12月にガソリンの値段が¥150を越えた時期から始まった。

 その日、木曜日のデストロイヤーが休みで、デストロイヤーの灯油を買うために、初代村上カレー号であるワシの車(自家用車)で、ガソリンスタンドへ行った。しかし、冬タイヤに交換した直後でタイヤの空気圧が下がっていたため、運悪くガソリンスタンド脇のパイプにオイルパンをぶつけてしまった。最初は気がつかず、そのままガソリンスタンドへ入って、タイヤの空気圧を見てもらい、灯油を買う。ふと車の前方を見てみると、どす黒い液体が流れている。あれ、ワシの車?車の下を見てみると、ワシの車からエンジンオイルがダーッつと漏れている。仕方が無いのでJAFを呼び、知り合いのクルマ屋さんへ運んでもらう。ガソリンの値段も上がって、厳しい時期にこんな事になるなんてと思っていたのであった。ちなみに修理代4万円、シクシクシク。

 しかし、その2週間後、デストロイヤーからプルプルへのカレー運搬中に、2代目村上カレー号である店の車が、異常な状態に・・・。パワステが効かなくなり、異常系のランプが全部 点きっぱなしになったのである。これは、何だ?と思い、先日のガソリンスタンドへ行く。相談してみるが、これは何だか分かりませんとのこと。すぐにディーラーへ持って行った方が良いとの事。先日、ワシの車を修理してもらったクルマ屋さんに相談。なるべく早く、持ってくるようにとの事。翌日、2代目村上カレー号である店の車を走らせ、クルマ屋さんへ。しかし、クルマ屋さんへ向かう途中も、異常ランプが点いたり、ラジオが聞こえなくなって来たり、ヤバそうな状況・・・。やっとの思いでクルマ屋さんへついたのだが、そこで2代目村上カレー号は、力尽きたのであった。クルマ屋さんのH氏が、どうしちゃったんですかねとエンジンを駆けようとするが、プスリとも言わないのである。ついにエンジンが、かからなくなってしまったのである。H氏に、修理をお願いして、帰った。

 翌日H氏からの電話、「村上さん、クランクプーリーがおかしくなっていて、クランクシャフトごと交換しなければなりません。落ちついてくださいね。」

 何を、言ってるんだ?

 H氏「新品の部品と交換すると、40万掛ります。」

 ワシ「・・・・・・・・・・・」

 H氏「中古の部品を探して交換するにしても、最低で22万掛ります。」

 ワシ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 H氏「普通、このクルマでこの走行距離ではあり得ない事なんですが・・・・。」

 ワシ「分かりました、一晩考えさせてください。」

 この厳しい年末に、そんな金など無い。おまけに最近売上が落ち込んできていて、今月はワシの給料が出ないかもしれないというこの時に、こんな事になるなんて。

 22万の修理代をローンにしてもらうのか?しかし、ローン組んだところで、採算は合うのか?この先壊れないという保証は?ガソリンが¥150もするのに5km/Lしか走らない車はどうよ。オートマで4WDでそこそこ排気量も有るから、乗るのは楽チンであるが・・・・。どうする?

 翌日H氏に相談する。

 ワシ「安い4WDの軽とか無いですか?。」

 H氏「判りました、探してみます。」

 翌日、H氏から、FAXが入る、F社製のV、マニュアルでパートタイム4WD、走行距離五万キロ、30万円。

 もう一台FAXが入る、ATで4WD、走行距離8万キロ、30万円。

 F社製のVに決める。3代目村上カレー号の、誕生である。

 ここで、村上カレー号とは、デストロイヤーからプルプルへカレーを運んだり、仕入れに行ったりするのに使う車のことである。

 初代村上カレー号は、ワシの自家用車である。N社製のサニーである。デストロイヤーが出来た年から、約一年半、カレーを運び続けた。時期はスープカレーブームの真っ只中である。毎日、大量のカレーと具材を、デストロイヤーからプルプルへと運び続けた。初代は、FFで乗用車であるため、荷物を運ぶのは苦手である。冬道では、交差点での発信に時間が掛る事、多数。おまけに、雪に埋まり動けなくなる事2回。

 車検に出したときには、リヤのサスペンションが両方とも折れていた。可愛そうに・・・。すまん。(普通サスペンションが折れる事など無い)

