田村 正和公演「乾いて候」パートU 〜切なく生きて〜
2000年2月11日 大阪松竹座
時代劇好きが高じてとうとう田村正和を観に行くことになろうとは・・・。田村正和といえば「乾いて候」なのですねえ。この日私と同じく好きモノの恵美加嬢(私の同期です)と松竹座へ参りました。いつも開演ギリギリに滑り込むのでこの日は慎重に電車に乗る時刻を決め、結果20分前に会場に着くことにしたのですが、会場を目前にして恵美加嬢がこともあろうに、「小腹が空いた。マクドナルド行こう。」と言い出すではありませんか。あ〜やっぱり私たちはギリギリに行く運命なんだわ〜。それからの食事のせわしかったこと!それでも5分前には会場入り。いや〜やれやれでした。(笑)
席は七列目中央というオイシイところ。松竹友の会の優先予約で取ったのですが、希望の席番を指定できるというありがたいシステムなのです。この日は補助席まででていて三階席までビッシリ満員でした。客層は三十代前半から上といった感じで、若い人も結構多く中には幼い子供連れのお母さんもいる。さていよいよナマ田村を見られると、心浮き立つ私たちでございました。
田村正和扮する、腕下主丞(かいなげもんど)は、時の将軍吉宗のご落胤(平たく言えば隠し子)という役どころ。幼い頃から毒見の修行をし、あらゆる毒を見分けることができる。
成人してからの主丞はその才を頼まれ、度々父の危機を救ってきたのでありました。
さて、今回の騒動は──。
あらすじ─ 時は享保。八代将軍吉宗の治世。 江戸城内ではまたも吉宗の膳に毒が盛られる騒ぎがもちあがる。詮議をすすめるうち、どこからともなく反吉宗派の不穏な動きが顕れてくる。 |
ある夜、大奥にて─
緞帳(どんちょう)が上がると、その奥に舞台一面に江戸八百八町の地図が描かれた幕が下ろされている。さらにその奥には字幕が映し出されたりして映画を意識した演出です。
さてある夜、江戸城大奥を揺るがす騒動が・・・。
「曲者(くせもの)じゃ。お出あえめされ。」
大勢の中老や部屋子が廊下を右往左往しています。今宵またしても将軍吉宗の膳に毒が盛られたのでした。
下手人(げしゅにん)はすぐ取り押さえられたものの自害して果てる。懐に所持していたのは将軍吉宗を誹謗する書付。
中奥にて吉宗が大目付千々岩伝之進、南町奉行大岡越前守とともに、筆頭老中土屋相模守(←コイツが悪党^^)の報告を聞いていたが、書付が読み上げられるや激怒する千々岩伝之進。彼は紀州時代の主丞の養父。白髪の老人で実直な人物。彼が主丞を呼び寄せるべきだと言い張るも、吉宗は
「主丞、主丞と・・・。主丞がいなければ何も出来んのか。」と苛立たしげ。
──何やら吉宗失脚を狙う大きな陰謀が動き出していました。
その頃、夜陰に紛れ根来忍者の残党たちが、旅路を行く腕下主丞を狙っていました。
床から幾つものスポットが真上に光を伸ばしその中をうごめく忍たち。この光で草むらを表しているようです。光の中をうごめく一団がなんとも不気味でなかなか効果的な照明です。
やがて一人の浪人が近づいてくる気配。忍たちは息を殺して見守っている──。
舞台上手奥から赤い光が差し、熊谷笠を手にした一人の浪人のシルエットが浮かぶ。
パンフレットに載っていた原作の表現を借りると、
『紅白の綸子(りんず)小袖の着流しに、襟元から紅絹(もみ)の肌着が僅かにのぞく。大津石割の雪駄(せった)の素足が歩みを運ぶたび、蹴出(けだ)しの緋色が、夜目にも鮮やかにゆれる。献上博多の角帯に、落とし差しの大小さえなければ、女と見紛(みまご)うほどに、艶冶(えんや)であった。』
ん〜、何とも趣のある表現です。
まさに、正和さまのためにあるような主人公じゃございませんか!(爆)
シルエットの主丞さま、わずかに反った背中の線が美しい。吹きつける風に向って歩いてくるその姿。
《きゃー、かっこいい!》
と、ここでいきなりミーハーになってしまうわけでありますが、──
待ちに待ったわれらが田村正和サマの登場です!
