海音寺潮五郎 私設情報局

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『王朝』:言論統制が海音寺文学の幅を広げた

言論の自由がなかった日本

"言論の自由"というのは、国民が有する当たり前の権利として非常に口やかましくクローズアップされています。これを逆手にとって
 新聞が守る!何とでも言う自由!!
なんて揶揄されるほど、言いたい放題何でもありの某新聞社のような悪例もあるわけですが、それでも言論統制があった時代よりはマシなのかもしれません。

海音寺潮五郎さんの活動期でみると、昭和前半期の日本に言論の自由はありませんでした。これは旧日本軍部が支配していた戦前・戦中期のみならず、敗戦によって米国を中心とする連合軍に占領されていた時期も含みます。
「海音寺潮五郎の逸話:占領軍の言論統制と戦う」でも紹介していますが、海音寺潮五郎さんには、この言論統制よって出版を阻まれた作品があります。それは昭和23年に執筆した小説『つばくろ日記』『風霜』です。

そのときの経緯を海音寺潮五郎さん自身が『王朝』の「あとがき」で以下のように書いています。



 戦後の占領時代、占領軍の検閲はずいぶん手きびしいものがあった。ぼくは戦中から戦後の日本を歴史小説としてあつかった書きおろしの長編現代小説が先ず検閲に引っかかった。ページ数にして250ページくらいのものに、二十五か所指摘された。全篇寸断である。軍歌をうたっている声が聞こえたと書いてあるだけで引っかかっている箇所もあった。書直すことも出来ず、捨てなければならなかった。
 次ぎには歴史時代に材料をもとめた短編小説が引っかかった。幼時に母親に死別した主人の息子を手塩にかけて育てた老僕とその息子との主従愛の物語であったが、封建的奴隷道徳の鼓吹であると判定されたのだ。
(中略)
 こんな次第だから、当時歴史時代に材料をもとめた小説で発表出来たのは、情痴か一揆を主題にしたものだけであった。
 言論の自由を立てまえにして、自由主義の本家づらしているアメリカ占領軍が、かつての日本軍部同様の言論抑圧をこととしているのが、ぼくは猛烈に腹が立った。
(『王朝』「あとがき」より)

上記引用文中で、「長編現代小説」と呼んでいるのが『風霜』で、「短編小説」が『つばくろ日記』です。『つばくろ日記』の方は後に「海音寺潮五郎全集」に収録されて日の目を見ましたが、『風霜』の方は結局、海音寺潮五郎さんの生前に出版されることはありませんでした。
海音寺潮五郎さんはこの後にも、
 「言論統制の苦しさは、実際に経験した者したわからない」
と述べており、このときの占領軍の仕打ちは余程にこたえたようです。

封建思想がなかった頃の日本

「今昔物語」のおかげです

王朝物を書くといっても、誰もが簡単に出来ることではありません。海音寺潮五郎さんは学生時代から読み親しんでいた「今昔物語」からヒントを獲て、作品の素材にして王朝物を書いたのだそうです。
後に、『平将門』を執筆する際にも今昔物語を精読していたことが、将門時代の雰囲気を執筆するのに役立ったとのことです。

海音寺潮五郎さんは薩摩出身の気骨ある人ですので、この占領軍のやり方には憤懣やるかたなかったらしく、その心情は上記の文章からもにじみ出てきています。ともかく、この仕打ちを受けた結果、海音寺潮五郎さんは自分の思い通りに執筆できない状況に失望し、
 「ものを書くのをやめよう」
と一旦は決心します。しかし、戦後の混乱が続く中、過去の資産の蓄えが乏しくなり、インフレによって日々の生活がままならなくなったため、占領軍が目の敵にする「封建主義」とは無縁な「王朝時代」と「古代中国史」に材料をもとめて、小説の執筆活動を再開することにしたのです。
そうして生み出された作品群が『王朝』としてまとめられて出版されています。この『王朝』は文字通り、日本で王朝期と呼ばれる平安時代を舞台にした時代小説集です。

西郷隆盛への深い思い入れからも分かるように、作品の素材として海音寺潮五郎さんが最も得意とする時代は江戸時代末、舞台は薩摩藩を中心とするものです。しかし、その得意の舞台を作品として用いることができない状況に追い込まれてしまったことが、この『王朝』や古代中国史を題材とした『中国英傑伝』『孫子』などを生み出す原動力になったわけですから、多彩な海音寺文学を読むことができる後世の私たちからすると、怪我の功名とも言えるかもしれません。



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