 スープカレーブームで、ある程度儲けが出たので、車を買うことにした。

 中古のT社製スプリンターカリブ。2代目村上カレー号である。4WDのAT車、カレーならどれだけ積んでも、へいっちゃらな車である。しかし、スープカレーブームは徐々に終焉に向かい、4月1日の¥500カレーや、5月11日のボブマーリーの追悼¥500カレーのときぐらいしか、その充分過ぎる性能を発揮する事が出来なかった。いや、伊勢丹の北海道展の時に、オフハウスから2台フリーザーを積んで返って来た。これは、この車だから出来た荒業である。

 2代目村上カレー号は、2年でその役目を終えることになってしまった。やっと原価償却が終わってこれからというときに、シクシクである。

 そして、3代目村上カレー号は、F社製のヴィヴィオである。パートタイム4WDのマニュアル車、軽である。

 軽であるから、燃費は初代、2代目より格段に良い。

 初代の燃費は、7km/L。2代目は、5km/L。3代目は10km/L。燃費にすると、2代目と3代目では倍違う事になる。これで、年間5万円のガソリン代の節約と、軽になったことで、税金なんかも安くなるので、維持費が安くなるはずである。

 これで、村上カレー店は、ガソリン価格¥150超を、乗り切れるはずであった。

 しかし、ガソリン価格¥150超のオイルショックが、本当に村上カレー店を襲うのは、これからであった。

 ガソリン価格を気にしているのは店だけではなかったのである。カレーを食べに来るお客さんをも、オイルショックは襲っていたのである。

 2007年12月のプルプルの売上高は、前年同月比7%ダウン。冬に雪が降ると売上が下がるのは、いつものことである。いや、そのときは、そう思っていた。

 1月やはり、前年同月比7%ダウン。2月同13%ダウン。

 ここまで来て、わしは少し気がついた、もしかしてこのまま売上が戻らないんじゃないか?

 しかも、4月には前年分の消費税の支払いや、所得税の支払いが待っている。これは、ヤバイ。

 バイトのSちゃんにも、2月で辞めてもらい。後釜は入れない事にする。

 金が無い!!!このままではヤバイので、生活費を極力切り詰めることにした。

 まずは、毎晩K富士で晩酌していたのを止めることにした。自炊生活の再開である。実は、プルプルオープンの頃は、自炊していたのであるが、魚を焼きながら寝てしまい、危なく小火を出しそうに成った事があって、それからは、コンビニ弁当などで凌いできたのだが、スープカレーブーム以降はもっぱら外食だった。

 自炊を開始してから、一月も立ったころ、K富士のオヤジさんが、心配してプルプルに訪ねてきたらしい。わしは、デストロイヤーにいるのだが・・・。話を聞いて一月ぶりに、K富士に飲みに行った。オヤジさんに理由を説明して、暫く来れない旨を説明した。

 3月、プルプルの売上高、前年同月比19%ダウン。売上の落ち込みが激しくなってきた。

 ダウンの連鎖を何とかするために、新メニュー投入や、デザートの開始などを試みる。

 しかし、4月のプルプルの売上、前年同月比8%ダウン。12月から3月はガソリンの値段は、大体¥150位、4月は税制の期限切れで、¥130くらいと少しは値段が下がった。それでも、8%の売上ダウンである。

 非常に厳しい。

 毎年、12月か1月に売上の最低線を示し、2月、3月と売上が回復してくるはずであるが、今年は、最低の売上を記録したまま、ずっと横ばい状態である。

 税金払えるだろうか?

 自炊生活を続けていたおかげで、消費税の支払いは、どうにかなった。しかし、所得税が払えなかった。おまけに、従業員の3人に、給料の支払いを待ってもらうことに・・・。申し訳ない。

 しかし、売上ダウンは、収まる事を知らず、5月の売上高、20%ダウン。ガソリンの価格は¥160台に上昇。

 5月の売上高は、前年比で50万のダウンである。このままでは、プルプルもデストロイヤーも潰れてしまう。

 プルプルとデストロイヤーは、売る店であるプルプルがあってのデストロイヤーであり、仕込む店のデストロイヤーあってのプルプルである。どちらかを閉店すれば済むという問題ではない。

