はしがき


「実習のない、読むだけの和声学書があればいいのに」と願う人も多いと思います。無理な話だと思うのですが、あえて本書では「読む」という点にこだわって書いてみました。考えてみれば、和声を「読む」ことは、非常に大切な実践的な学問だと思います。

(1)たとえば指揮者は、あらかじめスコアを読んで、分析してから指揮をするものです。指揮者はただ棒を振るだけで、なぜ尊敬されるかといえば、誰よりも曲を勉強している人だから尊敬されるのです。有名な指揮者でなくても、学校の先生でも、一応ハーモニーくらいは分析してから指揮をすべきでしょう。

(2)ピアノを弾く人はどうでしょう。ただ楽譜のとおりに弾く人と、ハーモニーを分析して弾く人では、曲の解釈が違ってくると思います。曲の解釈などというと、なにか哲学的で、精神的なことと思われるかもしれませんが、実はそうではなく、楽譜をきちんと読み取る力こそが、曲の解釈につながるのです。

(3)作曲を志す人はどうでしょう。もちろん和声学や対位法を学ぶことも大事ですが、それにも増して、巨匠たちが残した名作に触れることが大事です。巨匠から学ぶといっても、ただ曲を聞いたり、楽譜を見たりするだけでは話になりません。自らの手で楽譜を読み解き、分析してみて、初めて血肉となるのです。

この世には、星の数ほどの曲があります。どんな曲でも読み解くことができる実力をつけたいところですが、それは無理な話ですから、本書では一応「コンコーネ練習曲を読み解くことができるレベル」を想定して書いてみました。なぜコンコーネかと申しますと、

(1)どんな田舎の楽器店でも「コンコーネ五十番練習曲・中声用」くらいは置いてあるだろう。
(2)古典和声から適度に外れており、初歩の人が乗り越えるにはちょうど良いレベルである。
(3)コンコーネ程度の曲を、まともに分析できないようでは、ほかの曲の分析は無理である。
(4)逆に、コンコーネを分析できる実力があれば、どんな曲でも分析に挑戦できるはずである。
(5)コンコーネ練習曲は、伴奏書法の宝庫であり、その分析は実践的な学問になりうる。

本書が、みなさんのお役に立てば光栄です。

2007年 筆者