◇体育学会で関東へ〜再会とよみがえる思い出◇
(2002/10/11〜17・2003/10/30)

関東へ。 2002/10/11

ようやく発表ポスターを完成させ、大阪へ出て、新大阪16時発のこだまで、関東へ向かう。
新横浜着、20時48分。物好きにもこだまでチンタラと行ったのだ。
ここからいつもなら地下鉄か横浜線に乗るのだが、今日は直行のバスで行くことにした。
バイクを担いでいたから、できる限り乗り換えを少なくしたかったのだ。
溝の口、到着。今日はここで1泊。
明日からいよいよ学会だ、気合いを入れていく。

♪B'z/"熱き鼓動の果て"
!「ひかり」と「のぞみ」はどんどん速くなっていても、「こだま」は着実に遅くなっていると思えた
*学会・輪行・いつものパターン?

------
15年前の記憶。 2002/10/12

さいたま市に到着。
さいたま市」まったく実感がない。やはり俺にとってここは浦和で、俺の育った土地だ。
そういえば、来年に政令指定都市になるらしい。でも俺の中では、浦和は変わらない。

学会の会場は、埼玉大学。
旧浦和市内ではあるが、このあたりは昔でもほとんど来たことがなかった。
南与野駅から、歩いて埼玉大学をめざす。
わずかながらの記憶をたどり、到着してみると、見覚えがあった。
何かのきっかけで、しまわれていた記憶が一気によみがえる...
もしかしたら、忘れてしまったことよりも、そういった記憶のほうが多いかもと、思った。

俺の発表は、明日。
今日はそこそこで切り上げ、旧浦和市・別所の宿へ向かう。
宿といっても、友達の家だ。
昔俺が家族で住んでいたマンション。となりに親友が住んでいた。
同じ中学校で同じ歳、同じ野球部。
ベランダづたいにお互いの部屋へ渡り、昼夜を問わずよく遊んでいた。
家族ぐるみのつき合いで、仲がよかった。
そのマンションは実質半年で俺の家族が鹿児島へ引っ越してしまったのだが、その半年は実に中身が濃かった。
あれから15年過ぎた今でも、俺は浦和に行くとかならずその友達の家を訪ねる。
浦和での自分の家、とでもいえる。思わず「ただいま」といって帰ってきたくなる。
間取りなど昔の俺の家と左右逆でまったく同じなのも、そう思わせる原因だ。

学会からの帰り道、いろんなところに立ち寄った。
別所沼公園、さらに昔の俺が住んでいたマンション。
遊歩道、そろばん塾、火の見はしご。
別所小学校、白幡中学校、国道17号線。
懐かしさが胸をこみ上げる。
実感したのが、道幅と距離の違和感。
道幅は意外なほどに狭く、道のりは予想外に短い。
子どもの足で慣れたこの町は、今とても小さく感じられる。
それでも家並みは、このあたりの厳しい建築基準のおかげで当時から基本的に変わることはなく、
鹿児島や鹿屋と同様に俺を落ち着かせ、癒していく。

懐かしがってぶらぶらと見て回っていると...。
警察から職務質問を受けた。
どうやら不審人物と思われ、近所から通報が行ったらしい。
身分証明書を見せろとか、ここで何しているのかとか、聞かれる。
学生証を見せて、学会で浦和に来ていることを説明したが、
警察や地域の住民には、くたびれた変質セールスマンに映ったらしい。
その後、小学校や中学校はどこだったのかとか、昔のこのあたりのこととか、お巡りさんとちょっと雑談。

俺「15年前まで、俺ここに住んでいたんですよ、小中学校の頃」
お「学校はどこだったんですか」
俺「別小に白中です。前の俺の住まいはここの206号室で...」
お「そうですか、このあたりも全然変わらないでしょう」
俺「そうですね、でも道幅とか子どもの頃に比べて随分狭く感じますよ」
お「今日の宿はどちらなんですか」
俺「別所ハイツの友達のところですよ、中学の時の同級生の」
お「あまり暗くならないうちに戻ったほうがいいですよ、この辺りも今では物騒ですから」
俺「そうですか、わかりました」

無事に解放された。やれやれ。
...というか、今思えば、雑談というよりも、すべてが職務質問だったのかもな。

その日の夜は、明け方まで語り、なつかしい思い出に浸った。
学会に来たというよりも、俺にとっては里帰り的な感覚だ。
どちらかというと、メインはそっちのほうだ。
でも明日は、発表を頑張る。妥協なしで!!

