海音寺潮五郎 私設情報局

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占領軍の言論統制と戦う

幻の作品『風霜』

海音寺潮五郎さんの生前には出版されず、一般の目に留まることのなかった作品『風霜』が、海音寺潮五郎さんの十三回忌を機会に復刻されています。これは"海音寺潮五郎記念館刊行"として一部関係者のみに配布された非売品で、通常では入手不可能、目にすることさえ難しい作品です。

『風霜』は海音寺潮五郎さんにとっては特別な位置づけにある作品です。戦争に負け、連合軍の占領下にあったかつての日本では、GHQ主導の言論統制が行われていましたが、その統制に掛かり、最終的に出版を見送られたのがこの『風霜』なのです。海音寺潮五郎さんは占領軍が行うこの言論統制に嫌気がさし、「封建道徳の賛美だ、云々」と文句を付けられることがないようにと、作品の舞台となる時代を一気に遡らせ、いわゆる「王朝物」と呼ばれる作品を多数執筆するようになるのですが、不本意にもそれをあと押したのが、この『風霜』出版中止事件でした。

海音寺潮五郎『風霜』

復刻された海音寺潮五郎さんの『風霜』

海音寺潮五郎さんは言論統制の恐ろしさを以下のように記しています。



統制のおそろしさは、ひとたび統制がはじまると、無限に強化され、無限にワクが広げられて行くところにある。統制の局にあたるのは言うまでもなく役人だが、役人ほど保身欲と権勢欲の強いものはない。保身のために、彼らは常に大事をとる。上司に叱られたり、他から突っこまれたりしないように用心するのだ。
(中略)
これをしばらくつづけると、その範囲内でとどめることが不安になって来るので、さらにひろげ、さらにきびしくすることになる。かくて、無限に拡大がつづき、厳しさが加わり、国民の権利はせばめられ、言論は萎縮退嬰して行くのだ。
(『史談 切り捨て御免』「世相直言 小説家廃業の気構え」より)

海音寺潮五郎さんのこの種の主張は"言論統制"に対してに限ったものではなく、「役人気質」ともいうべき杓子定規な権力を持つ者が行う全てのことに対して向けられており、例えば別の場所では、
「法律の拡大解釈が招く弊害を考えると、新たな法律を作る際には慎重の上にも慎重に検討すべきである」
といった主張にもなって現れたりしています。

王朝物に傾倒するきっかけに

海音寺潮五郎さんの作品で占領軍の言論統制の餌食となったのは、この『風霜』とそれに先だって執筆された『つばくろ日記』でした。この経緯について、海音寺潮五郎さん自身の記述を見てみると、



占領中、ぼくの短篇小説が一篇、占領軍の検閲に触れて、発表を許されなかったことがある。封建道徳をあつかってあるという理由だ。雑誌の編集者は、
「封建時代に題材をもとめて書いたものであるから、その時代の道徳が出て来るのは当然のことである。しかし、この作品はそれを賛美擁護しているのではない。人間の魂の触れ合いの美しさを書いているのだ」
と抗議したところ、係官は、
「その通りである。しかし、読者はそう取らないかもしれない。問題になったら、許した自分の責任になる」
と言って、ついに許さなかったのだという。
二百五十頁ほどの長篇小説が送りかえされて来た。これは現代のものであった。センサーのあることは知っているので、大いに注意して触れるようなことは書かなかったつもりであったが、何と二十五カ所も指摘があった。しらべてみると、よほど日本語の読解力の弱い二世かなんぞが検閲したらしく、愚にもつかないところばかりだ。
(『史談 切り捨て御免』「世相直言 小説家廃業の気構え」より)
海音寺潮五郎『風霜』

『風霜』の中身。占領軍の検閲で指摘された箇所に赤線が引いてある。

とあります。海音寺潮五郎さんの憤懣やる方ない気持ちがにじみ出るような文章です。

『風霜』はこうして世に出る機会を逃したわけですが、海音寺さんの作品はただでさえ出版されなくなったものが多い中、この『風霜』を読むことはあるまいと思っていましたが、私は海音寺潮五郎記念館の関係者のご厚意により、思いがけずその機会に恵まれました。
この作品は戦争中から戦後後の大混乱期の日本を舞台に、その混乱に翻弄されるある家族の姿を中心にして、当時の日本の一般の人々が置かれた状況がいかに困難なものであったかを描き出しています。そこから見える海音寺潮五郎さんの思いは、その時々の権力者(戦時中の日本政府や占領軍)の無責任な施政ぶりに対する怒りや、その権力者に迎合する軽薄な人々に対する嘆きであったりするように感じました。



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