長らくもったいつけられてじれていたファンが思わず拍手をするのでした。やがて四方八方から強烈なスポットライトを浴びて、照らし出される腕下主丞。なんとも大仰な登場の仕方でございます(笑)。さすがは主役、二枚目は違います。
真っ白の着物に赤い半襟(「半襟」とは言わないのでしょうが・・・)。博多帯も赤。ついでに髪を束ねる紐も赤。花嫁さんじゃあるまいし・・・と突っ込みたくもなるけど、これが似合うのだわ。
まさに艶(えん)という表現がピッタリの正和サマでございます。
一方、忍たちは地面に貼り付いて斬りつける間合いをうかがっている。
そして──、闇の底から沸き上がるように次々と現われては、主丞に襲いかかる。
しかし、切っ先鋭く斬り込む刃をさらりとかわし、一人二人と斬り倒す主丞さま。舞うような立ち回りは健在です。リアリティよりあくまで美しさ。殺陣(たて)がこんなにも美しいなんて、彼を見るまでは思っても見ませんでした。
しかも今日はナマ・・・。
そんな感慨にひたっている間も舞台では死闘が繰り広げられている。
刃を斜めに下ろしたまま隙だらけのようにも見える構えから、鋭く斬り上げたかと思うとくるりと一回り。後方の敵の刃をかわしてあっという間に屍の山を築いていく。
やがて主丞の前に頭目とおぼしき修験者。根来の残党大覚坊というそうな。
しかし主丞は相変わらず静かに間合いを測っている。
やがて大覚坊の刀が鋭く光り、電光石火の早業で斬りつけてくる。
主丞はさらりとこれをかわし、こともなげ、気合もかけずに刀を振り下ろす。
すぐに二の太刀、三の太刀。
やがて相手に深手を負わせる。
──
息が上がることもなく汗をかいている様子もない。まるで体温を感じさせない主丞さま。もちろんこれが「やー」とか「たぁー」とか言いながら、汗だらだらだったらイメージ丸つぶれなんでありますが・・・。(笑)
がっくり膝をつく大覚坊に「命は取らぬ。行け。」ととどめを刺さずに立ち去ろうとするが、大覚坊は
「母のいる江戸へはやらん」
と最後の力を振り絞って挑みかかる。
「何にっ?」
と狼狽した主丞。まるで青白い光が放たれたかのようです。
死んだはずの母親が生きている。そんなはずは・・・。大覚坊を倒し運命の糸に手繰られるように急ぎ江戸を目指す主丞でありました。
登城──。
警備の侍が制止するのを聞かず花道を突き進んでくる一人の男。白の着物に黒い袴、黒の裃。腕下家の紋が縫い取られている。江戸城入りした腕下主丞その人でありました。
わずかになびく横髪が色っぽいのダ。客席の横をすり抜けていくとき、衣擦れの音とともにわずかに風が起こって、匂うが如くの主丞さまです。
大奥へ通ずる大門の前まで来たところで、一人の侍に行く手を遮られる。吉宗警護のため宇都宮藩より遣わされた戸田というてだれでありました。主丞は一瞥(いちべつ)してこれを根来者と見破る。
「上様はいつから根来者の手を借りるようになったのか」
と鋭く言い放つ主丞に戸田は道を開けるしかない。
主丞大声で名乗りを上げる。「将軍家毒見役、腕下主丞。罷り通る。開門〜ん。」
すると大門がスーッと開いて主丞を招き入れるのでした。
大奥御座の間では吉宗はじめ大目付千々岩伝之進、大岡越前守忠相が四年振りの登城の主丞を歓待していました。
ことに千々岩伝之進は涙を流さんばかりの喜びよう。主丞の目に温かい光がさす。千々岩の手をとり、「達者であったか。近いうち屋敷にてあい見えよう。」と言葉をかける。眼差しだけでやんごとなき身分であることが十二分に見て取れる。このあたりの品格ある演技はさすがです。
