◇トイレプリズン◇
(2002/12/22〜24)
※当時の「風の記憶」に修正加筆を加えてあります※

トイレプリズン。(その1) 2002/12/22

公立の学校が冬休みに入ったとき。
もういくつ寝るとクリスマスとなったとき。
部室にゴリラの絵が貼られたとき。
友人えすあいがパソコンで「ボブサップ」を変換したら「ボブ撒布」となったとき。
(↑俺も同じように変換されたぞ。>えすあい)
俺は、ひとりで、かつてない経験をしていた。
たぶん、普通は経験しないことを、俺は経験した。


自分の部屋のトイレに、閉じこめられたのだ。


誰に閉じこめられたわけでもない、
ありふれた日常の中、いろいろ重なった偶然のいたずらが、俺をトイレに閉じこめた。


ことの顛末はこうだ。


12月20日午後11時。
俺の部屋は、まるで掃除中のような状態になっていた。
こたつ布団に紅茶をこぼしてしまって、こたつを解体してふとんを干していた。
板は居間の外、台所への廊下に立てかけていた。

こたつがないと、さすがに寒い。
エアコンの暖房をつけるのはあまり好きではないので、お風呂をわかし、入ることにした。
お風呂から上がり、体を拭いたあと、おしっこを少し我慢していた俺は、トイレに入った。


このとき、これから何時間もトイレから出られなくなろうとは、
万に一つも、思わなかった...。


トイレでおしっこをしているその時。
ドアの外で、「ばんっ!!」という大きな音がした。
何の音かまったく分からなかったが、気にも止めずにおしっこを最後までした。

水を流してトイレを出ようとしたその瞬間。異変に気づいた。

トイレのドアが、開かない。

なにかがつっかえているようだ。

なんだ? なにがつっかえてる??

わずかに開いているドアの隙間から、のぞいてみる。

こたつの板だ!!


それから1分。


事の重大さに、ようやく気づいた。

背筋が凍った。
俺の部屋のトイレのドアは、トイレの外に向かって開く、開き戸である。
トイレのドアの向かい側の壁に立てかけてあったこたつの板は、トイレのドアのすぐ前に、倒れている。
そしてそのこたつの板の厚みは、トイレのドアの下の部分に干渉している。
ようするに、こたつの板とトイレのドアは、重なることはないのだ。
トイレのドアと向かい側の壁が構成する幅は、75cm。
こたつの板の幅は、70cm。(←↑あとで実寸で測った)
つまり、これがどういうことかというと。

トイレのドアは、5cm分しか、開かない。

人ひとりどころか、猫1匹通り抜けることすら不可能だ。

後日再現して撮影した画像で説明しよう。
これがトイレの中。(↓)

普通のトイレです、たたみ1畳弱ぐらいの広さ。

そして次の画像が、トイレの前を撮影したもの(↓)。
正面は居間のドア、そのすぐ右側のドアが、先ほどのトイレ。

ここで、トイレのドアの正面に置いてある、白い板に注目。
これが、倒れたこたつの板。
事件発生当時、こういう感じで向かい側の壁に立てかけていた。

そして、こたつの板が倒れたところ(↓)。

通路を見事なまでに塞ぎ、画像右のトイレのドアの開閉を干渉する!!

ドア部分に接近して撮影した画像(↓)。
大きさの目安としてコショウのビンを立ててみた。

ご覧のとおり、ドアの隙間はほんのわずか。
俺は、こういう状況で、ドアの中(トイレ)に、自ら閉じこめられてしまったわけだ。


こたつの板を移動させない限り、トイレのドアをこれ以上開くことは不可能だ。
わずかに開いたドアの隙間から指を出し、こたつの板の移動を試みる。
しかし、ドアの隙間は、小指がようやく入るくらいしかないほどに、狭い。
5cm分開いているといっても、ドアの厚みがそのほとんどを占めていて、
実際のドアの隙間は、2cmないくらいだ。
しかもそのドアの厚みのおかげで、小指の指先はかろうじてこたつの板をさわる程度だ。
両手の小指で何度も挑戦してみるが、こたつの板は、ぴくりとも動かない。
移動させられるほどの力をこたつの板に加えることは、とてもできない。


............。

もう、10分は楽に過ぎただろうか...。

指が、疲れ果てた。今にもつりそうだ。

ふと、思った。

俺は、自分の部屋のトイレで、何をしてるんだ?

