天国に一番近い島

宇宙世紀0079、南海のとある孤島。
そこには不時着した1機のミディア輸送機があった。
記憶喪失となった少年、少女とアルセニーという名の青年。
彼らが掴む未来は・・・・。
「価値があるから、生きるんじゃない!
 生きるからこそ、価値があるんだ!」

第一章 目覚め

 彼は起き上がる・・・・。
 アタマが痛い。まるでバットかなにかで殴られたようである。
 起き上がると、彼に掛けられていた一枚の布が床にすべり落ちる。
 国旗のようにもみえるが・・・・・。
 何かは思い出せなかったが、彼はそれに対して嫌悪感を覚えた。
 いや、それよりも畏怖の気持ちであろうか。
 そう、それが何か思い出せなかったのである。
 彼が違和感を覚えたのは、そこであった。
「これは何だ?」
「ここはどこだ?」
「オレは誰だ?」
 その質問の全てに対して、彼は答えを出すことができなかった。
 周りを見渡すと・・・。
 ・・・MSがあった。あれはジムだ。
 そう、『あれはジムだと知っている』
 さらに見渡すと、同じように布が掛けられた少年、少女が3人・・・・。
「あれは誰だ?」
 その質問に対しても、彼は答えを出すことができなかった。

 カン・カン・カン・カン・カン。
 まるでフライパンを叩くような音が聞こえる。
 いや、実際にフライパンを叩いているのであろう。
 奥から青年の声が飛んできた。
「朝飯ができている、食えるか〜」
 顔は見えないが、人あたりの良い、よくとおる声である。
 起き上がった4人は、ここが『ミディア輸送機の格納庫』であることを思い出していた。
 いや、知っていたという方が正確であろう。
 奥の小部屋、ミーティングルームでは、一人の青年が携帯用コンロで食事の用意をしていた。食事といってもレーションを温めていただけであるが。ただ非常にこの場に不釣合いな格好をしていた。
 そのいでたちは……パン屋の職人さんである。
 トレードマークともいえる帽子が、パン屋であることを主張していた。
 一人の少年が逆に質問を返す。
「あんたは誰だ?」
 レーションをかき混ぜながら、青年は答えた。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。僕の名前はアルセニー。見ての通り……パン屋だ」
 ちょっと困ったように答えるアルセニー。
 質問をした少年はアルセニーよりも困った顔をして、話を切り出した。
「オレは……自分が誰だか、覚えていない……。あんたは何かオレについて知らないか?」
「記憶喪失なのかっ?!」
 さすがに事態が飲み込めなかったのか、レーションを落としかけるアルセニー。  4人は肯定の意思をこめて頷く。
「……そういうことか……」
 下を向いてアルセニーはつぶやいたが、顔をあげて彼らに話しかけた。
「まずは、朝飯だ。そのあとに、思い出せることだけでも話してくれないか。レーションも冷めると食えたものではないからな」

