海音寺潮五郎 私設情報局

〜 塵壺(ちりつぼ) 〜

海音寺潮五郎の作品や逸話などを紹介するサイトです。 【RSS1.0】

トップページ > 海音寺潮五郎の逸話

今後、新聞・マスコミからの依頼は一切受けない!

表舞台からの引退

海音寺潮五郎さんは昭和44年4月1日に
 「今後、新聞・マスコミからの依頼は一切受けない」
との引退宣言を新聞上で発表して世間を驚愕させます。
あたかもこの年、NHK大河ドラマで海音寺潮五郎さんの作品を原作とした「天と地と」の放送が開始されて好評を博し、それにともなって原作『天と地と』が幅広く読者を獲得している最中のことでした。

表面的には、この引退宣言が、
 テレビの力を借りなければ本が読まれない現状に憤慨
しての行動だと受け取られたようですが、実際には海音寺潮五郎さん自身、この以前から引退については深く考るところがあったそうで、親しい友人にはその心境を漏らしていたとのことです。

海音寺潮五郎さんはこの引退宣言の当時、68歳。表舞台からは身を引いて、残りの人生をかけて、以下の仕事を行うつもりだったと述べています。



・史伝『西郷隆盛』の完成
・人物列伝(『武将列伝』や『悪人列伝』はその一部)の一層の充実
・5部作『日本』の完成(『二本の銀杏』がその第一部)

そしてこれらの仕事を完成させた後、なお時間の余裕があれば、



・買い置いてある二十四史と資治通鑑の読破

して暮らしたいとのことでした。

失われた幸田露伴の知識を惜しむ

そもそも海音寺潮五郎さんが「引退宣言」という思い切った行動に出た陰には、史伝作家の先輩として敬意を表していた幸田露伴氏のことが頭にあったからです。
これについては海音寺潮五郎さん自身が、幸田露伴氏の亡くなる少し前のことを以下のように書き記しています。

ベストセラー

ここに記載された情報によれば、『天と地と』はNHK大河ドラマ放送の効果もあって、この年のNo.1ベストセラーとなっています。
海音寺潮五郎さんの作品がNo.1となったのは、この『天と地と』のみの模様ですが、残念ながらミリオンセラーとまではいかなかったようです。

海音寺潮五郎さんが幸田露伴氏と親しくしている友人に対して、
「露伴先生も高齢だ。もしものことがあれば、あの学識が先生と共に滅びてしまう。できるだけその知識を書き物にして残しておいて欲しい。そうすれば、後世の人はそこから出発できるのでだから。」
といったそうですが、その友人は、
「露伴先生はあの歳になっても知識欲が益々旺盛で。知識を吐き出すよりも吸収することに一生懸命なんだ。」
と答えたそうです。そしてほどなく、幸田露伴氏は世を去りました。

海音寺潮五郎さんによれば、
 幸田露伴氏の著作は多く残っているが、それでも露伴自身の包蔵していた学識のごく一部に過ぎないであろう。そして露伴が亡くなった今、その死と共に失われた膨大な学識が惜しい
と述べているのです。

後世に残る著述を

海音寺潮五郎さんにとっては、この幸田露伴氏の事例が常に頭にあり、そしてついにわが身のこととして深刻に考えなければならない年齢に達したとご自身の状況を受け止めたと思われます。同じく海音寺さんが書き残しているところによると、



 ところが、そのぼくがそのころの幸田先生の年に近くなったのです。ぼくはもちろん先生の足もとにもよりつけない浅学なものではありますが、それでも多少の知識の蓄積はあります。歴史上の事件や人物についての前人にはない解釈もいくらかもっています。計画した小説もあります。すっかり吐き出して、さばさばした気持ちで、生のおわりを迎えたいという量見になったわけです。
(『天と地と』「筆後敬白」より)

と心境を述べています。

引退後は主に大長編史伝『西郷隆盛』の完成に向けて注力したそうですが、残念ながら西郷隆盛の全生涯を書ききる前に、海音寺潮五郎さんは那須の別荘で突然倒れ、約2週間後にこの世を去りました。76歳でした。書斎には執筆中の『西郷隆盛』の原稿があったといいます。
最も精力を注いだ『西郷隆盛』が未完となり、また人物列伝の充実にもほとんど手がつかなったようです。5部作『日本』も3部までで途絶し、おそらくは二十四史をゆっくりと読む余裕もなかっただろうと思われます。

わざわざ引退宣言までして完成を目指した活動のほとんどが中途のまま終わらざるを得なかったのです。私は海音寺潮五郎さんの志の高さを尊敬しています。単なる歴史作家の範疇には留まらない偉大な人物だったと思います。
しかし、その高い志が著作として十分に表現しきれなかったこと、それゆえの海音寺潮五郎さんの無念さを思うと、残念で残念でなりません。

しかし、海音寺潮五郎さんが復興した史伝文学は現代の作家にも受け継がれ、日々、新たな作品が生まれています。歴史小説を手がける作家も拡大の様子で、海音寺潮五郎さんが掲げていた
 日本人に日本歴史の常識をもってもらいたい
 それによって日本に正当な歴史文学が育つ土壌を醸成したい
という願いも成就したと見てよいのかもしれません。そう思うと少し救われた気がします。



サイト内の関連ページ

【逸話】上杉謙信を書きたい!

【逸話】西郷隆盛への深い思い

【逸話】史伝文学復興への苦難

海音寺潮五郎とは  海音寺潮五郎作品一覧  海音寺文学の紹介  海音寺潮五郎の逸話 
このサイトについて  サイトマップ  リンク集

Copyright © 2007-2013 モモタ All rights reserved.