♪GLAY/"ひとひらの自由"
!埼玉大学から別所まで歩いて帰る。まだ土地勘が残っていたことを実感
*秋ヶ瀬・電波塔・別所沼

------
自分の将来を考える。 2002/10/13

発表、無事終了。他の人の発表も含めて、かなり勉強になる。
今後の指針となっていく...大きな刺激を受けた。学会の醍醐味だ。
発表の感想を聞くと、予想外のいろんな意見がある。
それはすべて、俺の糧となり、俺の経験となる。
自分の研究を簡潔に説明することの難しさを、今回実感した。

19:00より、池袋で院生仲間と飲む。
集まった7人、みんな同じ世代で、みんな同じ博士後期課程の院生で、みんな共通した社会的立場に置かれている。
やはりみんな将来のことに大きな不安を感じている...そしてみんな今を生きることに必死だ。
これからも道を見失わず頑張ろうと互いに誓い、終電で浦和へと戻る。
学会は明日まで。少しでも多くのことを吸収し、この先を生きていきたい。

♪GLAY/"Winter,again"
!武蔵浦和駅の変貌ぶりに仰天
*飲み過ぎ・寝不足・頭痛い

------
また別の思い出。 2002/10/14

学会は無事終了。武蔵浦和駅で中学校の同級生に会い、話をしながら昼食をとる。
彼とは5年ぶりだ。俺が学部4年のころ、筑波大学の大学院を受けるために浦和に寄ったときに会って以来だった。
相変わらずの彼に、なんとなく安心感。彼は俺を見て、痩せたんじゃないかという。
5年前に比べたら、ほとんど変化ないと思うんだけど...。
体が伸び盛りの5年前と、崩れてきた体の今とでは、同じ体格でも雰囲気に差が出ているかもしれない。
歳をとったことと、時代が流れたことを、深く実感。
彼は教育者で、かなり研究熱心でもある。
研究者である俺は、現場に携わる彼からいろんなことを聞き、俺もいろんなことを話した。
そうしたやりとりができる数少ない友達として、これからも永くつき合っていくことだろう。

その後、西葛西へ向かう。
ここには、昨日まで泊まっていた友達本人がいる。
つまり、浦和には、Y本人はもうすでにおらず、彼の両親と妹、妹の彼氏がいるわけだ。
今回彼は、俺が浦和に来ても仕事で浦和に帰ってくることができなかったので、
俺の西葛西近辺の用事のついでもあり、俺が会いに行くこととなったのだ。
Yとは2年ぶりだったが、やはり懐かしい。
少し老けてきていたが、それは俺も同じだった。
ここでもいろんな思い出話をして、過去を懐かしんだ。
その思い出ももう15年も昔のこと。その頃はもう絶対に戻ってこないことを思うと、ちょっと悲しくなった。

18:00、行徳へ向かう。
ここには、高校時代の同級生のがいる。
今でも連絡を取り合っている数少ない高校の同級生のひとりで、浪人中の片思いの相手。
二度告白して二度とも振られたが、その後も友達としてつき合いが続いている。
それでも個人的に会いに行ったりすることに、俺の周囲で理解してくれる人は少ない。
別に何の下心もない、大切な友達、それだけなのに。
駅前のパスタ屋で食事を済まし、彼女の部屋へ。
部屋には彼氏が来ていたが、別段気にしなくていいからとWは言っていた。
でもやはり気を遣ってしまう...と思いきや、かなり友好的な人で、快く迎えてくれた。
高校のアルバムや昔話で、飲みながら大いに盛り上がる。
高校時代の女の友達は、いまや連絡を取っているのは彼女ひとりだ。ほんと貴重な存在。
そしてお互いのことも良く知っているし、俺にとってなくしたくない友達のひとりだ。
思い出に浸ったまま、眠る。