 4人は自分の名前を決めた。
 名前がないのも不便であるし、また今つけた名前も記憶の片隅から引き出したものである。
 本当の名前かもしれない。
 そう、ひとつひとつを『確認』をしつつ、彼らは自分の世界を取り戻そうと必死になっていた。
「まずは思い出せるだけでかまわない、自己紹介をしてくれないか。僕の名前はアルセニー。先ほど説明したとおりにパン屋だ。ジャブローのお偉いさん達に呼ばれてね。こんなことになるとは思わなかったが。途中でドダイにのったグフに襲撃を食らって、この有様だ。先ほど見てもらったように、コックピットだけを見事に撃ち抜いていただいて、この島に不時着したわけだ」
 アルセニーの先導により、コックピット周りの探索は既に行っていた。
 無線で救助を要請しようとグレッグが提案したのである。『オレには電気の知識があるらしい』
「オレの名前はグレッグ。残念ながらミディアの無線機は使えそうにない。どうやらオレには電気の知識があるらしい。他はまだ思い出せないが。」
 グレッグの背格好は既に少年から大人にかわろうとしていた。年にすると14、5歳であろうか。ただ1人野球帽をかぶって目元を隠している様は、まるでグレッグの孤独なココロをあらわしているかのようである。
「わたしはアルマ。さっきはゴメンなさいね。」
 アルマはコックピット探索において、気絶をしていた。グフのマシンガンの直撃をうけたコックピットは惨憺たる有様であった。パイロットは即死であったのであろう。機長の上半身は既に吹っとんでいた。グレッグが無線が使えるか調べていた拍子に、窓ガラスが崩れ落ち、衝撃で操縦席がアルマの方に倒れこんできた。アルマが見たものは、頭にガラス破片が突き刺さって絶命した副機長の姿であった。
 ひとしきりの悲鳴を上げたあと、アルマは気をうしなった。
 年は16歳頃の普通の少女。この中では最年長かもしれないが、気弱なアルマをモーゼス、もう一人の少年は心配そうに見つめいてた。
「そう、血は赤いものなの。それを私は知っていてよ。」
 アルマとは対照的に、冷たい、澄んだ声の少女。見た目の年齢は8歳かそこらであろうが、しっかりとした口調で話をつづける。
 彼女の名前はセシリア。ともすると人形のような顔立ち。華奢な体つき。だが、その冷たい表情には見るものに畏怖の念を抱かせる。セシリアには持って生まれた気品を感じさせるのである。セシリアは100メートル先のコインでも撃ちぬける腕前だと言っていたが、先ほどの試射では、5メートル先の缶詰も命中しなかった……本人はひどくご立腹であった。
「モーゼスだったな……」
「まずはジムを操縦できるかどうか、試してもらえないだろうか?」
 食事の後に、そう切り出したアルセニーに4人は疑問の目を向けた。
「いや、ここにくるまでの話でね。これらの機体は君達の為に用意されたって話を聞いたような。いや、君達にも操縦できるようになっているだったかな?この島もあまり安全ではないみたいだし。ジムが使えるのであれば、作業もはかどるだろうしね。」
「安全ではない?ジオンの追手には降伏すれば良いでしょう」
「そうではなくてね、モーゼス君。すこしだけ外を歩き回ったのだが、ここには猛毒をもったヘビや野生の獣がいるみたいだ。どうやら人がはいっている形跡がない。無人島……なのだと思う。ジムのコックピット内ならばどこよりも安全だ。違うかな?」
「あんたが操縦すればいいじゃないか」
「そう難しいことをいうなよ、グレッグ。僕はパン屋だよ(苦笑)まぁ試してみるだけで構わない。シミュレータがあるらしいんだ。整備のBOXの中からシミュレータの取り扱い説明書だけは見つけてあるんだ。これだけでも苦労たんだよ?」

 ジムのコックピットに乗り込み、アルセニーの指示でジムを起動させる。
 起動画面にパイロットの名前がそれぞれ表示されていたが、彼らの記憶の片隅にその名前はなかった。
 4人とも不思議なことに、いや、必然のように『MSの操縦方法』を知っていた。始めは起動させるスイッチのレイアウト、計器の読み方に戸惑っていたものの、アルセニーの指示により徐々に操作を進めていく4人。
 シミュレータが起動したのは、作業開始から30分後であった。

「ようやく、シミュレータは起動できたようだね。左のモニターに他の3人とリンクされていることは確認できるかな?」
「ん……アルセニーへ。確認した」
「よし、シミュレータ開始!」

 AIからの指示がはいる。「設定を通知いたします。目標、ジオンに奪取されたジムの破壊。ザク1機及びマゼランアタック2機の奇襲を受けた連邦基地から1機のジムが奪取されたました。最重要機密であるジムの奪還もしくは破壊を任務とします。なお、襲撃したザクはジムの護衛についており、任務の障害となります。クリアタイムは800秒。健闘を祈ります。」

 開始から数分がたった。
 シミュレータでは1分を1ターンとして、その時点、時点でのパイロット適性の評価を出している。
「動きは悪くないのだが、結果がついてきていないな……」
 アルセニーはどこから取り出したのか、タバコを咥えながら、シミュレータ評価をじっと見つめていた。4人の戦場での位置どり、行動自体に大きなミスはみあたらない。高台を先に確保し、自分の優位な距離で射撃戦を行う。
 ……ただ相手に命中しないだけである。
 腕だけではなく、戦場には”運”というものが確実に存在するのである。
 そして”運”は常に流れているものでもある。
「終わったか」
 まだノーダメージであったが、ようやくアルマの一撃が直撃した。
 続くグレッグの攻撃も、セシリアの攻撃も、モーゼスの攻撃も命中である。あっという間にミッションは終了を迎えていた。
 少し憮然としながらもジムから降りてくる4人。
 彼らを迎えながら、既に遅くなってしまった晩飯のことをアルセニーは考え始めていた。

 セシリアは嬉しそうにポッキーの箱に手を伸ばしていた。
 ここはミディアのMS格納庫。
 既に遅くなった晩飯の用意が間に合わず、ロッカーに入っていたものを引きずり出していた。
 まるで前世紀に繁盛したというコンビニで用意したような内容であった。
 レンジで温めるだけのハンバーグ弁当、とろろそば、サンドイッチなど……。
「まるで遠足みたいだね」
 セシリアは、すこしはしゃいだような声をあげて、次のスナック菓子を探し始めていた。
「…………かっぱえびせん、大人の味?」

第2章へと続く

文責:CHI

 

 

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