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『風雲』:作家 海音寺潮五郎の誕生

生活苦が生んだ大作家

まだ海音寺潮五郎さんが専業作家になる前、国漢(国語と漢文)の教師を職業としていた頃のころ。海音寺さんは既に結婚し、お子さんも抱えていた家庭は非常な生活苦の中にあったそうです。そして、少しでも生活費の足しになればと、副賞として贈呈される賞金目当てに「サンデー毎日」の懸賞小説に向けてある作品の執筆を開始します。それが『風雲』です。

締め切りを間違えていた!

懸賞金目当てに作品執筆を決めたものの、悠長に構えて何も手をつけていなかった海音寺さん。締め切りはこの年11月末と思っていたところ、9月末に再確認すると、何と締め切りは10月末!残り1ヶ月です!!
慌てて執筆に取りかかり、作品完成は締め切り当日のお昼頃だったそう。間に合ってよかったですね。

このように書いてしまうと、いかにも安易な動機で作品執筆に取り掛かったように感じるかもしれませんが、海音寺潮五郎さんの回想録によれば、同懸賞の過去の当選作品を読んで

 「この程度の小説なら自分にも書ける」

という確信があったそうで、その確信の通り、『風雲』はみごとに当選します。昭和6年のことです。

この懸賞小説への応募は、かつて一度は断念した「専業作家への道」を実現するだけの才覚が自分にあるのかどうか、それを試すつもりだったとも述べており、受賞によって自信をもったことは想像に難くありません。
そしてこの受賞から2年後、専業作家としての活動を本格的に開始することになります。のちの大作家・海音寺潮五郎の誕生です。

上杉謙信は二流の人物?

この『風雲』は江戸時代末の京都を舞台にした歴史小説で、幕末維新の主役たる西郷隆盛や徳川慶喜が登場するのはもちろんのこと、久坂玄瑞、桂小五郎、佐久間象山、河上彦斎、沖田総司、近藤勇、中村半次郎といったおなじみの人物たちが複雑に絡み合って展開していく物語になっています。

賞金ガッポリ!!

『風雲』の懸賞当選金は2500円だったそうです。「今の価値にすると100万円以上の価値があった」と海音寺潮五郎さんは昭和34年の回想録に書いています。昭和34年頃の100万円は今の価値にするといくらでしょうね?

『風雲』は海音寺潮五郎さん最初期の作品であるだけに、後の大作家・海音寺潮五郎といえども、当時は限られた歴史知識しか持っていなかったと思われる記述が出てきます。
それは作品中で西郷隆盛の人物像を説明する箇所なのですが、薩摩出身の海音寺さんらしく、西郷隆盛という人物を非常に高く評価しつつ、

 「西郷は過去の英雄とは全く異なるタイプである」

と述べています。では、いかに異なっているのか?それを海音寺潮五郎さんは日本史上の過去の英雄、豊臣秀吉、織田信長、源頼朝、徳川家康らと比較し、

 「これら一流の人物たちとは違うタイプだ」

と述べた後、



二流の人物を求めて、信玄や謙信や、元就と比較してみても、何等の類似点を見出し得ぬ。
(『風雲』より)

と、西郷隆盛の人物像を表現しているのです。

今となってはよく知られている通り、上杉謙信といえば、西郷隆盛と並んで最高最大級の賛辞をもって海音寺潮五郎さんが賞賛している人物ですが、この『風雲』を執筆した当時は、上杉謙信のことをそれほど高くは評価していなかった傍証になると思います。
ちなみに、海音寺潮五郎さんが上杉謙信の非常に高邁な人物であることを認識したのは、『武将列伝』連載のために武田信玄のことを調べ、結果としてライバルである上杉謙信を詳しく知ることになって以降のことです。
『武将列伝』の連載開始は昭和34年ですので、『風雲』からするとはるか後年のことになります。



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