市川猿之助 二月大歌舞伎 (昼の部)
猿之助十八番の内「南総里見八犬伝」

2002年2月10日 大阪松竹座

 

市川 猿之助宙乗り相勤め申し候
発端 富山山中の場より
大詰 山下館奥庭封牛楼の場まで

 

<出演 >

市川 猿之助
市川 門之助
市川 右近
市川 猿弥
市川 笑三郎 ほか


急遽思い立って、猿之助を観にいくことにしました。
今回は昼夜とも猿之助の十八番を集めた通し狂言で、しかも古典モノ。
やはり芝居は通しがいい。
昨年の初春を見てから、それを強く思うようになっていたのです。
それぞれの名場面ばかりを集めた公演は、ある意味、美味しいのか知れないけど、
物語がブツブツ切れる感じがしていたのです。

久しぶりの松竹座。一昨年の七月以来です。
まず、会場に着いてショックなことが……
幕間の食事処「ののや」がなくなってる!
ここは少々お高かったかけど、お味は最高だったのに〜。

…… 気を取り直して別のお店を予約。

そして中へ。
お着物の人も多くて会場はいい雰囲気。

私の席は、二階七列目 花道側。今回は二等席です。
ここから見ると花道の大部分は見えずに、辛うじて七三から先のみ
見ることができる。

一.発端

富山山中の場

暗がりの中、颯っとライトが舞台に差し込むと、そこには伏姫と 犬の八房。
姫を恋慕のあまり悪霊のとりついた八房の執念が身に宿り、姫は懐胎。
冒頭からなんともオドロオドロしい伝奇的な内容です。
八房を殺害しようと懐剣で挑みかかる伏姫。
そこへ、通りかかった忠臣 金鞠 大輔。
犬を狙った鉄砲が、誤って姫をも撃ち抜いてしまう。
臨終の時、姫の体内より八つの玉が飛び散る。
この玉を持つ八人の剣士がやがて、里見家再興のために立ち上がるという。

ソフトボール大の玉を、黒子が棒につけて手で動かすのが歌舞伎らしい。

「仁」「義」「禮」「智」「忠」「信」「孝」「悌」。
八つの文字が浮き上がった大きな玉が舞台上に現れる。

ニ.序幕

大塚村陣屋の場より

暗転。ライトにより垂れ幕が浮き上がる。
「これより十六年相経ち申し候」
「─ 夢 ─」

そして再び明るくなると、もうセットチェンジが完了している。
この早さには驚きです。

この玉が飛び散る様子を、夢で見て、うなされながら目覚めたのは、山下 定包。
里見家より領地を奪いとった人物だった。

そして、物語は八犬士の運命を描きながら、さまざまに展開していく。

各場面ごとに、衣装の早変わりがあったり、立ち回りがあったり、
大掛かりなセットチェンジがあったり。
見ている方を飽きさせない。
ある立ち回りの部分では、上手にあった義太夫の座を目隠ししていた
御簾がさっと上げられて、客の前にその姿を現して歌う。
場面を盛り上げるための演出効果と、客へのお披露目もかねているのだろう。
江戸に行くとここですかさず客席から「義太夫!」と声が飛ぶ。
さすが、芝居の本場!と感動したものだった。

音がすべて生というのも歌舞伎のいいところだと思う。
また、途中に出てくる効果音。立ち回りの時などのツケ打ち(拍子木で板を叩く) も
すべて人がやる。── これがたまらない魅力なんです。

またセリフ回しも、掛け言葉が多くて楽しめた。
ちょっと覚えてないんですが、江戸時代の人のこの洒落っ気てとても粋だと思う。
追いはぎの上前ハネをやっている、つまり盗人に身を落した八犬士のひとりが、
金を包んだ風呂敷を懐に入れて、
「包んだ心も白波の…… 」
なんていう心憎いセリフを言ってたっけ。
つまりは、金包みと、心の奥深く包み込んだ忠義の思いを掛け、
さらに、「知らない」と「白波」を掛けています。
お家再興のため、止むに止まれず盗人に身を落して、恥じを忍んでこの金を取ったんだ。
ということを、くどくど言わずに掛け言葉でさっと流すところが本当に粋だと思う。