さて四人が話し合うのは、今回の陰謀と吉宗の過去。さらに母おしの生存の噂。
ああ、なんとまあよりによって・・・。母は吉宗を敵と付回す根来衆の手に落ちていた。なんという運命の皮肉でありましょう。
主丞は、「母が吉宗の二人の兄を殺(あや)めたのも吉宗を慕うゆえと、その心根をあはれに思っていたが、敵の手に落ちでまで生き伸びているのなら、何としても母に会い、形見の盃をつき返す。」と、刀に手をかける。
その手で母を斬るというのでしょうか。刺されるほどの苦悩の表情が観客の胸を打つ。
がしかし、こんな場面にあっても「ちゃかし見」の本領を発揮してしまうのが私の悲しい性なのです。正和サマが「母」と言うときの声がことごとく裏がえっている!(笑)
それが可笑しくて……、その切ない想い、よっ〜く伝わってはくるのですが。あ〜本当にごめんなさい。
その頃、大奥の女官たちは主丞の登城に色めきたっていました。お調子者四人組がうきうきそわそわ、コミカルな演技で笑わせてくれる。どっちかと言うと全編暗い話なので(笑)こういう笑いはホッとします。
主丞は大奥でもスーパースターのようです。さすが主役は違います。どうやら主丞には、かつて大奥のお中老若狭の局とのロマンスがあったようで、四年前にお宿下がりした若狭の局は、主丞の母に生き写し。その名も同じおしのというそうな。
ある船宿。
ぼんやりと川面を見つめる美しい女将。この人こそ、主丞の母に生き写し!
かつての若狭の局(おしのとの二役)、いまでは船宿の女将ぶりもすっかり板につき、店の者からも慕わるれっきとした女将でした。また、ややこしいことに彼女の市井での名前も"おしの"という。
ここは主丞の江戸での住みか。しかし主を失って女将も物思いに耽りがち。そこに奉公にきている娘華厳(けごん)。実は大岡越前守忠相の密偵でした。
そこへ四年振りに帰った主丞。女将おしのをはじめ、船頭や華厳も大喜びでありました。どこへ行ってもモテモテの主丞さま。冷静に考えると、きっぷがいいわけでもないし、女たちはともかく、男たちにまで慕われているのが不思議です(笑)。
川面をたなびく霧の中、久方ぶりに再開したおしのと主丞が歩いてくる。
「あなたをお慰めする力のない私が情けない。」
とおしのが言えば、主丞は抑え切れない母への想いが堰を切ったようにほとばしる。二人を乗せたせりが上がり幻想的な風景の中で主丞は空に向って叫ぶのでした。
「母上〜。あなたは生きているのですか〜。どこにいるのですか〜。」
──この場面、きっと芝居のポイントになる名場面なのでしょうが、私はどうも素直に見ることができない。ちょっぴりクサくって滑り落ちそうでした。
どうもマザコンすぎやしませんか〜。と思っていると横で連れの恵美加嬢、
「(吉本の)桑原和男とちゃうねんから・・・。」と囁いた!(爆)。
おいおい、なんという突っ込みだ〜。
それからは彼が「母上・・・」と言うとき、例の「神様〜。」のギャグが重なって大変でした。
幕間(30分)
私たちはお弁当タイムです。今日は「ののや」の幕間(まくあい)弁当です。店で食べると時間がなくて気ぜわしいのでお弁当にしたのですが、てんぷらのシャキシャキ感が消えてしまっていてよろしくない。ここのてんぷらをこよなく愛する恵美加嬢もちょっと残念そう。今度からはやはり店の方で食べようと心に誓ったのでした。
第二幕。
