スピーカ音圧周波数特性のシミュレーション

                                                    2013/8/17 石田 隆

 スピーカシステムの設計にあたり、エンクロ―ジャの諸条件にの違いによる出力音圧のシミュレーションを検討してみました。
公開されているソフトもありますが、高次の複雑なエンクロ―ジャに対応しているものは少ないので、多様なタイプに対応できるようにしましたので、基本的な構造からシミュレーションできます。

  ユニットとエンクロ―ジャのTSパラメータから全体、およびポートやユニット単体のみの音圧周波数特性もシミュレーションできます。

1.無限大平面バッフル

 まず最初は単純なユニットを無限大平面バッフルに取りり付けた状態から計算してみましょう。
 
  スピーカ単体の低域の動作は2次の共振系で代替でき、図の様な等価回路で表現できます。(詳細は別途他の資料を参考にしてください)

   シミュレーション例としてfo=100Hz、Q=0.7のユニットを想定します。
 
 各数値はまず振動系質量Moを1Hと置いて、共振周波数からコンプライアンスのCoを、Q値から粘性抵抗のRoを計算します。

 本来はfoを正規化し「1」としますが、グラフ表示を見易くするため、そのままの周波数を入れます。

計算式                     計算例

 Co=1/(Mo*(2πfo)^2)          Co=1/(2*3.14*100)^2=2.53e-06 
 
 Ro=√(Mo/Co)/Qo             Ro=(1/0.000000253)^0.5/0.7=898

 



  音圧を計算するにはこの回路を流れる電流が振動板速度を表しているので、音圧(振動板の加速度)に変換するにはその電流値を微分します。シミュレーション上はコイルを入れその間の電圧を見ることになります。

 左の回路図のLが速度(電流)を加速度に変換するもので、Moに影響を及ぼさないよう小さな値としています。その分(シミュレータの表現上)電圧変換で1000倍に拡大して0dB基準で表示させるようにします。

 抵抗R1の電圧をグラフ化してみると

 


 右図の様になり、foの100Hzをカットオフポイント(−3dB)とする-12dB/Octの2次ハイパスグラフとなります。

 これが丁度Qo=0.7のスピーカを無限大平面バッフルに取り付けた時の音圧特性をシミュレーションしたものになります。

  スピーカの音圧の周波数特性を見るには絶対値はなくとも充分なので、ここでは中音に対する相対値を求めてゆきます。

 以下このシミュレーション出力はエンクロ―ジャを無限大バッフル(2π空間)に埋め込んだ半空間での音圧特性を表わしています。

 *シミュレータは CircuitMakerR Student V6.2cを使用していますが、ディスコンになっているようです。他のシミュレータでも同様にできると思います。


 2.密閉型エンクロージャ

 シミュレーションが上手くできるようになったので、実際的な密閉型のエンクロ―ジャの場合を計算してみましょう。

  密閉型ではエンロージャのコンプライアンスがユニットに付加されるので、この回路に直列に容積分のコンプライアンスを表すC1が加わります。(R2はシミュレーションが上手く収束するめに追加した抵抗で、動作上は無視できます。シミュレータによっては不要です。 )




 数値は実際のスピーカ例としてAlpair10のデータを入れてみました。データとしては実測値で

 fo 42.4Hz Qo 0.65 Vas 19.3L Vc 19.3L

 でVc(L)はエンクロ―ジャの容積でC1は次式で計算します。










 C1=Co*Vc/Vas

 Vasと同容量のエンクロ―ジャに入れるとコンプライアンスは2倍になりQが√2倍の0.9になるので右図のように少し低域が持ち上がります。


3.バスレフ型エンクロ―ジャ

 次はバスレフ型エンクロ―ジャの例を示します。

 バスレフは密閉型のエンクロ―ジャに空気共振のポートを付加したものになりますので等価回路は更にポートの慣性成分を表すM1が加わります。


 
 R2はポートのQで粘性を表す抵抗です。ポートの絞りに対応する値になると思うのですが、数値的には計算はできないので値はカットアンドトライで決めます。

 ポートの共振周波数fdは

ポート面積Sd(cm2) ポート長Ld(cm) 音速c(cm/s)とすると

fd=√(Sd/(Vc*Ld))*c/2π
 =173√(Sd/(Vc*Ld))

で求まります。またfdは

fd=1/(2π√(C1*M1))

