銀と青


架橋にてたちどまるふと ふれくるはいま 闇に飛ぶ蜘蛛の幼な子


たちどまる なにを聴こうとあの刹那は?不意にひとりになりながらいま


銀白のノイズ流れに降りそそぎ…雨飽和して斜行せよ午後


そして雨 ガラスのように沈む夜いくつものほそい星に切られて


雪、沙、塩…あるいは骨の 灰 既視夢 断片の冬 旅へ…ゆこうか


その真昼ざわめきもなく戸を閉ざすぼくのまちから遠ざかる…沙


中空に鏡のようにそれは…魚?溺れるきみの唇も銀


都市の底に光は揺れる死者たちと…でも氷魚がくる青い淵から


そう…子供の声はなにかをかたる夜…あらしめよなお流れない死屍


潮満ちて青の波影銀となる月わたるころ船を漕ぎいだす



これも早稲田文学に掲載されたもの。このように言葉によって言語表現を組み立てることは、言葉のオブジェになってしまう危険が常にあります。あるいは文字の連なりを眺める(絵画のように)短歌になってしまう可能性も。
かろうじて言葉の縁辺にある暈(場合によってはその対義性)を注意深く組み合わせることで別の原核を生み出す可能性も・・・とおもい実験してみたのですが。
実験 成功したとは言えません。

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