海音寺潮五郎 私設情報局

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時には後輩を厳しく指導します

海音寺潮五郎と池波正太郎の小説観

人間には相性というものがあり、不思議なほど気の合う相手がいれば、逆にどうにもそりの合わない相手というのもいるもので、けっして長くない私の人生でもそういう両面の出会いが多々ありましたし、みなさんも同様だと思います。そして、海音寺潮五郎さんが見いだし、優秀な弟子(言葉の厳密な定義はおくとして)として成長した司馬遼太郎さんは、海音寺さんにとって相性の良い相手だったに違いありませんし、その一方で、海音寺さんとは全くそりの合わなかった人も少なくなかっただろうと想像します。そんな典型例が、池波正太郎氏です。

海音寺潮五郎さんは直木賞の選考委員を長く務めており、その間に司馬遼太郎さんも、池波正太郎氏もこの賞を受賞しています。海音寺潮五郎さんが司馬遼太郎さんの才能を高く評価したことは別途このサイトに掲載している通りですが、逆に池波正太郎氏の才能を全く評価しない点で海音寺潮五郎さんの態度は徹底しており、第3者ながらも、その酷評ぶりは池波正太郎氏に対してつい同情を寄せてしまうほどです。 むやみに海音寺潮五郎さんと池波正太郎氏の対立の構図を煽るつもりはありませんが、作家同士の考え方の違いを示す具体的な事例として興味深いですので、ここで紹介してみましょう。

海音寺潮五郎さんが直木賞の選考委員として活動を始めたのは昭和33年の第39回直木賞からで、池波氏は第40回に候補者(候補作品は「応仁の乱」)として、海音寺さんの前に現れます。それに対して海音寺さんは、



「応仁の乱」は計画がちがっていよう。これほど多岐にわたっていることをこの短紙幅で書こうというのは無理だ。大長篇にするか、いくつかの短篇小説にして総合して全貌がわかるようにするか、すべきであろう。古典「平家物語」などその構成法である。これほど綿密に調べたのだから、新しく工夫して書きなおすことをすすめたい。
(海音寺潮五郎記念館誌 第22号より)

という選評を書いています。作家の先輩として後輩を教え諭すような雰囲気があり、これはまず平穏な内容と言っていいでしょう。

池波氏は続く第41回も候補者(候補作は「秘図」)になるのですが、これに対する海音寺さんの反応は冷たいもので、



「秘図」池波正太郎。話をつくる腕は達者なものだが、くどすぎる。浅草あたりの小芝居的なところがある。筆力でおしまくる堂々性がほしい。
(海音寺潮五郎記念館誌 第22号より)

と短く感想を述べるだけで、その文章からは後輩指導の暖かみが消え去っているように私には感じられます。

池波正太郎 ついに直木賞受賞

そして、第43回で池波氏はついに直木賞を受賞(受賞作品「錯乱」)するに至るのですが、これに対する海音寺潮五郎さんの批判は徹底しています。少し長いですが全文を引用すると、



作者も読者もウソ話と知りながら楽しむ小説がある。ウソを感じさせてはならない小説がある。その点、この小説は中途半端である。作者はリアルに書こうと努力しているが、この話ではどう力んでもどうにもならないと、僕は見た。つまり、僕は全然買わなかった。ひとりこの作者のものの中だけでなく、一般の標準に照らしても、出来のよいものとは思われなかった。
「こんな作品が候補作となったのすら、僕には意外だ」
とまで極言した。
前回に候補作品となった「応仁の乱」でもその感があったのだが、この作家には小説というものがまだよくわかっていないらしいと思った。やたらに話の変化をもとめているところに、文章力の弱さ、気迫の不足があると見た。
最初の候補作「恩田木工」が一番よいと、いう人が多かったが、その「恩田木工」をぼくは読んでいない。
「真田信之に焦点をしぼって、まっしぐらにそれを書けばよかったのだ」
と言う人がいた。
「この人の小説観が問題だ。話を書く小説にだけ興味をもって、そういう小説には興味がないのではないか」と、ぼくが言うと
「賞を受けたら、その自信も出てくるだろう。こんどもらえなければ、もうもらう機会はなくなる」
と小島さんが言った。
この人にやりたいという人が多かったので、ぼくは棄権することにした。
今のところ、ぼくはこの人の小説家としての才能を買っていない。ぼくを見返すようなしごとをして下さい。
(海音寺潮五郎記念館誌 第23号より)

となっています。歯に衣着せぬ物言いは海音寺さんの持ち味ではありますが、ここまでくると、言われた相手の方も深刻な恨みを抱くかもしれませんね。

世間一般には、池波正太郎氏は一流作家として認められ、多くの作品が出版され、数多くの読者を楽しませた(これは現在進行形だと思いますが)のは歴とした事実ですが、それが海音寺潮五郎さんのいう
 「小説というものがわかった」
からで、結果として海音寺さんを見返す仕事ができたからなのかについては、判断材料がないので今の私では結論を出せません。
ともかくも、小説観の合わない海音寺潮五郎さんと池波正太郎氏ですが、現在出版されている作品の数だけで比較すれば、池波正太郎氏の方が多いだろうことを思うと、何度か言及している「活動時期の違い」はあるにせよ、海音寺潮五郎ファンとしては皮肉な感じがします。



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