ともあらわされるので、この式からM1を計算します。

 今回の例では ポート共振周波数jは43Hz、エンクロ―ジャ容積は20Lです。

 
この時の総合特性のシミュレーションが左の図で低域は群遅延を少なくするため共振点はあまり下げずに少し持ち上げています。




    同じ条件でフリーソフトのWinISDproを使ったシミュレーションが右の図で、当然ながらほぼ同じ特性が得られています。



 


















 またこのシミュレーションでは多少の変更でポート(M1)の出力のみやユニット出力のみの特性も見ることができます。この辺がお仕着せでないシミュレータの面白いところです。

 ポートの出力のみを見るには左の図のようにホートM1に流れる電流を見れば良いので、M1と直列に変換用のLを挿入します。
 
 同じ様にC1とM1の合成電流を見れば右図の様にバスレフ動作時のユニット単独の特性も見られます。

*C1とM1に流れる電流の合成がポートとの合成出力になりそうに思えますが、バスレフでは背面からのポート出力を引いていることになります。ただし実際はポート出力の位相が反転しているので加算の様に見えるのです。














 ポート出力のOmniMICでの実測値は

 左の図の様でピークから10dB下がった周波数で20〜100Hzとほぼシミュレーションの特性とあっています。


















4.ダブルバスレフエンクロージャ



 いよいよシミュレーションの面白さが出てくるダブルバスレフです。形態は通常のバスレフエンクロ―ジャのポート先にもう一つエンクロ―ジャとポートが直列になる標準?タイプです。(それ以外にも色々な変形が考えられます)



等価回路は少し複雑になりますが、左の様な回路になります。
バスレフに第2エンクロ―ジャとポートが加わりC2、M2、R2が付け加わった形になります。

左の計算例のユニットはTangBandのW3-881SI(8cmフルレンジ)の値を使用しました。

fo 110Hz Qo 0.82 Vas 2.8L
第1容積、第2容積とも5L
第1ポート 133Hz 第2ポート 100Hz
第1ポート径3.8cm長さ1.2cm 第2ポート径 4cm長さ5cm

です。R1,R2は今回はダミーで入れていて、実際のデータを合わせて調整します。

今回は2ユニットのパラ動作なので最初にMoを2Hと置いて計算します。fo、Qoは同じでVasのみ2倍して計算します。 計算式は前述の式を使用します。

測定は低域を全帯域で取るのは部屋の影響で誤差が出易いので良く解かりません。設計通り作れているのかを確認するにはまずポート直近の特性を見るのが良いと思います。



ポートの出力を見るシミュレーション回路は左の様になります。
ポートのM2を流れる電流だけを見るようにします。













左の図がポート出力のシミュレーション結果で次の図がその実測結果になります。共振のQが高いですが、これはポート部分に絞りを入れることでダンプできます。

ポートの単独での共振周波数の計算値は

133Hzと100Hzですが、実際は複共振となって値は変わるようで、グラフからみると55Hzと200Hzあたりの様です。



この辺を調整する場合は共振周波数はシミュレーションで見ながら最適値を求めた方が早いかもしれません。















 

この時ユニット単体からの出力特性は左の図様になります。実際の特性(次の図)は2ドライバーで裏のユニットからの干渉もあり、ディップが理想的なシミュレーションほどには下がりませんが、状態は大体掴めます。


 

 

 最終的にポートとの合成特性のシミュレーションは左の図の様になります。
 第2エンクロ―ジャの容積が少し小さいので、この条件では低域はうまくフラットにはなりませんでした。今回はエンクロ―ジャが先に有ったのでこの条件での最適設計をしました。
  また設置状況によっては必ずしも2π空間でフラットが良いとも言えないので、実際の設置条件で設計目標は詰めた方が良いでしょう。

 例えば室内でこのスピーカの特性を取ったのが次の図で、床にベタ置きで2π空間の50cm距離での測定です。この様に室内の壁などで低域は持ち上がるので設置場所に応じた特性に仕上げた方が実際的には良くなると思います。


 シミュレーションでは設計上の狙いと実際の特性の相関が取れるので、製作上の問題点(設計通り上手く組みあがっているかどうか)の把握に役立ちます。また慣れてくれば最終的な望ましい仕上がり特性に合わせて設計・製作できるようになるでしょう。

 トリプル以上のマルチバスレフも同じ考えでシミュレーションできますので興味のある方はトライしてみてください。


 各数値はEXCLEなどで組めば簡単に計算ができるので、繰り返しのシミュレーションも楽になります。そのEXCLEプログラムも別途掲載予定です。

 

2013/8/20 追記修正
2013/8/22 ダブルバスレフ追記













づづく

2013/9/25   Co計算式訂正