1.初めに
手作りアンプの会の課題アンプということで直熱管を使ったアンプを初めて製作した。球は以前に頂いたもので、いつかは作りたいと暖めていた送信管の830Bという球だ。プレート損失が60Wとシングルでも軽く10W以上の出力が取り出せるサイズで、プレート電圧も500V以下で何とかなりそうな球は私には丁度手ごろなレベルである。
2.設計
この球は耐圧が高いので高電圧ドライブも可能だが、そこまでする気は無いので通常の電圧(まあ500V以下だろう)でトランス類も合いそうなモノを選定。というかこれも丁度好都合に頂き物が揃っている。電源トランスは2組あるので容量としては余裕の完全モノ構成とする。
OPTはHOKUSEIという余り聞かないメーカだがこれも頂き物で、電源電圧が450V程度ならロードラインから考えて1次側2.5kΩは丁度良い。詳細のスペックは不明だがカットコアの大型トランスでこれも今回は余裕のOPTになっている。
ドライブは送信管特有のプラスドライブなので、チョッと厄介だ。球だとイントラ反転かロフチンなど特殊になるので今回もSATRI直結ドライブとする。出力にパワーFETを入れれば数十mAのドライブにはまったく問題ない。プレート特性から見てバイアスが25V程度で±50Vぐらいのドライブが必要なので、前段の電源は±60V程度かける必要が有る。これで理論上は20W弱、損失を加味して15Wぐらいはいけそうだと思う。
そこで本体の回路図はこうなった。
ドライブ以外は特に変ったところは無いがヒータ電源は慣れないせいかいろいろ苦労したが、この辺は製作編で詳しく説明する。バイアスはプレート電圧をなるべく上げたいし、ドライブ出力が直結の0V基準
なのでヒータ(カソード)をマイナスバイアスとして相対的にグリッドプラスにする。バイアスはLM337で電圧を可変調整とした。
3.構成
構造はモノ構成だが、何時ものように電源部分は別筐体にまとめた。後の応用が効き重量物を本体に載せない分本体側のシャーシの強度設計が楽になる。電源部はトランスと整流用コンデンサのみなので小さくまとめた。整流は高耐圧ダイオードを使用しているが、出川電源としたのでダイオードの数が多い。コンデンサも多量に入れられないので増設用コネクタを装備して本体は小型にまとめた。
本体側のシャーシ構成はオープントップで汎用のアルミシャーシを逆さにして下ケースとし、上面パネルを1.5mm厚の平アルミ板で構成、ほとんどの部品はこのアルミ板に付ける。組立調整が反転してできるように空冷も兼ねて球は30mmほど落とし込み、逆さにした時にあたらないようにする。裏返した時にはチョークトランスとOPTで受けるようにする。
よく見ると解るがプレートのリード線とソケット、取り付け板にはスリットが見える。これはプレート回路のシャーシによるワンターンループを切るためで、回路全体で信号系に差交するワンターンループを避けている。勿論スピーカ端子にもスリットが入っている。
シャーシと球の冷却用にシャーシ底には92角のファンを入れ、定格12Vのを静音用途に5Vで軽く回している。これでも充分効果があり、お陰で長時間使用でもシャーシや内部部品がまったく熱くならないのが良い。
4.製作
シャーシは構成の所で説明した様に無塗装のアルミなので簡単に表面を荒し、アルミ用のスプレーで塗装した。あまり外観には拘らないので、表面仕上げはまったく凝っていない。私にはこれで充分なので、ほとんど手抜きである。
製作の問題点は初めての直熱ヒータで10V2Aと電圧が高いので直流点火が必須。最初はトランスにチョークをかませ大容量コンデンサでも入れればよいかと思っていたのだが、それではどうもハムが取りきれない。そんなはずは無いのだがここで余り検討する時間も無かったので(定電圧回路を入れてもいいのだがロスの発熱が大きいので)素直にあきらめてSW電源に変更した。(が、これも結局後で思えば回り道のようだった)
