海音寺潮五郎 私設情報局

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上杉謙信を書きたい!

武田信玄よりも魅力的な上杉謙信

海音寺潮五郎さんの史伝文学を代表するのは、何といっても『武将列伝』です。「史伝文学復興への苦難」でも紹介しましたが、この『武将列伝』で記述されている人物は、悪源太義平以外は全て編集者が人選したもので、海音寺潮五郎さんの人選ではありません。

何回目かの執筆注文として、編集者から「武田信玄」が示されました。注文に沿って武田信玄の事績を調べ、連載を始めた海音寺潮五郎さんでしたが、



ぼくは史料を読み、熟視し、考察して、書いたが、その過程でいやでも上杉謙信に触れる。ぼくは当面書いている信玄より、こちらの方に引きつけられ、書きたい気持ちが湧然として動いた。
(『日本の名匠』「高士上杉謙信」より)

ということで、武田信玄よりも上杉謙信の持つ魅力に引きつけられたそうなのです。

海音寺潮五郎さんは、編集者に「上杉謙信」という注文を持ってきて欲しかったのか、『武将列伝』での「武田信玄」は、



信玄のは努力して大才になった人の戦ぶりであり、謙信のは生まれながらの天才の戦ぶりである。
(『武将列伝』「武田信玄」より)

という一文で最後を締めくくっており、上杉謙信のことを強調しているかのようです。
しかし、このメッセージに秘めた思いは編集者に届くことなく、『武将列伝』の中で上杉謙信を書く機会は、ついに訪れませんでした。

『天と地と』はこうして生まれた

それから数年が過ぎた頃、当時、『週間朝日』の編集長をしていた田中利一氏が、連載小説の仕事を海音寺潮五郎さんのもとに持ってきました。田中氏は期待する作品像として、



「主人公は誰でもよい。仮想の人物でもよい。従っていつの時代でもよい。人間の生長して行く過程を書いてもらいたいことだけが条件だ」
(『日本の名匠』「高士上杉謙信」より)

と述べたそうで、このとき海音寺潮五郎さんの脳裏には、とっさに上杉謙信のことが浮かんだのだそうです。

大河ドラマを救った「天と地と」

NHK大河ドラマは創設以後苦戦が続き「もし今年も駄目なら打ち切りになるかも」と噂されていた時期にまわってきたのが「天と地と」でした。しかも大河ドラマ初のカラー放送だったのですが、この「天と地と」が起死回生の大ヒットになったため、大河ドラマも命脈を保つことができたそうです。
(大河ドラマで主人公・上杉謙信役を務めた石坂浩二氏の回想録より)

その場での即答は避け、熟慮した後、やはり上杉謙信を主人公とすることを決意するに至った理由を、海音寺潮五郎さんは以下のように説明しています。



甲越両雄の争闘は日本歴史上の大偉観だ。川中島合戦といえば、今はどうか知らないが、ぼくらの少年時代までは知らない者はいないくらいで、古来幾多の文学になっている。しかし、そのほとんど全部が信玄側から書かれたもので、謙信側から書かれたものは、かなり濫読家であるぼくも読んだことがない。これも意欲をそそった。作家には多少なり冒険家や開拓者の根性がある。人の踏みひらいた道は行きたくない、人の開拓した野は耕したくないという気持ち。
「いずれは史伝で書くつもりでいた謙信だ。この際、小説で書くのもよかろう」
(『日本の名匠』「高士上杉謙信」より)

こうして執筆されることになったのが、こちらも海音寺文学の代表作である『天と地と』なのです。この作品が上杉謙信の幼少期を多く描いているのは、上述した
 「人間の生長して行く過程を書いてもらいたい」
という編集者からの注文が理由としてあったからなのです。

『天と地と』は人気を博し、NHK大河ドラマの原作として採用されました。ドラマの方も好評で、結果として原作の『天と地と』もその年(昭和44年)のベストセラーになって多くの読者を獲得するという好循環が生まれました。
これによって多くの日本人の心の中に、魅力ある上杉謙信像を植え付けるにいたったのです。

しかし、『天と地と』は作者の期待以上に、あまりにも売れすぎてしまったため、海音寺潮五郎さんは少し複雑な心境も述べています。



ぼくがひそかに憂えていることがあります。後世、「天と地と」の作家としてだけ伝わりはしないかということです。アハハ、アハハ。
(『海音寺潮五郎全集 第17巻』「あとがき」より)

まぁ、これは作家としては贅沢すぎる悩みだといっていいでしょうね。



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