ところ変って、ここは宇都宮藩江戸上屋敷。
大岡越前によって送り込まれた密偵華厳が腰元姿で内情を探っていました。屋敷奥では若君の病気平癒のため妖しげな祈祷が。真言密教の護摩(ごま)が焚かれて、祈祷師が呪術まがいの真言を唱えています。赤鬼のような風貌が恐ろしいというかコミカルというか・・・。この祈祷師覚然こそ、主丞を襲い、倒された根来の大覚坊の兄でありました。一方神妙に祈祷を続けている藩主忠正の生母、妙桂院。尾張の血を引く妙桂院は、吉宗に兄を殺されたとの恨みを持っており、覚然はこれをたきつけて吉宗失脚を企んでいるのでした。また宇都宮のとある寺に主丞の母おしのが閉じ込められているという。おしの生存の噂がにわかに現実味を帯びてくるのでした。
覚然の陰謀でまずは、吉宗の腹心、千々岩伝之進が罠にかけられ、蟄居(ちっきょ)謹慎を言い渡される。この老中土屋相模守こそ根来衆を操り、宇都宮藩と手を結んで吉宗失脚を狙う黒幕でありました。
謹慎中の千々岩を見舞いに来たのは主丞でありました。
花道の七三(しちさん:花道を出入り口と舞台を7対3に分ける地点)のせりより音もなく現れた正和サマ。
立ち姿が美しい。今度は桃色の帯で髪を束ねている。(笑)
奉公人も暇を出し、娘と爺の三人だけという淋しい屋敷でした。娘佐和の酌で盃を受ける主丞さま。
ゆったりと差し伸ばす腕、盃を飲み干すのもあくまでゆったり品がよく、何とも美しい。十五代目片岡仁左衛門さんの美しさと色気に通ずるものがあります。
飲み干した後、「いい酒だ・・・」なんて言われた日にゃもう、クラクラきそう(笑)。
何がそんなに美しいのだろうと注意して見ていたのですが、お酌をしてもらっている間、盃を見ずに酌をしている人を見遣っているのですね〜。これが手元ばかり見ていると、ましてや盃の中を覗き込んだりなんぞしていたら何となく小さい人物に見えてしまうのかも知れません。
さてこのささやかな宴のさなか、千々岩は謀反人の汚名を着たまま主丞と娘の前で割腹。
「父上〜!」
娘佐和の悲痛の叫びが響く。
千々岩に駆け寄り早まったことをと悔やむ主丞。乱れて肩にかかる髪が美しい。
苦しい息の下で千々岩は逆賊の汚名を着たまま死ぬことで、吉宗を守るのだと語る。さらに、主丞の介錯(かいしゃく)で死ねるのは本望と、悲しまぬよう娘に言い聞かせ、主丞に介錯を請う──。
主丞はそんな千々岩にうなずいたものの、身を切られる思いになかなか刀に手をかけられない。ただただ千々岩を抱きかかえるばかりなのでありました。
ここの演技は迫真に迫るものがあって、心に響きました。
こういうのに日本人のメンタリティーは弱いのよ。会場のあちこちからすすり泣きの声が聞こえる。後ろのお父さんも泣いている。請われるままになすすべなく介錯をする主丞。悔恨と悲しみの表情が観客の心を打つのでした。
江戸城、観能の宴──。
舞台中央には大きなしだれ桜の古木がライトに照らし出される。上手下手から現れたお目見え(将軍に拝謁することを許された者)の旗本や大奥お年寄たち。
彼らが列座すると将軍吉宗がお出ましになる。今日は将軍家の前で能が演じられることになっていました。
能役者に姿をやつした主丞がご禁制の「清経」を舞う。
面をつけての舞はなかなか難しそう。目に開けられた小さな穴だけではたいそう見えにくいことでしょう。階段を上るときつま先をコンと段にぶつけていたのは、わざとなのかそれとも失敗なのか、どっちなんでしょう・・・?
