海音寺潮五郎 私設情報局

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「海音寺潮五郎」という筆名の由来

夢想の筆名

「海音寺潮五郎」という名前は日本歴史文学史上に燦然と輝くビッグネームですが、これは本名ではありません。いわゆるペンネームです。この名前はまだ海音寺潮五郎になる前の末富東作さんが、昭和4年に「サンデー毎日」の懸賞小説に応募する際に案出したものです。
この名前を思いついた経緯については、海音寺潮五郎さんの『日、西山に傾く』という作品中に「夢想の筆名」をして収録された随筆に詳しく述べられています。

昭和4年当時、海音寺潮五郎さんは中学校の教師をしていました。郷里鹿児島を離れ、京都に赴任していたのですが、収入面の不足から生活に余裕がなかったため、賞金目当てに「サンデー毎日」の懸賞小説に応募することにしたのだそうです。
ところがこの当時、中学の教師が小説を書くという行為は好ましくないことであるとする雰囲気が世間一般であったため、本名秘匿のためにペンネームを考える必要がありました。このときのことを海音寺潮五郎さんは、



書き上げた原稿をツクエの上にのせ、さて何というペンネームにしよう、できるだけ突飛なのがよいな、などと考えて寝そべっているうち、うとうとと眠ってしまった。
 夢を見た。ぼくはその時まで紀州というところに行ったことがないのに、夢に出て来たのは紀州の海べということになっていた。松原の中ですずしい風に吹かれて寝そべって、うとうととまどろんでいる夢だ。夢のなかでまたまどろんでいるというわけだ。その耳もとで、何者であるかわからないが、大きな声で、  「海音寺潮五郎、海音寺潮五郎、・・・・・」
と、二声、三声呼ぶ声を聞いて、二重の夢が破れた。
 「ああ、これでいいや。これならわかるまい」
と、すぐ著名して、郵便局から送った。
(『日、西山に傾く』「夢想の筆名」より)

と述べています。「海音寺潮五郎」というのは、いかにも突飛な名前のようですが、この名前を急に思いついたことについて、
 「上田敏の訳詩集「海潮音」や近松門左衛門と才をきそった紀海音などのことが意識の深層部にあったのかもしれない」
と説明しています。

このとき執筆した作品『うたかた草紙』は見事当選し、目的であった賞金500円を手にすることが出来たそうです。ところが、応募の際に本名を秘匿して欲しいという旨を明示していなかったため、ペンネームと共に本名も公開されてしまい、ペンネーム案出の苦心は何の役にも立たなくなったという、オチがついています。

誉めた人、けなした人

とにもかくにも、『うたかた草紙』は晴れて海音寺潮五郎さんのデビュー作となったわけですが、この独特のペンネームには少なからず反響があったそうです。その思い出については、



このペンネームははじめ世間の評判がわるかった。「五郎だけ余計だ」という人があり、「漁師町のバクチ打ちの親分のようで、全然インテリゼンスがない」という人もあった。長谷川伸先生だけが、
 「いい名前だ。一ぺん聞いたら決して忘れられない」
とほめて下さったと聞いている。自分でもいやだったが、乗り出した船で、もう引っかえしがきかず、えんえん三十数年使って今日に至っている。慣れとはおそろしいもので、今日では本名を呼ばれるとへんな気がするほどとなっている。
(『日、西山に傾く』「夢想の筆名」より)

と述べています。

賞金の価値は?

『うたかた草紙』の当選で手にした賞金500円ですが、この金額は、7年後に海音寺潮五郎さんが直木賞を受賞した際の副賞金と同額です。
現在の価値になおすのは難しいですが、それなりのいい金額だったと思われます。

他には、海音寺潮五郎さんにとっては師匠ともいうべき三田村鳶魚氏に会ったときの思いで話として、



後年故三田村鳶魚氏にはじめて会った時、「あなたの筆名の出典は観音経ですね」といわれた。
 「へえ、観音経にあるのですか」
 「あります。偈のところに」
そこで帰るとすぐ出入りの書店に言いつけて、観音経をとりよせて調べてみると、あった。
 「梵音海潮音、勝彼世間音、(梵音海潮音はかの世間音にまさる)」
とある。これを出典とすると、おそろしくいばったペンネームになるが、そのような了見さらになし。本名をかくすために夢の中の声を利用しただけのこと。しかし、夢想のペンネームということにはなるかもしれない。
(『日、西山に傾く』「夢想の筆名」より)

と語っています。
三田村鳶魚氏のことを海音寺潮五郎さんは
 「私の江戸学の師匠である」
と別の作品中で説明していますが、まだ若かったとはいえ、海音寺潮五郎さんを遙かに凌ほどの博学だったことを伺わせる逸話ですね。



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