俺は、自分の部屋のトイレに、自分で自分を閉じこめたのか...??


な・・・なんてバカ・・・。


自分自身に呆れながら、つりかけた両小指の回復を待つ。

自分ちのトイレに自分を自分で閉じこめてしまうやつなんて、世界のどこにもいないだろうな...。

もしかしたら、前人未踏ってやつ??

俺は、人類で初めての、自分ちのトイレに閉じこめられた第一号??

このまま出られなくて、しばらくたってから死体で発見されたら、歴史に名が残るかも...??

新聞の見出しは「前代未聞!自分の家のトイレに閉じこめられた男」ってかんじかな。




そんなの、イヤだ〜〜!!!



さて、いったいこのあと、俺はどうなってしまったのか??
もちろん、最終的に出て来れたから、今こうやって文章を書くことができてるんだけどね...。
続きは、また明日...。


トイレプリズン。(その2) 2002/12/23

さて。
今の状態から指でこたつの板を動かすことは無理と悟った俺は、トイレの中を見回した。

トイレの中にあるのは...。
トイレットペーパー8ロール、便器掃除用のブラシ、スプレー式の便器掃除用洗剤、
ティッシュペーパー5箱、手を拭くためのタオル1枚。
あと、スリッパ1足に便座カバー。

考える。とにかく考える。これらのものを使ってうまく脱出する手だてはないものか!!

最初に思いついたのが、便器掃除用ブラシの柄をドアの隙間から出して、こたつの板を移動させる方法。
しかし。柄の部分が太すぎてドアの隙間を通らない!!

次に、スプレー式の便器掃除用洗剤をドアの隙間からこたつの板に吹きつけて、滑りやすくさせる方法。
滑りやすくなったら、かろうじてさわれる程度の小指でも、こたつの板を動かせるかもしれない。
期待を込めてスプレーする。
しかし。

そうそううまく、密着しているこたつの板と床の間に洗剤が入るわけがない。
洗剤がかかったのは、こたつの板の厚みの部分。つまり、ぎりぎり届く小指で触る部分だ。


こんなところを滑りやすくしても、指が滑るだけだろ!!


脱出どころか、致命的に墓穴を掘る結果になってしまった。


さらに考える。
...しかし。他に有効と思われる方法が思いつかない。
それにしても。

寒い。
俺はお風呂あがりで、ちょっとおしっこをしにトイレに入ったわけで、
パンツ1枚なのだ。
時刻は、たぶん夜の0時を回っているだろう。室温はかなり低くなっている。
トイレの中を見回して、体にまとえるものを探す。
手を拭くためのタオル1枚...でもないよりマシだ、広げて肩に掛ける。
あとは...トイレットペーパー8ロール分をすべて出して、体中に巻きつける。
...ふう。なんとかこれで凌げるか。
それにしても、まるでミイラみたいだ。

携帯の「戦場のメリークリスマス」が、部屋から響く。メールが来た。でも見れない。
くっ、連絡がつけば、助けも呼べるのに。

助けか...。
自分の部屋のトイレに閉じこめられて助けを求めるなんて、なんてかっこわるい!!
でもこのまま出られなくて死ぬよりましか!?
でもこの密閉されたトイレの空間の中、助けを呼ぶ手段となれば、
壁をドンドン叩いて、隣の住人に知らせることくらいだ。
まったく面識はないが、そんなこと構っていられない。

...壁を叩こうとして、ちょっと気づいた。
俺が今から叩こうとしている壁は、隣の部屋ではどの部分に当たるのか?
俺の部屋では、廊下を挟んだトイレの向かい側の壁のむこうは、収納になっている。
ということは、壁を叩いたところで、隣の部屋の収納の壁を外から叩くことになるわけか...

しかも隣の住人には、隣の部屋から毎朝5時55分に大音量で鳴り響くステレオに対して、
俺が去年に管理会社に苦情を申し立てたという経緯がある。
俺が壁をガンガン叩いたところで、「あん?今度は何だ??」という具合になることが予想され、
マトモに取り合ってくれるとは思えない。

これではこちらの意図が伝わるわけはない!! だめじゃん!!


もうちょっと考えてみると。
もし仮に助けに来てもらえたところで、玄関とベランダの窓はカギがかかっている。
そう、外から誰かが入ってくる方法は、玄関かベランダの窓を破らない限り、存在しないのだ!