すぐに咎(とが)めだてが入り、能は中断させられてしまう。一同騒然となる中、面を取った主丞が、吉宗に千々岩の生首を差し出す。
伴った娘佐和に「良く見ておけ。これがそなたの父が命を賭けて守ろうとした男の顔だ。」と言い放つ主丞。
憎しみまだ癒えぬ父に対する痛烈な反抗の言葉でありました。
さらに吉宗に向って、「あなたはこの桜の大樹なのです。そしてあなたを守るために千々岩は死にました。人は死ぬと桜の花になると言います。来年はこの桜も千々岩の顔をした花びらが咲くことでしょう。再来年もそのまた次の年も千々岩は咲きつづけることでしょう。千々岩にお言葉を・・・」
それに対し、吉宗は嗚咽(おえつ)で言葉にならない。吉宗とて無二の腹心を失った悲しみは大きいけれど、逆臣として死んだ千々岩に将軍である吉宗がうかつな言葉はかけられない。
「余の命に背き、勝手に腹を切るとは何事だ。千々岩伝之進、そのほう成仏することはあいならん。いつまでもこの世にとどまって、成仏してはならん。」と、涙ながらに言うのが精一杯でした。
桜の花が美しい華やかな舞台と、そこで繰り広げられる悲しいやりとりの対比が、人の命の儚さをより際だ出せているかのようです。
政(まつりごと)の犠牲になり天下を守るため自ら逆賊の汚名を着て死んだ千々岩に涙する吉宗を見て、虚しく去っていく主丞でありました。
幕間(20分)
休憩がたっぷりあるのが芝居のいいところなのかも知れません。
今度の幕間は「正和サマ」グッズを購入に、さっそく売店へ向う。二階にある売店コーナーはかなり広いスペースで歌舞伎界の花形役者たちのカレンダーや写真集、歌舞伎の文様の手ぬぐいや小物など見ているだけでも楽しく、時間つぶしにはもってこいなのです。結局買ったのはパンフレットだけでしたが、このレポートを書くのに大変重宝することとなりました。
第三幕 宇都宮─。
歴代将軍の務めでもある、日光東照宮参詣は、名代を立てるのが慣わしでした。しかし今回に限って将軍自ら参詣に現れるという。しかしこれも宇都宮藩の陰謀でした。
宇都宮藩の寡婦妙桂院は、兄二人を謀殺されたとして吉宗に恨みを持っており、吉宗を暗殺し再び尾張より将軍を出そうと画策していたのです。筆頭老中と手を結んでいるのだから、なんだかんだと理由をつけ将軍をおびきだすことなど朝飯前なのでしょう。
宇都宮藩の若き藩主は、ことの重大さにおびえつつ母を止める力がない。その正室も町娘の出のため、将軍暗殺の陰謀を止めようとしても、逆に妙桂院に「成敗するぞ」と脅されてしまう。復讐に凝り固まった鬼ババのような姑です。そこへ現れる怪僧覚然。さらに主丞に根来者であることを見破られた戸田の姿もありました。三人ともまさに悪人の面構え。悪役が分かりやすいことが時代劇のお決まりなんでございます。手下の報告で吉宗が江戸を発ち宇都宮領内に入ったとの知らせが入る。いよいよ積年の恨みが晴らせると、勇む鬼ババさまでした。
宇都宮領 万願寺。
ここは主丞の母おしのの庵。
そこへ通じる参道(花道)を近づいてくる一人の侍がありました。主丞が母に会いたい一念からはるばる駆けつけてきたのでありました。
紫の着物に黄色の袴。熊谷笠を目深に被っている。もちろん髪を束ねるのは紫の紐(だったと思う)。
まあなんと華やかな衣装だこと。これで担ぎ物をしていたら、勧進帳の義経のようです。
主丞は四人の尼僧に行く手をふさがれます。
「ここは男は入ることなりませぬ。」
無理やり通ろうとするが、口々に「なりませぬ」と通してくれそうにない。
一人の尼が灯篭の火をかざし、笠の中をのぞき込むと、その美貌にホロリとなってしまう。そしていとも安易に
「この方は女です。さあお通りください。」
となってしまった(笑)。
実は大奥で主丞を歓待した例の四人組と同じ役者。芸風もまったく同じで笑わせていただきました。ここからシリアスな展開になるというのに笑っている場合じゃないのです。尼僧に足元を照らされて主丞が庵へ入っていく。果たして、そこでどのような運命が主丞を待っているのでしょうか。
暗い庵の中に清心尼がお茶をたてている。船宿「船清」の女将と瓜二つです。それもそのはず。二役なんですから(笑)。
無言で部屋へ立ち入る主丞。
清心尼が気配に気づいて、「どなた」と声をかける。
「腕下主丞でございます」
