子待塔・巳待塔


<子待ち(ねまち)>

甲子(きのえ・ね)の日に、講で集まって精進する行事です。子の刻、つまり真夜中まで起きていたようです。

甲子塔は、「こうし」とは呼ばず「きのえね様」と呼ぶようです。甲子は六十年に一度めぐってきますので、そのときに石碑を建てることが多かったようです。


辰野町。

子待ちの主尊は大黒天(だいこくてん)です。七福神の一人で、もともとはインドの神だったようですが、仏教とともに日本に伝わりました。おもに商売繁盛を祈ったと言われています。


左:松本市。甲子大黒天。
右:安曇野市豊科。安曇野から大町にかけて、米だわらに乗った大黒天の像が多い。

大黒天は、大国主(オオクニヌシ)と同一視されました。オオクニヌシは古事記に出てくる神で、スサノオに焼き殺されそうになったとき、ネズミに助けられた話が伝わっています。それで、大黒様の使いはネズミだと言われています。それにちなんで、子(ね)の日・子の刻を待つのでしょう。


辰野町。大国主命(オオクニヌシのみこと)。

<巳待ち(みまち)>

己巳(つちのと・み)の日に、講が集まって夜遅くまで精進するものです。主尊は弁天(べんてん)。七福神の一人で弁財天とも呼ばれ、水の女神としても知られています。

水と巳(へび)とは関連があり、水害などに悩まされた地方で、よくこの巳待ちが行われたと言います。弁天を祭って、水を鎮めるという意味があったのでしょう。


伊那市高遠。

なお、己巳の日の巳の刻にお祈りをすると、弁天の姿が現れる、という信仰もあったようです。巳の刻といえば、お昼前ごろですから、普通はみんな働いている時間です。そんな時間に集まってお祈りをするのは、現実的ではないかもしれません。