管理会社に連絡を取ってもらうように頼もうとも思った。
管理会社なら、マスターキーを持っているだろう、ドアから入ってくることができる!
しかし今は、真夜中...。連絡がつくはずはない。
さらに、明日は土曜日...管理会社はたしか、土日祝日は休みなはずだった。
月曜日は祝日だから...助けを求めたところで、助けてもらえるのは、早くて4日後だ。
これでは...助けてもらう前に、俺の体力が尽きてしまうかもしれない。

窓を破って入ってきてもらうように頼もうかとも思ったが、
この時期に窓が破れたら、この部屋は極寒の世界になってしまう。
脱出後のことを考えると、とてもそんなお願いはできなかった。
玄関のカギを壊してもらっても、あとあと非常に困る。
どちらにしても、高い修理費がかかる。
それなら、部屋の中が多少くさくなっても、トイレのドアを破るほうがいいと思えた。


助けてもらった時のことを、ちょっと想像してしまった。

4日後、衰弱しきった俺は、救急隊員の手によってトイレから救出される。
前代未聞の事件に、アパートにはマスコミも集中している。
こたつの板がどかされ、担架に載せられ運び出される俺。
しかし...俺は。




パンツ一枚にトイレットペーパーぐるぐる巻き。






うああ、絶対イヤだ〜〜〜!!!





将来大物になる俺が、こんなところで醜態をさらけ出すわけにはいかない!!





絶対、自力でここから出てやる!!





絶対出てやるぞ〜〜〜!!!




万策尽きた俺は、トイレのドアを破ることを決意。

トイレのドアは、絵を飾る額のようになっていて、
枠の部分をのぞく大部分が、薄い板1枚でデザインされていた。
中でもその真ん中の部分は、外部圧力にもっとも弱いと思えた。
「この部分なら、破れるかも!!」
何の道具もない俺は、トイレのドアの真ん中めがけて、ペガサス流星拳!!
さらに、狭いトイレの中で、腰のひねりによる遠心力を加えたひじ撃ち!!
さらにさらに、手首による打撃、ひざ蹴り、肩タックル、頭突きを繰り出す!!

「うおおおおおお!!!!」

「はっ! てやっ! ふんっ! ていっ! ふにゃっ!」

「どんっ!! ぼこんっ!! ばんっ!! とんっ!!」

「昇竜拳!! 波動拳!! ヨガファイヤー!! ソニックブーム!!」

深夜のアパートに、叫び声とものすごい音が響き渡る!!
(一部誇張表現あり)



............。

しかし、ドアは破れない。
なんて強固なんだ最近の建築技術は...。こんなドア1枚破れないとは....。
たしかに寒さと空腹とトレーニング不足で俺が衰弱しているとはいえ...。
金属ハンマーやバールなどの、硬くて衝撃面積が狭い打撃武器(本来は武器ではないが)なら、
衝撃部分に直に衝撃が伝わってドアが破れるはずなのだが、
衝撃面積が広く軟弱な俺の拳打ごときの衝撃では、叩いたところから衝撃が四方八方に分散していってしまい、
ドアを破るところまではとても及ばない。
ちょうつがいを壊そうと、わずかにドアが開いた状態での打撃も試みたが、まったくの徒労に終わった。

どれくらいの時間、ドアを叩き続けただろう...。
疲れ果てた俺は、飢えと寒さと疲れの中、ほこりや髪の毛が散乱する不衛生なトイレの床の上で、
そのまま眠りに落ちた...。
ちょっと休憩して、体力が回復したら、また試してみよう。そう思った。


さらに明日へ続く!! STAY TUNED!!



トイレプリズン。(その3・最終回特大版) 2002/12/25

え〜、全国のトイレファンの皆様こんばんは!
今日も素敵なトイレフレーバーを、冷たい北風に乗せてお届けします!

クリスマスですね〜。
で、昨日はクリスマスイブですね〜。
当たり前ですね〜。
イブの夜に更新がなかったのは、予定が入っていたからということにしておいてください。(←怪?)

さてさて、今日でなんとかこの、疾風怒濤の今年最高のネタを、締めくくりたいと思います。
あんまりひっぱりすぎても、だらだらなってしまうし、
「名作といわれるものはパート3がいちばん盛り上がってパート3で完結」という勝手な思いこみがあるので、
ここいらでいっちょ、びしっといこうかと思っています。
とにかく、数人から反響があって、うれしいやら悲しいやら恥ずかしいやら、なかなか赤面ものですが、
どうか最後まで、おつきあいくださいまし?