「・・・腕下・・・主丞様? このような尼寺へどのような御用でございます?」
主丞はたまりかねて「母上・・・」と呼びかけた。
しかし清心尼は怪訝な顔、
「母上? 私を母と呼ぶあなた様は一体?」
彼女は過去の記憶を一切なくしていたのでした。その上目が不自由な様子。思いもよらないことに主丞は愕然となる。
主丞:「覚えておいでにならないのですか?・・・あなたに手を引かれよく紀州の浜辺を散歩にでかけました。夕日の海を眺めるあなたの頬に涙が一筋流れるのを見て、子供心にも切なく思っておりました。」
── ん〜こんなセリフ、正和サマにしか言えませんわ(笑)。
そして主丞は昔母が歌ってくれた紀州の子守唄を口ずさみ始めました。すると、清心尼は記憶喪失の人が思い出すときによくやるように、頭を手で抑えて苦しげにしています。
やがて、「見える・・・幼子の手を引いて浜辺を歩くわたくしの姿が」
──と、まあえらい簡単に思い出すわけでありますが、これもひとえに親子の絆がなせる技ということでしょうか。
しかし記憶を取り戻すということはおしのにとってはあまりに残酷なことでした。
おしのはいきなり主丞の小刀を奪い自分の胸に突き立てたのでした。取りすがる主丞におしのは、
「無明の闇に切なく生きてきた私にはこうするよりほかあなたに謝るすべがないのです。・・・」
と言い残し、さらに吉宗に詫びながらこときれるのでした。
母の亡き骸を静かに寝かせ、遺髪を懐にしまう主丞。再び孤児となってしまったのでありました。
宇都宮、万願寺──
江戸を発った吉宗一行は宇都宮に入っていました。さっそく戸田らが出迎え、改築したばかりの万願寺に迎えられる。この万願寺こそ吉宗暗殺の陰謀張り巡らされた悪の砦でありました。
玉座についた吉宗はまずは戸田らに「この度の参拝は微行(しのび)であったに、なぜ余が来ることが分かったのか」と問い詰める。
ひるむ戸田らに老中土屋相模守がすかさず助け舟をだし、自分が知らせたのだと言上する。
吉宗、「おう、そうであったか」と上機嫌で、今度は若き藩主忠正に向かい、
「政(まつりごと)をわたくしするはもってのほか」
と、君主としての心構えを説いてみせた。それもこれもすべてを知った吉宗の土屋らに対する痛烈な戒めでありました。
その時、突然ガラガラと音をたて天井から格子が落ち、吉宗を本堂に閉じ込めた!
袋の鼠になったのを見届けて、土屋らがその正体をあらわにし哄笑する。妙桂院も積年の恨みが晴らせると檻の中の吉宗をあざけり笑う。
絶体絶命─というその時、突然爆音が轟き辺りは濛々たる煙に包まれました。そこには大岡越前の密偵、華厳が吉宗に付き従っていました。寺は越前の手により完全に固められていたのでした。いよいよ大団円。越前の手の者が戸田らに迫る。
その時、どこからともなく現われたのは、母の遺髪を握りしめた主丞でありました。
全身に青白い気合をみなぎらせた主丞は鬼気迫るものがあります。主丞を取り囲んだ宇都宮藩の侍もその気迫にたじろいている様子。
しばらくの対峙の後、斬り込んでくる刃をしっかと受け止め、そいつの脇差を引き抜いたが早いか、反対より襲いかかる敵のわき腹を一突きにする。
さらに後ろからくる敵をかわし、くるりと一回りその足を払いあっという間に斬り伏せていく。
《キャー。かっこいい!: 爆》
正和サマが舞台の際に近づく度に客席は一斉に身を乗り出すというありさまで、これが結構笑えました。そして一人倒す度に大きな拍手が沸き起こります。
殺陣(たて)が流れるように美しいので思わず拍手をしてしまうのです。
ここからの立ち回りの描写はおぼろげな記憶をたよりの創作です。動きが速い立ち回りは覚えられないもので。でも、雰囲気だけは掴んでいると思います。
戸田を追い詰め、ぴたりと正眼(体の正面)に構える主丞。横手から飛び出してきた敵を袈裟切り(肩口から斜めに斬り下ろすこと)にし、その隙に戸田が上段から振り下ろしたのを脇差で受け止める。これを脇へはねのけ、背後より迫る刃を受けとめたが早いか前方の敵を突き、ピタリと戸田に刃を向ける。
まあその立ち回りの速いこと。
戸田が切り込むも、主丞は鬼神がのり移ったようで、いとも簡単にかわされてしまう。よろけてつんのめったところを再び袈裟切りで仕留めたのでした。いやはやお見事!