ところが12VSW電源を10Vに調節し、直結で動かしてみると今度はヒータの立ち上がり時の抵抗が小さくSW電源が起動しないというトラブル。冷えているとヒータは抵抗値がグンと下がっているのでSW電源直結では過負荷となって余裕のある電源でないと起動しない事に気が付かなかった。そこで電圧調整で直結はやめてもとの12Vにもどし1Ωの抵抗を直列に入れると何とか立ち上がるようになった。ただし、SW電源は手持ちの外付けHDD用を利用したので、定格ぎりぎりとなりリップルやノイズ特性があまり良くない。この辺はもう一度良く考え直さなければならない様だ。
バイアス電圧は予想よりはかなり低めで実効15V程度でプレー度電流は100mAを超える。ヒータ電圧分も加味されるので実際の電圧は10V程度でよいことが解った。球によるバラつきも少ない。
実は球は2種類有って、RCAとGEとが各2本づつある。
左がGEで右がRCAの球で見た限りでは外観からは差は見つからない。
差し替えてみると若干RCAの方がメリハリが強いようだがプラセボかも。まあ予備ということで余裕があるのは心強い。
5.測定
組み上げた後色々とデータを採ってみた。まずは周波数特性と歪率、入出力特性など。
周波数特性はまあまあ。無帰還ならこんなものだろうか。高域が暴れているはOPTの特性と見られる。歪み率特性はあまりよくない。1Wでも1%をこえ10Wでは3〜5%にもなる。試聴した感じでは歪みっぽい感じは無いのだが2次歪みが中心なので余り耳に付かないのだろうか。
ゲインは22倍、出力波形のクリップは緩やかだが大体上下同じようなレベルで歪んでくるので、ロードラインは狙いの通りのようだ。クリップの始まりは±15Vp-p、出力で15Wぐらいだろう。DFは3極管にしては低くて0.4ぐらいしかない。このままだとやはり無帰還は厳しいかもしれない。ノイズは4.2mVと高いがこれはヒータのSW電源のノイズなのがわかっているので別途対処。
低域はコアが大きいためか20Hzでも10Wぐらいまではほとんど波形が崩れない点は立派。PP並みである。小型のトランスだと1Wも持たない。
しかしここで最適負荷を調べていたところ思いがけにことに気がついた。4Ω端子に8Ω負荷をつないで見ると(つまり等価的に負荷抵抗を5kΩにして)歪みを見てみると劇的に下がっている。
測定結果が上のグラフで10Wでもほとんど1%以下に収まっていて、全体に前の1/2から1/5になっている。歪み波形を見ても2次がほとんど消えて高次の部分だけが残っている感じである。おそらくこのあたりがこの球のリニアリティが良いロードラインなのだろう。インピーダンス比が変るのでDFは計算どおり約2倍の0.77になっている。
欠点はやはり最大出力負荷でないのでパワーが落ちることだろう。クリップは上側(出力トランスで反転するのでプレート飽和側)が最初にクリップしてしまうが、ノンクリップで11W程度は取れている。また周波数特性も少し落ちているがむしろ応答波形は綺麗になる。この程度でも充分な特性なのでこちらをメインにしてみる。これなら何とか無帰還でも使える特性かな。
無帰還なので安定性は問題ないだろうが、OPTの暴れがどうかを見るために10kHzの矩形波を確認した。下が出力波形で若干リンギングが見られる。
6.試聴
まだそれほど聞き込んではいないが、830Bは宍戸さんもそういっているが高域に特徴があり、澄んでいながら力強さがあり華麗な音がする。低域はDFが低いのでチョッと持ち上がり加減だが太目の音である。音像の定位は奥目で広がりがある。
OPT2次端子の選択による1次インピーダンスの切換はデータほど音の変化は無いようだ。音が澄んでくるのは解るが音色は同じように聞こえる。線がはっきりし、音像の太さはむしろ減るようだ。
球のメーカやSATRI-ICのVerによる違いも面白い。
お寺のJBLや他のスピーカ、部屋でどう鳴るかはこれからのお楽しみである。