辰野町の沢底には、日本最古の年号のある道祖神があります。「永正二年」と彫られており、室町時代の作品ということになります。西洋でいえば1505年、ちょうどダビンチのモナリザが描かれた年です。
ただし、年号の彫られている道祖神の中で最古、という意味であって、年号が彫られていない古いものは、まだまだあるのかも知れません。

辰野町 沢底。「永正二年・入沢底中」と刻まれている。
この道祖神については、偽作だとする説が広まっています。
(1)一見して新しく、風化が少ない。
(2)室町時代の画風には思えない。
(3)年号に干支が入っていない。
実物を見ますと、非常にいい作品です。私はこれまでに千を超える道祖神を見て回りましたが、これは名品の部類に入るものだと思います。「偽作」などと言ったらバチが当たります。「永正二年」が本当でも本当でなくても、作品自体は一級品です。
石は、安山岩ではないかと思います。非常に硬く風化に強い石です。安曇野によく見られる、風雨に弱い花崗岩の道祖神とは違うのです。五百年の歳月に耐えたとしても、不思議だとは思いません。そもそも、五百年以上を経ている石造文化財は、世にいくらでもあるでしょう。
画風についてですが、古いものは「僧侶の合掌像」が多いのに、この永正二年のものは男女一対の像だから、新しいものだ、という説があるようです。なるほどそのとおりかも知れませんが、古い時代に男女の像が無かったとは言い切れないことについては、まえに述べたとおりです。平安の昔から『男女一対』という図式があったはずです。
人物描写は四頭身で、少し頭でっかちですが、漫画っぽい印象はなく、堂々としていて気品があります。男神が女神のすそに手を伸ばし、めくっている図です。要するにスカートめくりですが、その一瞬をよくとらえた、動きが感じられる絵だと思います。きっと腕のいい職人が彫ったのでありましょう。
すそめくりの図柄ですが、私が知っているところでは松本市に2つあります。(ほかにも握手像と思われているもので、すそに手がかかっているか疑わしいものが、いくつもあるのかも知れません)

左:松本市 岡田 神沢 寛政七年(1795) [繭玉を持つ女神のすそをめくっている]
右:松本市 埋橋 寛政七年(1795) [すそをめくられまいと抵抗する女神]
この2つは、奇しくも同じ年に作られています。だから「すそめくりの図柄は寛政年間のものだ、沢底の道祖神も、寛政年間に作られたに違いない。永正二年なんて嘘っぱちだ」と断定してしまうのは、あまりに簡単すぎて、つまらないことです。
大事なのは、似たような図柄の道祖神がほかにないだろうかと、探してみる知的好奇心を働かせることだと思います。それだけで、鑑賞の楽しみ方がひとつ広がるでしょう。