第四章 故郷にて


31. 帰郷の勧め

釈迦族のゴータマが悟りを得て仏陀になったという評判は、父シュドーダナのもとにも届きました。そこで父は、たびたび使者をやって仏陀に帰郷を促しますが、使者たちはみなそのまま出家して戻ってきません。

最後に遣わされたカールダーイは、仏陀の太子時代からの知り合いでしたが、仏陀は彼の言葉を聞き入れ、千人の弟子たちを引き連れて故郷のカピラヴァッツへ向かいました。

32. 父との再会

カピラヴァッツの街に着くと、仏陀とその弟子たちは、家々をまわり托鉢しながら城へ向かいました。出迎えた父は「なぜそんな、伝統ある我が一族の恥になるようなことをするのか」と叱ったそうです。

すると仏陀は「托鉢こそ、われら修行者の栄えある伝統です」と答えました。そして城に到着すると、仏陀は父を相手に教えを説いて聞かせたそうです。

33. 妻ヤショーダラー

仏陀の帰郷で城内が沸きかえっている中、妻のヤショーダラーは部屋からなかなか出てきませんでした。「きっと太子のほうから、私を訪ねてくれるに違いない」と思っていたからです。

やがて、仏陀が父と弟子とを伴って部屋を訪れたとき、ヤショーダラーは足元にすり寄って、心のままに拝みました。父は、ヤショーダラーがけなげに待ち続けていたことを語ったそうです。

34. ラーフラの出家

仏陀の息子であるラーフラは、「お父さん、僕に財産をください」と言いました。仏陀は「ついてきなさい」といってラーフラを連れ出し、髪をそって出家にしてしまいました。

そしてサーリプッタを、ラーフラの養育係にしたと言われています。ラーフラは少々高慢で、サーリプッタを軽んじるようなこともあり、ときどき仏陀に注意されたようです。

35. ナンダの出家

仏陀の腹違いの弟であり、パジャーパティーの子であるナンダは、近く結婚する予定でした。しかし仏陀は、ナンダを無理やり連れ出し、髪をそって出家にしてしまいました。

シュドーダナは、息子のナンダも孫のラーフラも仏陀に取られてしまい、大変落胆したそうです。そして今後、未成年者は親の同意なしに出家させないよう、仏陀に申し出たのでした。

36. 争いの仲裁

その後も、仏陀はたびたび故郷を訪れたようです。ある日照りの夏のこと、釈迦族と、となりのコーリヤ族が、川の水をめぐって争いになりました。

そのとき仏陀が訪れて、無益な争いをやめるよう仲裁に入ったと伝えられています。あやうく殺し合いを免れた釈迦族とコーリヤ族は、双方から二百五十人ずつを仏陀のもとへ出家させました。

37. 父王の死

父王シュドーダナは、やがて老いのために病の床につきました。そして最期に今一度、子や孫に会いたいと希望したそうです。

父王が危篤という知らせを聞いた仏陀は、弟子たちを連れ、カピラヴァッツに駆けつけたと伝えられています。そして父の最期をみとり、火葬を行い、手厚く供養したのでした。

38. アヌルッダの選択

釈迦族からの出家者が相つぐ中、ナーマとアヌルッダの兄弟は、どちらか一人が残って家を継ごうと決めました。ひ弱だったアヌルッダは、出家生活に耐えられないと思い、家を継ぐつもりでした。

しかし「家を継いだら、耕して種をまき、刈り取って倉に収めるのだよ。この終わりのない仕事を死ぬまで続けるのだよ」とナーマが言うので、それは耐えられないと思い、出家するほうを選んだのです。

39. 王もまた出家する

アヌルッダは出家の決意を母親に告げますが、猛反対されます。それでもアヌルッダの決意は固いので、母親は「もし王が出家するというなら、お前も出家してよい」という無理なことを言い出しました。

アヌルッダが相談に行くと、当時王位についていたバッディヤは「今は仕事があるから七年待て」と言いました。「そんなに待てません」と言うと、「では七日でどうだ」ということになり、出家が決まりました。

40. 床屋のウパーリ

バッディヤ、アヌルッダ、バグ、キンビラ、ナンディカ、アーナンダ、デーヴァダッタの七王子は、連れ立って出家します。彼らは髪をそり、装身具を床屋のウパーリに与え、仏陀のところへ向かいました。

しかしウパーリは、ぜひ自分も出家したいと思って追いかけました。仏陀は、彼ら七王子が高慢にならないよう戒めるために、身分の低いウパーリを先に入門させ、彼を敬うことにさせたそうです。


解説

カピラヴァッツがどこにあったのか、インドなのかネパールなのか、はっきりわかっていません。

釈迦族の政治は、王族の中から王を選ぶという方式をとっていたようですが、次の王になるはずのお釈迦さまが出家し、弟であるナンダも出家したので、お釈迦さまのいとこにあたるバッディヤが王に選ばれたのだと思われます。

アーナンダとデーヴァダッタは兄弟であり、ヤショーダラーの弟にあたります。ヤショーダラーはお釈迦さまのいとこであり、そして妻なのですから、アーナンダもデーヴァダッタもお釈迦さまのいとこであり、義理の兄弟でもある、ということになりましょう。

なんとも複雑な血縁関係ですが、釈迦族にはこのような近親結婚の習俗があったので、他の部族からは野蛮だとも言われていたようです。しかし釈迦族は、自らを「偉大な甘蔗王の後裔」であると称し、非常に誇り高い人たちだっと伝えられております。

なお、釈迦族の誇りの高さを戒めるため、身分の低いウパーリを先に出家させた話はよく知られています。僧団では、一日でも先に出家したものを敬わなければならない、という決まりがあったのです。