♪GLAY/"とまどい"
!昔は昔、今は今。
*戻れない過去・変化した現在・予想もできない未来

------
思い出と夢、重なった瞬間...。  2002/10/15

この日、新幹線で宇都宮へ。
10月1日の「風の記憶」で話した、初恋の人に会いに行く。
2年ぶり。ものすごく久しぶりというほどでもないが、20年もの長いつきあいのある人。
そしてその2年の間に、俺は大阪へ移り、彼女は結婚した。なかなか緊張ものだ。
駅で待ち合わせをして、...彼女はそのまま、俺のイメージどおり、相変わらずで、少し安心。
いろいろ話をしながら、思い出の土地へ...。

戸祭...懐かしい。
20年前に住んでいた家は、ほぼそのまま残っており、
小学校は形を変えながらも、わずかに当時の面影を残していた。
すべてが俺を、遠い過去の思い出へと導く...。
でも今は現在...そして横には初恋の人。鳥肌が立つほど嬉しく、涙が出てきた。
20年の歳月をかけた夢は、静かに現実の中で形になってきていた。

そのまま日光へドライブに行く。
日光は、ほんとにどれくらいぶりだろう...それこそ宇都宮から引っ越して以来な気がする。
杉並木、いろは坂、華厳の瀧、中禅寺湖、鬼怒川、男体山、戦場ヶ原、湯元...。
紅葉しかかった山々がほんとにきれい...。
車窓から、そして明智平から景色を二人で眺める...。
こんなシチュエーション、何度夢に見てきたことか...。今、まさしく、夢が叶っている途中。
渋滞に巻き込まれたけど、このままずっと車が進まなければいいのにと、思った。

どれほどたくさんのことを話しただろう...。
お互いにだいぶん老けてしまったけど、彼女はやはり俺にとって、昔と変わらず、別格で大切な人だ。
彼女にとっても俺は、...同じくらい思ってもらっていることを、はっきりと感じている。
それは勘違いでも誤解でも、嘘でも出来心でもなく。
この人と結ばれたかった...。旦那さんが、すごくうらやましく思えた...。でも。
俺はこの人は何があっても絶対に失いたくない、ずっとこの縁を絶やしたくない。
誰よりもこの人を想い続け、誰よりもこの人から想われ続け、互いの心の奥底で支えとなってきた存在。
これまでも、これからも、ずっと。
俺は...この人を、失いたくない。
遠く離れていても、今を、今までを、そしてこれからを、忘れたくない。
この人は今、ここにいる...。
俺は今。今までのこと、今のこと、今からのこと。すべてをこの人に伝えた。そう思う。
その返事は温かく俺を包み込み、俺の道標となり...。
過去から未来への思い出の光に包まれた俺は、出発の駅へ、ゆっくりとつま先を向けた。
またきっと、戻ってくる...そのときまで、どうか元気で...。

この人と、結婚したかった...。
長年描いてきたその夢は、もう叶うことはないけれど、今、形を変えて、夢は現実になった。
また絶対会おう、その時は俺も、愛する人を紹介できるかもよ...。

♪ZONE/"SECRET BASE"
!一期一会。今のこの時を、大切にしたい。
*20年・夢・実現

------
余韻。 2002/10/16

大阪に戻ってきた。
でも何だか今日は、仕事が手に着きそうにない。
ちょっと一度に、思い出を吹き返しすぎて、疲れちゃったかな。
楽しかった...いろいろあったな。
そのぶん今、かなり寂しい感じがする。日溜まりで風に吹かれながら、いろいろ思い出している。
また行きたいなぁ...っと、学会で行ったはずなのにね。
...なんてぼーっとベッドに横になって余韻に浸っているうちに、いつの間にか眠ってしまい...
起きたら、もう夜10時。なんだか幸せに眠れた気がした。そんな感覚で熟睡、久しぶりだった。
ホームページだけ更新して、また寝よう...

