月光歌筵


バースデーカードが届く裏面を埋め尽くす中性子線の彩雲
マンションの壁のクラック変体仮名の形で流れてゆく苦い澱               鶴田猛虎

   明るい八月の朝に訪れた暗黒のなかに、ぽっかりと浮かんでいた彩雲。
   それは黎明の雲に似て美しく、そして無限に禍々しく・・・
   とどいた手紙の文字から、不意にすべての意味が消えた。それでもなぜ、苦い後味が残っているのか。

梅雨寒にしみじみ寝ればいくばくか身は不安なきごとき感触
ブランコを今日こいでみたみずからの見た木と空がわりかし好きだ
トラウマか怒りのごとき夏山の威容の中に君を憎む
                  鹿野 氷

 
  しだいに大きく揺れはじめるブランコ。流れてゆく風景。揺らすのは「時」
   時に、揺すられて、ゆっくり大きく。いつまでも続く酔いの中にいて、眠る。そしてひとり、かすかな寒さに毛布をひきよせて眠りつづける雨の日の午後。

真夜中の百合そのつぼみを七分はど開きしさまのその純白よ
保育園の雨の窓よりふろしきを首に巻きたる子ののぞきおり
昼の熱残れる夜の街角にうすみどり色の蛾の現るる
                  森 水晶

の真夜中、光をたたえた水の玉が、ひどくゆっくりと落ちてゆき、部屋の床に砕けた。その刹那、香気が波紋のように部屋に充ちていた。白磁に罅が走るように、百合の蕾が裂けてゆく。

カラカラとアイスコーヒーかきまぜて氷のおとに何をおもおうか
なあんにもなあんにもないこの身体やさしい雨にかなしく濡れる
虹かかる空にブランコもういちどあのころ胸におおきくゆらす            小林智恵子

いくつもの記憶が、すこし離れたところからこっちをみている。
はにかんだ顔のこどもたちのように、こっちに近づいては来ない。
わたしは頬杖をつき、その子たちがこっちに来るのを待っている

朝早く隣家の犬が駆けてゆく川原に夏の花は揺れており
六月のアクアリウムの半地下の水槽に見るイルカの遊戯
合歓の径を一人歩けば潮風が両手両足持ち去ってゆく                 佐藤綾子

 
  犬の目に映る夏。閉ざされた水の中、戯れつづけるイルカ。
   そして、風に奪われてゆく無防備のわたし。

どこまでがわれの領域草野ゆけば草に溺るる揚羽の蝶は
座るべき座にすわらぬ一人よ欠けそめし月の光りが届く                岡口茂子

 
  たけたかい野の夏草の穂先に、見え隠れする夏揚羽は二匹。それがむしろかぎりなく寂しく思われて、そらは青く乾いていたのだけれど。
   窓から斜めにさしこむ光を、ふと目で追えば、そこにはほそい三日月があった。その光は意外なほどあかるくて、でも、その光の消える黎明はすでにせまっていた。

やさしい言葉はいらない背伸びして裂けし傷痕覆うひなげし
5月の青い風を呼び起こし激しくそそり立つ愛
                  藤原 巧

   「・・真っ赤に開いた口が群がり、私に呼びかけてくるなんて」
シルヴィア・プラス「十月のひなげし」より

見えざる手がやさしく廻す観覧車曇天に死者ばかりを乗せて
ただ一度触れた胸には母国語の刺青「ここには誰もいない」  
朝焼けの窓を背にして立つ人のカメオは死後も永久に横顔 
悲しみはさらに大きな悲しみが打ち消すだろう曇天に鳩                松野志保

くの問いかけに、その死者たちはこたえたのだろうか。遠い視線、あるいは伏せられた目。言葉は、ひくい独語のつぶやきにも聞こえた。そして、穏やかで、灰色の影のように憂鬱だった。そう、肉体は夢のようにはかなくかき消える。不在の空虚だけを残し・・・その天使はわたしに顔をそむけたまま、高い空に上っていった。

あたしより綺麗ねあなた生意気ンニャロメところでその服どこで買ったの?
壁に耳ありジョージにメアリー逆さモーションでぶち切れってく導火線 褐色の瞳に埋めたコルダイト火薬              鎌田時江


あはははは!大好き。
最後に

炎天の行軍蟻の頭上より大きな指が現れにけり
陽に還るために舞ひ立つ玉虫の樹上一閃光る鞘翅
                  竹下洋一


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