海音寺潮五郎 私設情報局

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『孫子』:古代中国史を素材とする作品の草分け

偉大なる第一走者

海音寺潮五郎さんの歴史知識の豊富さを称して、
「和漢の書にあまねく精通」
という表現が用いられます。「和の書」に通じていることが数多い日本史を題材にした作品につながっているのはよく知られている通りですが、もう一つ「漢の書」に通じてることが、古代中国史を題材にした優れた作品につながっていることは、ひょっとするとあまり知られていないのではないかと思います。

乏しかった参考文献

海音寺潮五郎さんがこの『孫子』を執筆した当時、孫武の事績の参考になるのは「史記」と「呉越春秋」、「越絶書」の3つ。孫ピンに関しては、わずかに「史記」と「戦国策」しかなかったそうです。この乏しい参考文献から、この小説を生み出すのがいかに困難を伴ったか、想像に難くありません。

古代中国史を題材とする作家といえば、現在では宮城谷昌光氏が有名ですが、田中芳樹氏の評価によれば、日本において宮城谷昌光氏はこの分野の
 「偉大な第二走者」
であって、海音寺潮五郎さんこそが
 「偉大な第一走者」
だというのです。中国史を素材とする海音寺潮五郎さんの代表作のひとつが『孫子』ですが、この作品は読者の間での評判が良いことを反映して、2007年7月現在まで、実に61刷が出版されています。 私が知る限りにおいて、これは『西郷と大久保』の41刷を大きく引き離して、海音寺さんの作品中のNo.1です。

孫子と言えば兵法書として有名な「孫子」を指すことがあり、その「孫子」を著述したとされる孫武、孫ピン(漢字が出力されない)を指すこともあります。兵法書の方の「孫子」はクラウゼヴィッツの「戦争論」と並んで洋の東西を代表する存在ですが、海音寺潮五郎さんの『孫子』は、日本で経営学の参考書として「孫子」ブームが起こっているときに、出版社からのたっての願いに応じて書かれたものです。流行りものの嫌いな海音寺さんとしては、
 しぶしぶ引き受けた
というのが実状だったようですが、それがこの名作につながっているのですから、怪我の功名と言えるかもしれませんね。

「孫子」は単なる兵法書ではない

ところで、海音寺潮五郎さんは、この「孫子」を単なる兵法書とは見ていませんし、もちろん経営学の参考書とも見ていません。毎日新聞社版『孫子』に収録された海音寺さん自身の「あとがき」では、

孫武は架空の人物?

孫武の実在を疑う学説は古くからあったそうですが、この『孫子』を執筆していく中、海音寺潮五郎さんは「やはり孫武は実在の人物ではなかった」と思うようになったそうです。その理由として「兵書「孫子」に流れている思想をもち、史記列伝に叙してあるような閲歴を持つ人物は、どうにもこの小説の時代、この小説の社会にうまくとけ合わないのである」と述べています。



孫武も、孫ピンも、その晩年は名利の念を断って、隠栖していることにしたのは、それが達人の終局であるべきだからである。伍子胥のような最期、呉起のような最期、ホウ涓のような最期、商鞅のような最期を遂げるのでは、真の賢人とはいえず、真に兵法を学んだとはいえない。功業をなしとげたら、さっさと引退して、名利の外の人となって、天年をもって世をおわるのが、中国の賢人の理想とする処世法である。だからこそ、范レイは越を逃げ出して斉に行って庶民陶朱公となり、張良は赤松子に従って仙人になろうとしたのである。
兵法を処世に使うなら、この点にも使わなければ、最も肝心なところを忘れたことになる。兵法とは敵に勝つだけの術ではなく、究極はおのれに勝つ術であるということになるのでしょうな。経営学にのみ使おうとは正宗の名刀をもって犬を斬るに似ている。孫子は高士と成るべき方法を教えるものと覚悟すべきであろう。
(『孫子』「あとがき」より)

と述べています。「史記」をこよなく愛した海音寺潮五郎さんならではの達見だと思います。その高士になる道というのが、平々凡々、私欲の充満した至らぬ人々には難しいわけなのですね。読めば高士に近づけるかどうかはともかく、海音寺潮五郎さんの『孫子』お薦めです。



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