海音寺潮五郎 私設情報局

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著作権侵害なんて了見の狭いことは言いません

史伝文学復興に込めた願い

海音寺潮五郎さんは生涯に数多くの史伝を執筆しています。その代表作が『武将列伝』『悪人列伝』ですが、これらの史伝を執筆し始めた当初、世間の無理解のために苦しんだことは「海音寺潮五郎の逸話:史伝文学復興への苦難」でも紹介した通りです。
しかし、海音寺潮五郎さんは
 日本人に日本歴史の常識を持ってもらいたい、
 それによって日本に正統的な歴史小説の育つ土壌を培養したい
という願いを込めて、史伝の執筆を続けました。司馬遷の「史記」をはじめとして、幼い頃から歴史文学に親しんだ海音寺潮五郎さんは、歴史知識を身につけるには優れた文学作品に接することが最も効果的であることを身を以て経験していました。だからこそ、その効用を信じて、後世の日本人のために多くの史伝を執筆したのです。

史伝というのは小説ではありませんので、見方によっては未完成の作品とも受け取れてしまいます。事実、海音寺潮五郎さんの『武将列伝』を読んだある作家が、
「よく努力して資料が集められているが、勝負はこれからだ、これをどう文学化するかが問題だ」
などと評することもあったそうです。しかし、海音寺潮五郎さんは言います。



歴史文学ではここまでが最も肝心なことで、文学として根本的なものは全部そろっており、これをフィクション化することは、一人前の作家にとってはもう大して骨の折れる仕事でない
(『海音寺潮五郎全集第17巻』「あとがき」より)

つまり、自分はここまでしか書かないけれども、後進の作家でこれらの素材に興味を覚える人があれば、その人の手によって小説に仕立ててもらえばいいと、海音寺潮五郎さんは考えていたのです。

例えば、海音寺潮五郎さんに『赤穂義士』という作品があります。これは「忠臣蔵」として知られる赤穂浪士の義挙を扱った史伝ですが、そこに書かれている「あとがき」には、



これは大分世間の評判がよくて、いろいろな新聞や雑誌の書評でほめられました。それまで赤穂浪士の挙にたいしては否定的な見方をする人が多く、そういう書物が多く出ていたのですが、以後はほとんどなくなりました。知名な作家で、「使わせてもらいたい」とあいさつして来た人が二人ありました。
(『赤穂義士』「あとがき」より)

という逸話が紹介されています。海音寺潮五郎さんが書いた史伝が作家たちの興味を刺激し、かれらの手による新しい赤穂浪士の物語が世に出るきっかけになったわけです。

著作権侵害なんて言いませんよ

この『赤穂義士』にちなむ逸話は、史伝執筆に込めた海音寺潮五郎さんの願いが即座に叶った珍しい事例ですが、本来は歴史知識に乏しい一般の日本人に対して、歴史知識を習得させるところから着手するという息の長い計画が前提になっています。そのため、海音寺潮五郎さんも
 「無駄な努力をしているのかもしれない」
と意気消沈することもあったそうです。しかし、そんな海音寺潮五郎さんを支えたのは読者からの声でした。



しかし、その後、高校の先生達や生徒諸君から時々手紙をもらうようになりました。先生達の手紙は良書であるとほめたものであり、生徒諸君のはこれまでは歴史は最もきらいな学科だったが、この書によって最もおもしろいものであることを知ったというのが大部分でした。中には将来歴史学をやる決意をしたというのもありました。
わたしの意図はともかくも遂げられつつあるのだと信ずることが出来るようになりました。
(『海音寺潮五郎全集第17巻』「あとがき」より)

これは『武将列伝』に対して寄せられた読者の声ですが、これらの評判に支えられることによって、海音寺潮五郎さんの史伝執筆活動は営々として続けられることになったです。

以上述べてきた通り、海音寺潮五郎さんが執筆した数々の史伝は、後輩作家や後世の日本人達に活用してもらってこそ、海音寺潮五郎さん自身も本望なわけです。有名なところでは、司馬遼太郎さんの初期の代表作『国盗り物語』も、『武将列伝』中の「斉藤道三」など、海音寺潮五郎さんの史伝に触発されるところが大きかったと言われていますが、優れた歴史文学に仕立てられたことを最も喜んでいるのは、素材を提供した海音寺潮五郎さん自身なのです。

それを明言している事実もあります。それは海音寺潮五郎さんの『日本名城伝』に付けられた「あとがき」にあります。



私は昔から自分の書いたものを引用されたからとて、著作権侵害だなどとは申さぬことにしています。利用してよい作品を書いていただくなら、最もうれしいことに思います。ただ、葉書の一本くらいはいただきたいですね。無断でもかまいませんがね。
(『日本名城伝』「あとがき」より)

衰退していた史伝文学を復興させた、まさに歴史文学界の先覚者たる海音寺潮五郎さんならではの発言ですね。海音寺潮五郎さんのこうした姿勢は、業績として残された多くの史伝作品と共に、後世の作家達に大きな影響を与えていることでしょう。
私たちが今、優れた歴史文学に接することが出来るのは、海音寺潮五郎さんの功績に負うところが小さくないと思います。



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