海音寺潮五郎 私設情報局

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現代日本における史伝文学の復興と歴史文学の興隆のために尽くした、76年の生涯

海音寺潮五郎って、どんな人?

現代において、上杉謙信の魅力にいち早く気づき、『天と地と』で広く世間に知らしめた人です

郷里の英雄 西郷隆盛を愛し、その真の像を描くために30数年間も研究を続け、大長編史伝『西郷隆盛』としてまとめた人です

現代日本において、失われつつあった「史伝」というジャンルの文学を復興させた人です

直木賞を受賞し、同賞の選考委員を長く務めた人です

現代において、千利休が芸術界の英雄であることに初めて気づき、それを『天正女合戦』、『茶道太閤記』で表現した人です

NHKで放送された「日本史探訪」、「新日本史探訪」という番組に作家として最も多く出演した人です

司馬遼太郎という偉大な作家の才能を誰よりも早く見抜き、世に送り出した人です

年譜:専業作家になるまで

1901年 鹿児島県伊佐郡大口村に生まれる。

1907年 大口尋常高等小学校に入学。当時、教科書以外の本を読むのを禁じられていたため講談本などは屋根に上って読んだため近所で評判になった。

1913年 加治木中学(現在の加治木高校)に入学

1921年 伊勢神宮皇学館に入学

1922年 恋愛問題から退学し、一時帰郷。11月に山川かづと結婚。

1923年 上京し、国学院大学高等師範部に入学。

1925年 長女誕生。

1926年 国学院大学卒業、鹿児島県立指宿中学校に国漢教師として赴任。

1928年 京都府立第二中学校に転任。

1929年 次女誕生。「サンデー毎日」の懸賞小説に『うたかた草子』を応募し、当選。

1931年 長男誕生。「サンデー毎日」創刊十周年記念長編小説募集に向けて『風雲』を執筆し、応募。

1932年 『風雲』が当選。『サンデー毎日』に連載される。

1934年 「サンデー毎日」大衆文芸賞受賞。教師の職を離れ、専業作家となる。鎌倉に住まいする。

1935年 作家の貴司山治が中心となってはじめた実録文学研究会に同人として参加し、同人雑誌「実録文学」を創刊する。代々木上原に転居。

年譜:戦前の活動

直木賞の記念品と副賞

海音寺潮五郎さんが受賞した当時の副賞(賞金)は500円。授賞式の後、郷里に帰宅するため列車に乗り込んだ海音寺潮五郎さんは記念品のロンジン社製懐中時計とともに、賞金を列車に置き忘れてしまいました。
下車してから気づき、次の停車駅に問い合わせたところ、両方とも無事に戻ってきたとのこと。古きよき時代の話です。

1936年 『天正女合戦』と『武道伝来記』で第3回直木賞受賞。受賞の知らせを受けた海音寺潮五郎は、氏と同じく第1回から候補に挙がっていた浜口浩が受賞すべきだとして受賞辞退を申し出たが、「既に決まったことだから」という関係者の説得に折れ、受賞を承諾した。

1938年 「サンデー毎日」連載中の『柳沢騒動』が内務省警保局の内示で掲載打ち切りを命じられる。

1939年 次男誕生。氏を中心とする同人誌「文学建設」創刊。

1941年 陸軍報道班員として徴用され、約1年間マライへ行く。軍の方針に不満を感じ、戦意高揚を後押しする作業には従事せず、無為に徹することを決めて、それを実行する。

1942年 健康を害したために帰国。入院生活を送る。

1944年 郷里の鹿児島に疎開する。戦争を進める日本の行く末を案じ、憂国の念おさえがたく、参謀本部に直言する決意を固めるも、友人らの説得で直言をやめ、憂国の念をいだいたまま疎開したと言われる。

1945年 疎開先の故郷鹿児島で終戦を迎える。この頃、全く執筆活動をせず、漢籍を読みふける。

年譜:戦後の活動

1946年 三男誕生。

1947年 長編小説『風霜』を書き下ろすが、占領軍の検閲のために発表できず。この経験から王朝ものを多く執筆するようになる。

1950年 同人雑誌『GoRo(豪朗)』を創刊。

1953年 『蒙古来る』を「読売新聞」に連載。作者の意に反して、この作品が、日本の再軍備を正当化するものだとの不当な批判を受ける。

1959年 『武将列伝』を「オール読物」に連載開始

1968年 第16回菊池寛賞受賞

1969年 今後、新聞や雑誌などマスコミからの執筆依頼には応じないという引退声明を毎日新聞に発表。

1970年 直木賞選考委員を辞任。

1973年 文化功労者に選出される。歴史文学の発展と普及につくすとともに、史伝の復活に貢献したことが評価される。

1974年 妻かづ死去。

1977年 鹿児島県大口市名誉市民。芸術院賞を受賞。11月、脳出血で倒れ、約2週間後に心筋梗塞を併発して逝去。享年76。

掲載している年譜について

上記の年譜は、このサイトの管理人(モモタ)が整理して、Wikipediaに書き込んだ内容をもとに作成しています。一部、情報に誤りがあることが分かっていますが事情があってそのままになっています。
この事情が解消した際には修正する予定です。


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