「白波」は盗人の意味。
有名な「白波五人男」という演目は、五人の盗人のお話ですしね。

八犬士の中で、かなり時間を割いてその生い立ちや、犬士として立ち上がるまでを
詳しく説明していたのが、女として育てられた 犬塚 信乃。
白刃を見ると震えが止まらず身もすくんで動けなるという奇病の持ち主。
笑也さんが演じていたのですが、身体を横にしたまま頭を浮かせて、
左右に振りつづける演技はすごい体力だと感動しました。

やがて、育ての叔母の命を投げうった諌めで、神かかり的な力が降りて、
彼は立ち上がるのですが、そこで、おなじ犬士の犬飼現八(右近)との出会いを果たす。

初め二人は敵と味方で、とある屋敷の大屋根で激しい戦いを繰り広げる。

そのときに幕前に出てきた侍の会話が客席を笑わせる。
花道に出てきた侍達が屋根で戦う二人を見ながら会話しているという想定。
「あそこに見えるのは、笑也と右近ではないか〜!」
「二人とも市川一門の人気役者。どちらが勝ってもご贔屓さまはご心配(笑)。」
「どちらも、がんばれ〜!(パンと扇を開いて) おもだか屋〜!!(上へ差し仰ぐ)」

幕が引かれるとそこは大屋根の上。

二人の立ち回りは、大変激しくてしかも動きが素早い。
歌舞伎でこんな早い立ち回りは初めて見た〜。
屋根から落ちそうになったりして芸が細かい。
この立ち回りはとても見ごたえがありました。

二人は組み合ったまま、屋根からまっさかさま。やがて川を流されていきます。
そして助かり、互いの素性を知ることになります。

猿之助が登場するのは第一幕の最後になってから。
さすがに登場の仕方が、芝居かかっている。(芝居なんだけど)
物語で重要なモチーフになる、名刀「村雨丸」(犬塚 信乃所持) を
奪った男が峠に差し掛かる。
ここには、追いはぎの上前を跳ねてお家再興の金を蓄えていた
八犬士の一人 犬坂毛野もいた。
突然辺りに怪しい妖気が漂い、赤々と火炎を噴出す、岩の割れ目より
昇ってきた一人の怪しい僧風の男。
彼こそが、猿之助演じる、犬山 道節。
八犬士の頭目的存在になる人物でした。

抜けば玉散る氷の刃。
村雨丸を抜けば、たちまちに雷が鳴り響き、雨が降り注ぐ。
すごい大袈裟な演出も歌舞伎ならでは。
この名刀を奪い返して、花道をゆっくり入っていく猿之助。
さすがにすごい貫禄〜。


幕間30分

ここで昼食。この30分の間はとってもせわしない。
どこへ言っても行列で……結局二部開演に間にあわず、途中から駆け込み^^


二部の目玉はなんと言っても化け猫でしょう。
犬士の一人、犬村 角太郎 の養父を食い殺したあと、そこに収まっていた化け猫が、
犬村 角太郎 の留守中にその正体を現す!
行燈の油をペロペロ舐める養父。
行燈の中に顔を突っ込むと、そのシルエットが猫に変わるという凝った演出。
客席も拍手喝采。
部屋の隅に置いてある、行燈がえらく大きいなぁ…
と思っていたら、それはこの演出のためでございました。

ところが、その様子を嫁が見てしまう。
彼女のお腹には五つ月になる子供がいる。

化け猫はその子供の生き胆を要求。
なんとも残忍な〜。

それから化け猫はこの嫁をなぶり殺しにするのですが ──、
ここのところはちょっとエグかった。
残忍な話に大変弱い私には、ちょっと顔をしかめながらの観劇でした。

立ち回りも凝っていて、猫の妖術により、嫁は奇怪な動きをする。
障子を突き破って部屋の外に出たと思ったら、隣の障子を突き破って
また部屋の中に連れ戻される。
音も立てずにくるんと一回転して倒れたり、その動きの素晴らしさに
感心しつつも、残酷なので拍手がしづらい。
ほかの客も同じと見えて、ポイントどころにも関わらず、拍手も湿りがちに。
その前にも若い娘が追い剥ぎに惨殺されたし、
滝沢馬琴って結構残忍な本を書く人なのねぇ。