 店の仕組み自体を変更しなければならない。昔のようにプルプルの狭い厨房で仕込みから全てを、行うのか?そうなると、メニューの再構築も必要である。

 最大のネックは、人件費か?売れていないのに人だけがたくさんいる。従業員の休みの確保を考えると、必要な人員であるが、この売上では給料が払えない。デストロイヤー店長のマー君に、店を辞めてもらうことになった。

 すまん、マー君。

 デストロイヤーは、わしとマックス、真鍋君の3人体制になった。

 仕事を終わって、部屋に変えると、新聞受けに税務署からの手紙が、挟まっていた。所得税の支払いが出来なかった事で、税務署が連絡をくれとの事である。次の日、税務署に電話、お金が無い事を説明して、今月中に払えるかどうかと、もう少し様子を見てくださいと、お願いする。

 またしても、従業員に給料の支払いを待ってもらうことに・・・。すいません。所得税を払い。翌月、残りの給料を、支払った。

 6月のプルプルの売上高、前年同月比19%ダウン。ガソリン価格は¥170台に上昇。

 ここまで、国民年金や国民健康保険も、滞納している。健康保険料に関しては、3月に分割の相談に行ってから、一回しか払えていない。店から帰ると、新聞受けに、区役所からの手紙が・・・、国民健康保険料の件で連絡を下さい。デストロイヤーの休みの木曜日に相談に行く。店の売上が落ちていて、収入が激減している旨を説明して、何とかならないかと相談する。昨年の残りの分を払って、今年度分の減免をすればどうにかなるのではないかと、指導してもらう。とにかく、前年度分をどうにかしないとどうにもならないらしい。

 7月は、健康保険料と、国民年金を何とかしなければ・・・。

 7月、プルプルの売上高は、今年に入って最低を記録しそうな勢いである。ガソリン価格は¥180台に突入。

 果たして従業員の給料は、全額支給できるのか?国民健康保険料は、払うことが出来るのか?国民年金は?

 わしの、自炊生活はまだまだ続く。

 ちなみに、自炊生活で重宝しているのは、仕込みの際に出る「ダメイモ」である。

 この「ダメイモ」は、メークイーンを茹でたときに、どうしても芯が残るイモや、黒ずんでしまってお客さんに出せないイモのことである。そういうイモは、イモのチェックのときに使えるイモと区別して冷凍保存する。普通、「ダメイモ」は、デストロイヤーで「トルカリ」や「スイートポテト」にしたり、従業員が持ちかえってポテトコロッケにしたりするのであるが、今はもっぱらワシの晩御飯になっている。「ダメイモ」をレンジでチンしてキャベツと賞味期限切れのヨーグルト(店から貰ったもの)と塩を混ぜてサラダとして、酒のつまみにする。

 これはこれで、結構いけるのである。ワシの、典型的な晩御飯としては、プルプルの近くの100円ショップで、魚とレトルトカレーと発泡酒を買って、部屋に戻り、魚を焼きながら、レトルトを温め、ダメイモでサラダを作って出来あがりである。発泡酒の後は、レトルトを温めたお湯で、潤酒をつけ、2本くらい飲んで寝る。

 ちなみに、燗をつける時に使用している徳利は、クルマ屋さんのH氏に頂いたものである。H氏からは、どこか行きつけの飲み屋において使ってもらえればと、頂いたのであるが、毎晩自分の部屋で使う羽目になってしまっている。H氏は、実はバンドマンである。イカテンにもでたことが有り、ワシはリアルタイムで彼のバンドをテレビで見ていた。去年のイカテンの番組にも一瞬では有るが、若い彼が映っていたのを見逃さなかった。

 この自炊生活なら、1週間大体一万円で生活できる。なんとなく学生みたいな生活である。何よりも、昼飯代が必要無いので、だいぶ助かっている。これで、月4万円で何とか生活できる。

 あとは、支払い関係をどう払っていくかである。

 この先、ガソリン代が安くなる可能性は、ほぼ無いと思われる。プルプルの売上は回復するだろうか?

 このまま、ガソリンの価格と反比例する形で売上が落ちて行くのだろうか。

 このまま落ちて行くと、プルプル/デストロイヤーという店の形を変えていかなければ、維持が出来なくなる。

 しかし、店の形態を変えるだけの資金は無い。閉店か?

 この先どうなるかはわからない?

 村上カレー店は、2008オイルショックを乗り超える事が出来るのか?

 それじゃ、また。

2008.7.24