形の系譜


道祖神は野ざらしの神ですから、屋根をつけてあげたいという気持ちが自然と起こったのだと思います。石祠の屋根のデザインである唐破風や千鳥破風が、光背碑に付けられるようになったのでしょう。

今ここに、仮説を立ててみたいと思います。

中区は、像を風雨から守る働きと、立体的に見せる効果があり、次第に人気を得たのでしょう。唐破風は龕灯中区に、千鳥破風は駒型中区になってゆきました。円形中区は、どういう系譜で生まれたものか分かりませんが、それまでにないモダンなスタイルとして流行したのでしょう。江戸後期ごろから明治にかけて、爆発的に造られるようになったと思われます。

円形中区の、とんがったものを宝珠(ほうじゅ)と呼びたいと思います。宝珠は、塔のてっぺんや、橋の欄干(らんかん)に取り付けられているもので、アジア一帯で「ありがたい形」として親しまれています。仏教建築・イスラム建築に、数多く見ることができるでしょう。


左:塩尻市 上町。宝珠。ただし、寺院窓と言ってもよい。
右:岡谷市 川岸。宝珠だが、よく見ると、ふくらんでとんがっている。

方形中区・龕灯中区にも、とんがったものが見られます。これらは方形宝珠・龕灯宝珠と呼ぶことにしましょう。


左:諏訪市 四賀 普門寺。方形宝珠。
右:諏訪市 南真志野。龕灯宝珠。

なお注意があります。舟型光背や破風碑は古いものに多く、中区彫りは新しいものに多い、という傾向はありますが、それはあくまで傾向であって、絶対的な時代考証にはなりません。同じ時代でも、いろんなものが造られたでしょうし、ですから形によって、年代を決めつけてしまうのは、乱暴なことです。上の「形の系譜」の図は、あくまで仮説ですから、この図の矢印の順番でデザインが変遷してきたとは言い切れないのです。