というわけで、トイレプリズンその3・完結編です。


寒さで目が覚めた。
今は、何時だろう?

1畳にも満たない、窓のないこの狭いトイレの中では、時間の感覚がまったくつかめない。
今が、いったい何日何曜日の何時何分なのか、確かめる方法はない。
隙間から見える外の世界が、心なしか明るく感じる。
それでも部屋の窓にはカーテンが閉まっており、この廊下部分までは光は差しこまない
かすかに聞こえるすずめの鳴き声やクルマの音に、朝が来ていることを知った(もしかしたら昼かもしれないが)。
結局俺は、トイレの中で一晩を過ごした。

目覚めのおしっこ。
閉じこめられたのがよりによってトイレで、その居心地は最悪だけど、

トイレの機能は、きちんと果たしてくれる。

この時ばかりは、閉じこめられたのがトイレで助かった、と少しだけ思えた。

だって、ねぇ? これがもしクローゼットの中とか物置の中とかだったら、

おしっこやうんこ。我慢するの、想像するだけで大変だと思いませんか??

せっかくトイレに閉じこめられたんだし、思いっきりトイレを楽しまないと!!

もしかしたら、これが俺の人生最後の楽しみになるかもしれないんだし!!



...ほんとにそう思った。


さて、昨日(のはず)に引き続いて、ドアの分解を試みる。
この寒さと空腹と疲れで、ドアを打ち破ろうという力は、もうほとんど残っていなかった。

そこで、ちょっと視点を変えてみた。

ドアに干渉しているのは、いちばん下の部分のみ。
ドアの上の部分を手で押したら、木製の(もしかしたら違うかもしれないけど)トイレのドアは、
ちょっとだけ、しなるのだ。
だから、力を加える箇所をドアの上の部分に集中すれば、ドア自体の破壊は無理でも、
しなりによって、ちょうつがいを壊せるかもしれない。

便器の上に乗って、力を込めてドアの上の部分を手で押してみる。

わずかに、「みしっ☆」という音がする!!



いけるかもしれない!!


かすかな希望が見えた俺は、今持てる全パワーを、ドアの上の部分にそそぎ込むことを決意。

これでダメだったら、いよいよ絶望だ。



............。

............。

............。

ドアは、壊れない。

体力も、精神力も、集中力も、限界まできている。
元気なときなら...壊せるかもしれないけど。
眩暈がする...。
寒気がする...。
全身しびれかけている...。

水を飲む。
便器に水を流したときにタンクの上から出てくる、お手洗い用の水だ。
飲める水なのかどうかは知らないけど、それは今の俺にとって大した問題ではなかった。

そとから、かすかにサイレンが聞こえる。
昼の12時か...。いや、冷えてきた室温を考えると、夕方の5時の可能性のほうが高い。

冷蔵庫の音が、静かに低く、響く。

壁越しには、水槽の水の音。

換気扇の通気口をつたう空気の音。

静寂。

携帯の呼び出し音が鳴る。戦場のメリークリスマスが鳴る。宇多田ヒカルが鳴る。

そして家の電話も鳴る。


刻一刻と絶望感が俺を支配しはじめ、ついに気持ちが切れてきて、パニック状態になってきている自分が、そこにいた。

閉所恐怖症なわけではないけど、この狭い空間に何時間もいることに、
かなり耐えられないところまで精神状態が追いつめられていた。


そのとき、俺は。



本格的に、死を覚悟しはじめた。

ああ、ここまでかな...。
いろいろと、やり残したことがあったな...。
ここ何ヶ月か、死を身近に感じていたのは、このことの前触れか何かだったのかな...。

いったいどこの何から、俺はこういう状態になっているんだろう...。
最後こうなることは、生まれてくる前から決まっていたのかな...。
もしそうだとしたら...今までをもっと楽しんでおくんだった...。

俺が死んだら、みんなどう思うかな...。
突然の死の衝撃で、哀しんで、思い出になって、過去の人になっていくのかな。
でもそれを、俺が実感することは、ないんだろうな...。

俺の死は、ちゃんとみんなに伝わるのかな...。
もう9年近くも独り暮らしをしている俺の友達や恋人や仲間なんてうちの親はまったく知らないわけで、
連絡などしようもないだろうな...。