♪GLAY/"またここであいましょう"
!ひたすら思い出の余韻に浸る
*おにぎり・サンドイッチ・駄菓子

------
弁解。 2002/10/17

先日の風の記憶。
改めて読み直すと、かなりの誤解を招きそうな表現が多々あったと思われるので、
ちょっと今日、補足というか、はっきりと書いておこうと思う。

まずひとつ。俺には、彼女がいます。
彼女のこと、詳しくはここには書けませんが、将来的に結婚まで考えています。
現在、恋人としてつき合っているのは、彼女ひとりです。 (←当然)
遠距離恋愛です。

ふたつめ。宇都宮でいったい何があったのか、表現が抽象的すぎて、どうとでも解釈でき、
大いに議論を呼びそう、というか俺の人格を疑われそうなので、ちょっと補足。
やましいことは、なにもございません。
これがドラマなんかだったら、向こうの旦那さんが出てきて俺が呼び出されてボコボコにされ、
何も知らない俺の彼女はしばらくあとにその衝撃の事実を受けて失意に沈み荒れていき、
憎しみを込めたナイフで俺の胸を一突き...

というような展開ですが、残念ながらそこまで発展することはございません。
大いなる期待をされた皆様、裏切ってしまってごめんなさい。
初恋の人は、俺にとって、もはや過去進行形の人です。(←意味不明?かな?)

みっつめ。ずいぶんと過去の思い出にこだわっていてまだ未練タラタラ、というようなとらえ方もできますが、
初恋の人、行徳の人、そして今の彼女は、俺にとって立場や接し方、存在意義など、まったくの別の場所にいます。
わかりにくい表現かもしれませんが、俺の中でそれぞれ別のところで、とても大切な存在なのです。
二股三股かけているわけではありません。

いろいろ賛否両論別れるところだと思います。
しかし俺は、過去は清算すればよいものだとは思っていません。
過去の思い出にすがりついてばかりというのも考えものですが、
過去があるから現在があり、未来があると思っています。
過去の思い出は、大切にしていくべきだと思うし、否定して捨てたりするべきではないと思います。
何かの縁で出会えた一人ひとりを、俺は大切にしたいです。
そして過去の思い出たちは、時として俺を救ってくれ、元気づけてくれ、癒してくれます。
「今」に迷ったり、落ち込んだり、傷ついたりしたときに戻る場所でもあります。
やがて「今」は「過去」になり、次第に積み重なっていって、
...その量が人の豊かさのひとつと呼べるのではないでしょうか。

♪Every Little Thing/"fragile"
☆懸垂20回
!将来・誓い・決心


------
以下、その後の話
------


30歳、一児の母。 2003/10/30

前にも書いたことのある、宇都宮にいる俺の初恋の人が、今日、誕生日でした。
ちょこっと、電話で話す。

今年の7月に男の子を産んで、もうすぐ4ヶ月になるんだって。
ついにお母さんになったことと、三十路の誕生日。ダブルでおめでとう。

名前は「大樹」と書いて「たいき」と読むそうな。
俺の名前の「大」が入ってる。。。って別になんの関係もないわけで。

大樹の面倒が大変で忙しいらしいけど、電話の向こうから聞こえてくる声はすごくうれしそうで、
・・・俺は子どもを授かったときの感覚なんて分からないけど、
やがて訪れる将来の自分を、ちょっと思ってみたり。

俺ももう、あと2ヶ月で30歳だぁ。。。
この初恋の人に初めて出会ったのは小学校3年のとき。
この頃は、30歳の自分なんて、想像もできなかっただろうな。
30歳って、お兄さんお姉さんでなくて、完全におじさんおばさんで、
もしかしたらその当時の親と同じくらいの年齢なんだよね。

少なくとも、「若い」なんて思ってなかった。

自分では若いと思ってないけど、老けたとも思っていない。
ただまぁ、なんというか、昔と比べて、体の回復はずいぶんと遅くなったし、
なにかにつけて見切りをつけてしまうし、遊びなんかに対しても積極性がずいぶんと消え失せた気がする。

「歳だから」と思ってるからじゃなくて、
明らかに、体が、脳が、疲れることを避けよう避けようという方向へ向かっているわけで。

もっと、もっと、気持ちだけはアクティブに、動いていこうと、心がけたいな。
俺が30歳を迎えたとき、外見でなくて、中身を「若い」と言われたいな。

♪melody/"Simple As That"
!喉を痛めた!?やばいやばい...。
☆なし。


→風の軌跡・表紙へ