化け猫が嫁を一突きにし、そのお腹を割くと、そこから光る玉が飛び出す。
それは八犬士の証しでした。

何も知らず、夫 角太郎 が帰ってくる。
妻の変わり果てた姿に愕然となる夫。
今わの際に、光るその玉は角太郎へと手渡される。
また新たな犬士の誕生でした。

そこへ化け猫を追ってきた丸丸が駆けつける。

舞台には化け猫の手下とおぼしき猫のぬいぐるみ集団が出現。
ここはポンキッキーかぁ〜(爆)
彼らの動きはまるでコメディー。ジャズダンスちっくな踊りまで飛び出し、
アンタらマジかぁーー?(爆)
この場面でこの展開は一体何なんやーー!(笑)

二人の犬士が化け猫を追い詰めようとするが、その手をするりとかわして
ふわりふわりと宙に浮く化け猫。
巨大猫の置物の傍らにその化け猫老人が立ち、置物ごとピアノ線に吊るされている格好。
すごい、すごすぎる…(笑)。

ここで、私は何故か、必殺剣劇人のラストシーン。巨大ガマガエルの置物の上に乗って
登場する、あおい輝彦を思い出してしまった〜。
(分かる人っていないだろうなぁ)

幕間15分


三.大詰め

朝廷から下ってきた勅旨一向に化けて、敵の屋敷に乗り込んだ犬士たち。
もちろん、勅旨に化けたのは、犬山 道節(猿之助)。

彼は自らがここへやってきたわけをチクチクと話し出す。
この台詞がとても面白かった。

覚えている範囲で書きますと、

昨今の世の中は、あまねく不景気この上ない。
上方とて同じ。
人様の財布の紐は固く、モノが売れない(笑)。
そんな中、ここ松竹座は初日よりの満員御礼。
いや、誠にもってご贔屓とはありがたい。
(客席から大きな拍手)
また、昨年は同時多発テロが起き、人々の心は痛み、
世の中どうなることやと思いきや、
年の瀬には内親王さまのご誕生。
誠に喜ばしい限り。
皇室を「敬愛」する心で以って、我が帝にも、その志を賜らぬか?

と、── つまりは金の無心でございました〜(大爆)

私の観方って本筋を見ないで、<おまけ>にばかり目がいっているのかも知れないけど
こいういうちょっとした客へのサービス精神が大好きだったりする。
毎回、ちょっとした現代ネタを織り交ぜては笑わしてくれる歌舞伎が大好きなのです。

その後、結局正体がバレて、最後の大立ち回りが繰り広げられる。

見方を助け出し、大きなつづらに入れて脱出を試みるが、
敵に見つかる。

宙を浮く大つづら。

客席はもうすでに想像はついている。
あの中に……。

蔓が高く上がったところで、パッと扉が開き、猿之助が現われた〜!
上手い具合に扉がくるんと返って、つづらを担いだ格好になる。
これは、猿之助の有名な宙乗りのひとつだそうで、「つづら抜けの宙乗り」というのだそう。

目を剥き、思いっきり睨みを効かせて決めをつくる猿之助に拍手喝采!

何度も決めを作ってはサービスも忘れない。

猿之助さんを見ながら、私は「まるで、ジェームス小野田みたい」と思ってしまった。
格好だけでなく、霊験あらたかな感じが……
本当は、"ジェームスさんが、歌舞伎みたい"というべきなんですけどね。

本舞台では、派手な立ち回りが繰り広げられる。
最後、右近さんの立ち回りが素晴らしくて、大きな拍手が起こっていました。

そして、敵は破れて、晴れて里見家は再興が叶うのでありました。
しかし、敵は死なず、領地を没収されるという結末。
これが西洋の芝居なら、きっと殺されて終わりになるでしょう。
また、そうであっても後味が悪くなることはないのでしょうが、
元来歌舞伎は平和的な芝居だというのも頷けるし、いいところでもあると思う。
また、実に日本的だと思ったのでありました。

今回残念だったのは、見所のひとつとされていたらしい、
猿之助登場の際の「円塚山だんまり」での六法(ろっぽう)を
花道が見えないために十分観賞することができなかったことでしょうか?


やはり、一等席にすべきだったかな。

おしまい


だんまり:
複数の人がひとつの物を巡って争うときなどに取られる演出方法。
黙ることで争いを様式的に見せようとし、動きもゆっくりとした動きになっている。

六法:
英雄が、雄雄しく駈ける(歩く?)様を表した動き。
普通歩行と違って右手には右足、左手には左足を同時にだす。
花道を勇んで退場していくときなどに、見せ場として演じられる。