まぁ、そんなこと、心配しなくても、
死んでしまえば、俺が憂うこともないさね...。

............。

............。

...気が遠くなっていって眠ってしまったらしい。
まだ生きてるみたい。
寒い...でも、それにも増して...。

腹へったな...。

餓死って、こういう感覚なのかな...。
手の先や足の先など、体の末端から、だんだんと麻痺してきている。
体中の関節や筋肉が、きしむように痛い。
食べなくても大丈夫、というラインを、少し越えたかもしれない。
ひどい風邪に似たこの症状は、明らかに身体恒常性異常を示すバイタルサインだ。
トイレの水を流して、お手洗い用の水を飲む。
この水のおかげで、脱水にだけは、ならずにすんでいた。
つけっぱなしのコンタクトレンズ(ソフト)も、乾いてしまうのを防ぐことができた。

おしっこをして、再びトイレの床に寝転がる。
トイレットペーパーに加え、普通のティッシュペーパーも使って作った巣に、寝転がる。

寝転がったまま目を開けて、ドアの外の様子をうかがう。
ああ...。俺の人生、あっけなかったな...。

と、そのとき。
ほっぺたを床につけるようにして倒れ込んでいた俺に、
トイレのドアの下の部分の隙間から差し込む、照明の明かりが目に入った。


あ...。


助かるかもしれない...?



薄れ行く意識の中で、トイレットペーパーの芯を破って1枚の紙にして、ドアの下から差し入れる。
廊下の床とトイレの床の間には、ステンレス製のわずかな段差があって非常に邪魔だったが、
それでもなんとか、5cmドアを開けた状態から、差し入れる。

狙いは、密着している床とこたつの板の間に、破いて1枚紙になったトイレットペーパーの芯を差し込むこと。
ちょっとでも浮かせることができれば、そこから徐々にこたつの板を持ち上げることができるのではないか?

あの重いこたつの板を持ち上げる。
横にスライドさせて移動させることしか頭になかった俺には、見事に方向転換した発想のように、思えた。

丸まっているトイレットペーパーの芯は、床とトイレのドアとの微妙な隙間をうまく通り抜け、
何度目かの挑戦で、見事にこたつの板と床の間に紙を挟まらせることに成功した!
トイレットペーパーの芯の筒。縦方向(立てた状態)での強度は、予想をはるかに上回るほどのものだったのだ。
こたつの板の厚みの部分が、角取りをしたように丸くなったデザインであったことも、
うまく挟まった要因のひとつだった。




よーーーしっっっ!!!


かすかな希望の光が見えて、気持ちだけは回復して少し元気が出た俺は、
トイレットペーパーの芯を、こたつの板と床の間に、次々と滑り込ませることに成功した。
少しずつ、ほんとに少しずつ、こたつの板は、密着状態だった床から離れ始めた。
何回目かあとからは、トイレットペーパーの芯を、一枚紙の状態にせずとも、
ただ押しつぶした状態のままで滑り込ませるくらいまでに、こたつの板と床との隙間は広がった。

トイレットペーパーの芯をすべて使い果たしたあとは、ティッシュペーパーの箱を利用した。
紙と床の間にさらに紙を通すのは非常に困難で、うまくやらないと、先に通した紙に干渉してうまく入らない。
しかも床上1cm半ほどの隙間を通すのだから、顔を床にくっつけても、なかなか目で確認することはできない。
しかし何度かやっているうちに、少しずつコツを覚え、少しずつペースも上がっていった。
こんなことを必死に繰り返しながらやがて、指の先が入るか?というくらいまで浮かすことができた!

トイレのドアの開き方が、ほんのわずか、大きくなったような気がした。
感覚的なものかもしれない、長さにして1mmほどだろうか。
相変わらず小指しか入らないが、ドアの横の隙間から指を入れてみたときに、
ほんの少し、圧迫感が和らいだような気がしたのだ。



もう、これに賭けるしかない!!



俺の全身全霊、このプロジェクトに賭ける!!



これでダメなら、もうあとは、朽ち果てるのみ!!



紙が、尽きた。
でもあきらめない!!


絶対生きてここから出てやる!!


便座カバーをはずし、中のプラスティック製の細い棒を取り出す。
そして横の隙間から、便座カバーの布を棒で押し出し、強引にこたつの板と床の間に詰める。
寒さから俺を守っていたお手拭き用のタオルも、同様に詰める。
さらに、防寒具の要であった、唯一の衣服であるトランクスも。
自分の身よりも、すべてを脱出のために。短期決戦に、賭けていた!!