主丞はここで一旦刀を納め、本堂奥へ逃げていった土屋を追っていく。
一方逃げ切れぬと悟った妙桂院は無念の自害を遂げる。
赤鬼覚然は根来再興を遂げるまでは死ねぬと、追っ手をかいくぐり奥へ逃げ込む。
もちろん主丞がこれを許すはずはないのでありました。
主丞に追い詰められ、まずは覚然が反撃にでる。
ここで主丞さま、いきなり酔っ払ったようにふらついて見せる。
おいおい、手ごわい敵を前にして、こりゃまた酔拳でも始めたのかと思ったじゃないですか(笑)。
思うに舞台での立ち回りなので、相手が斬り込んでくる「きっかけ」を与えているのでしょう。疲れていたのか自分に酔っていたのか、その「きっかけ」がちょこっとふらついてしまった、てなところでしょうか。(しかしこのあら捜しのクセ、何とかならないかしら・・・。)
主丞の形相はさらに険しさを増し、般若の面のよう。鬼となった主丞には覚然の抵抗はまったく歯が立たないのでありました。
振り下ろす刃を目のさめる早業でかわしつつ、ぐいぐい相手を押しまくる主丞さま。
最後は、「そんなポーズでは人は斬れまへんで〜」というような、低い野獣のような姿勢で覚然を倒したのでした。
さて残るはいよいよ土屋一人。こいつが一番のワルなのですよ。千々岩を自刃に追いやり、したり顔で吉宗をたばかっていたのですから。
こうなったら敵も破れかぶれで斬りつけてくる。
主丞、すかさずこれに合わせ、二歩三歩と間合いを縮めていく。ちょっと下向きで半身になって階段を下りてくる主丞さまは痺れるほどカッコイイのです。
上段の構えから相手が振り下ろしてきたのをしっかと受けとめ、大きく払う。瞬間、息を飲むほどに華麗に一回転して二の太刀に合わせ、相手が足を払ってきたところを、軽々と飛び上がってかわし下り際にバッサリと振り下ろし、最後の敵を倒したのでした。
《ふ〜〜、素敵〜!!》
またまた主丞さま低い姿勢になって、思いっきり観客の視線を惹きつけている。
そないに力入れんでも・・・とちょっとウケてしまいました。
ここで主丞さまが不思議な動作をします。
刀を右手で逆手に持って、刃は下向き、刀を持った方の右の手首を、左手で下から「ポン」と叩いたのでした。
「パン」ではなく「ポン」という静かな感じ。
《はてはて、これは一体?……》
刀についた血を払う動作なのでしょうがこんな静かな払いかたは初めて見ましたよ。普通は勢い良くサッと振り払って鞘(さや)に収めるのに、まるで手首が脱臼してないか調べているように見える(笑)。
それまでの激しい立ち回りとのギャップに不意を衝かれた私は、思わず正和サマの真似をして自分の手首を「ポン」とやると、横から恵美加嬢が私を突付く。
「ああシマッタ。怒られた。」と思いきや、同じところで受けていたらしく、彼女は固まったまま笑いをこらえているではありませんか。それから二人はしばし声に出せない笑いに耐えなければなりませんでした。
刀を収めた主丞は、再びいつものクールな主丞に戻っていました。
そこへ、難を逃れた父吉宗が姿を現す。主丞は懐の遺髪を取り出し吉宗に見せ、おしのの死を告げるのでした。涙ながらに「おしの、許せ・・・」と言う吉宗に、主丞はさびしく背を向け旅立っていく。
花道を行く主丞のなんとも言えない虚脱感がもののあわれを感じさせます。
やがて──。
スモークが焚かれ、幽玄の霧の中に現われた主丞さま。白い着物が寝巻きのようにも見える。なんとなくだらりとした歩き方。
後でパンフレットを読んだところによると、それは母の後を追ってあの世を旅する姿だったそうで、(なんでそうなんねん。飛躍しすぎでないの〜)
こうなるともうタダのマザコンじゃあない。唯一無比、スーパー「マザコン男」でございます。それを演じてクサくならないで(ちょこっとクサかったけど)いられるのはやっぱり正和サマしかいないわけダ。
──主丞の心の声が会場に響く、「母上、黄泉の道行きお供つかまつります。」
こうして、主丞は静かにあの世に旅立って行ったのでした。
おしまい
というわけで、すっかり彼にハマってしまったわけであります。この世のものとは思えない程美しい正和サマをみなさまもご覧になってはいかがしょうか・・・。