はじめに


音楽をやる人たちは、概して不健康です。一日中部屋にこもって楽器の練習をしたり、楽譜を書いたりするので、体に良いわけがありません。それに、考え方の狭い人間になりがちです。ですから努めて外へ出るべきだと思います。私も、ふらっと灯台を見に行ったりしますが、最近はあえて遠出をせずに、身近なところを歩くようになりました。

道端にある石碑や石像に、目を向けたことがありますか。ふだんアスファルトの上を歩き、車で移動していると、道端の石碑など気にもとめないでしょう。だいいち、石碑だの石像だの、そんな“陰気なイメージ”のものに興味を持つ人は、少ないと思います。

そんな石碑や石像の中で、ひときわ目立ち、優しく美しい姿をしているのが、男女の仲良しを描いた「道祖神」です。道祖神には、石像特有の“陰気なイメージ”は全然なく、にこやかな、そしてあたたかいイメージで、われわれの目をひきつける魅力があります。


辰野町 渡戸。延享四年(1747)。

見てください、たくさんの石像の中で、道祖神だけが際立って見えるでしょう。後ろの大きな石碑よりも、はるかに人の心をひきつけます。ところで、この写真の道祖神は、延享四年(1747)のものです。この何気なく置かれている石像が、実に二百数十年前のものだということに気づくとき、私は、驚きとともに感動を覚えるのであります。───ああ、こういった野ざらしのごく当たり前の石像が、何百年の歴史を背負っているんだな、と。

駅前や公園など、街角には洋風の彫刻があふれるようになりました。それらのほとんどは、近年の都市計画によって設置されたものですが、実は、いにしえより「道祖神」という“街角の彫刻”が日本にもあったのだと、改めて認識したいものです。

アスファルトがなく、コンクリートの建物もなく、信号機も標識も、看板広告もなかった時代。村人たちは、何を願ってこれを建てたのだろう、旅人たちは、何を願って手を合わせたのだろう・・・。思いは駆け巡ります。道祖神は、たしかにここに人々の暮らしがあったという、証(あかし)なのです。