次に、便器掃除用のブラシ。以前、柄が太すぎて隙間に入らなかった、あれだ。
ドアの上の部分を手で押し、しなりによってさらに開いた上部の隙間に、柄を差し込み、
そのまま強引に下の方まで移動させる。
ドアの角が激しく干渉するが、強引にいちばん下まで移動させ、
ドアの隙間から出た柄の部分を、こたつの板と床の間に差し込んだ。

このブラシ、便器洗い用なだけに、ブラシの部分が反っている。
これを、てこのように利用して、こたつの板と床の間に、一気にかなりの隙間を開かせることができた!
もう、手のひらが入りそうなくらいまで開いている!
これはでかいぞ!!

そしてついに。こたつの板がさらに持ち上がったからか、はたまたブラシの強引な干渉のせいか、
ドアの横の隙間から、ついに左の人差し指を出すことができた!!
人差し指の第1関節が、こたつの板のへりをつかんだ!
そのまま上へ持っていけば、こたつの板は、どんどん立ち上がっていくはず!!

...と思っていたけど。


もはや指に力が入らず、腕部から人差し指にかかる筋肉が、激しく硬直した。

でもここで指を抜いたら、ここまでの努力がフイになってしまう!

激しい痛みの中、なんとか持ちこたえながら、上に持ち上げていく!!

しかし限界...左の人差し指から、こたつの板が落ちた。

せっかくここまでこたつの板を浮かばしたのに、持ち上げる手段はないの!?

...ん。
このブラシ。これだけで、持ち上がらないかな...。

プラスティック製のおもちゃみたいな、見るからに頼りないブラシ。
途中で折れるかもしれない。
でも、俺の腕がいかれるより、ましかな...。

右手でブラシの部分を握り(汚いがそれどころではない)、ゆっくりと上へ持ち上げる。
うぐぐ...なかなか持ち上がらない。
実は右手も、トイレットペーパーの芯を差し込む作業で、かなり疲れ切って、ぴくぴくしていた。

俺は、悩んだ。

このまま持久戦に持ち込むか?
それとも一瞬のパワーにすべてを賭け、一気に持ち上げてみるか??

でも、ブラシと今の俺の体にとってどちらがいいか、熟考している時間はなかった。

よし、一気にいくぞ!

ちょっと遠のきかけてる意識の中、息を整えて...。


「ふぬおおおおおおおお............!!!!!」


一気にいったつもりだったが、このときの俺は、こたつの板をようやく持ち上げることができるくらいの力しか出せず、
意図せず持久戦へと突入してしまった。

持ち上げていくほどに、こたつの板は立っていくので、
ドアとの間に隙間ができて板を落とさないよう、ドアに体を押しあて圧力をかけておく。

右手の筋肉が、きしむ。

でも、俺の命がかかっている!!

こんな、トイレなんかで、死んでたまるか〜〜〜〜!!!!


腰の高さくらいまで持ち上がった!!
ドアの隙間もかなり広がっている!!
俺はすかさず、左足を隙間から出した!!
久しぶりに踏みしめる、トイレの外の世界!!
ここまできたら、もうこっちのもの!!
一度死んだ左腕でこたつの板を一気に持ち上げる!!
一気に開くトイレのドア!!
左半身から、ドアの外へ体を移動させる!!
頭も出た!!

...そして。



無事生還っ!!!!



やっと出られた!! 生きて出られた!!
そのまま居間へ戻り、携帯電話を見ると...。

12月22日、16時47分。

たしか、閉じこめられたのが20日の23時過ぎだったから...。


40時間以上、トイレでもがいていたことになる。

とにかく出られてよかった...

ほっとしたのも束の間、頭の中がぐるぐる回るほどに体が消耗しているので、
急いでその足でコンビニへ食料を調達しに、ふらふらと部屋を出ていった、疾風怒濤でした。

............はぁ、こんなところでしょうか。ずいぶんと書きましたが。
ほんとにいろいろなこと、考えました。
あきらめかけても、ひょんな思いつきで助かったりするなんて、
まったくもって、人生の縮図を垣間見た感じです。

史上最長となったこの日記。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
その後のことや後日談は、また後日、語ります。
今思うと、あんな苦労しなくても、出てこれる方法が...。


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