『自我持参!』19960323.発表
「自我持参」
自我を持て。強く強く、自我を持て。
自我をぶつけろ。持てる全ての自我をぶつけろ。
自我で返せ。相手の自我に己の自我を以って返せ。
そして、語れよ。
自分を主張し、相手を吸収し、自我をもて。
自我を守ろうとする外面(そとづら)ではぶつかれまい。
外面が自我を腐らせる。
自我をぶつけ、自我を育てろ。
いいかげんもう、自分に為(な)ろう。
自我を持て。
自分で在(あ)ろう。

今の世には必要だ。
「言いたいことを言ってやれ」
言いたいことを言ってやれ。
それが通るはくそくらえ。
てめぇの言葉で返してこい。
外面なんか剥がしちまえ。
ぶつかりあえばわかるはず。
てめぇら自分を腐らすな。
言いたいことを言ってやれ。
「外面はがし」
なんにもなんにも信じない。
自分以外は信じない。
それは哀しいことなのに。
俺は他人が信じれない。
自分が他人に伝わらない。
他人が俺に語りかけない。
外面だけの’つきあい’たち。
信じられる訳がない。
てめぇら、外面はがしてやるぜ!
「対日本、外面はがし」 今の若者の一人立ちの遅さよ。
裕福に育ち(たいていはそうは思ってもいないだろうが)、
養われることを当たり前と思う。
オヤジ達が『今の若いのは・・・』と堕らぬことを言っている。
それと同じ立場になる気は毛頭無く、『今の若いのは』と敢えて言う。
好きなコトやりたけりゃ、一人立ちしようぜ。
高校行って、クダラネーコトやりたけりゃ、金を自分で稼ごうぜ。
そうすりゃ、クダラネーコト、楽しくできる。
クダラネーコト、くだらねぇと思うかも知れない。
もっと有意義に楽しくなれるはず。
みんながみんなそうすれば、学歴社会なんて潰れる。
やりたいコト学び、賢くなれる。
順番なんてつけられねー。
クダラネー授業で、クダラネー知識つめこまれなくて済む。
自由に生きられる。
外面なんていらなくなる。
やってやろうぜ、一人立ち。

日本の外面はがしちまえ!
「お願い」 周りの人達を考えた行動。
その中でそいつは生きられるか。
そいつが、周りの人達のコトを考えずに行動に出る。
自己主張だ。
周りの人間は止めるコトが正しいのか。
そいつらに、そんな自己主張ができるのか。
当たり障りのない主張が限度だろうが。
自分らしく生きる者を、何故潰す。
自分に無いモノを持ってるから、妬ましいか?
自分にできないコトをするから、ウザったいのか?
尊重してやれ。
周りの人達の、そのまた周りもとやかく言うな。
尊重できないのなら、せめて、口を挟むな。
てめぇらにできないコトする奴を異色とするな。
そーやって、くだらねぇ世間体をつくるんじゃない。
なんで一人立ちさせない。
くだらねぇ親戚関係持続させて、
動きを抑制させるんじゃない。
自由にしてやれ。
自己主張させてやれ。        ・・・お願い。
「俺の人生」 イカレてる。
ハタから見れば、イカレてる。
俺の人生、イカレてる。
現代(いま)から見れば、イカレてる。
でも正しい。
俺から視れば、正しく素直。
俺の人生、後悔無し。
未来(あと)から視れば、俺らしい。
貫き通す俺の人生。
気ままに生きる俺の人生。
「道1」 自分の道を歩いている。
方向が同じ者もたくさんいるはず。

先行く者には助言をもらえ。
後から来る者には声をかけろ。
隣り合えば、語るがいい。

みんなが、その道で成長する。
みんなが、自分の道を歩く。
「道2」 やってるコト、違うかも知れない。
遠まわりしてるかも知れない。
そんなコトを考えながら足踏みしている。
こんな自分は時間を無駄にしている。
やるべきコト、やってるうちは正しいコト。
その道のりに費やす時間も自分の時間。
考え先では経験つめない。
やってる自分は成長している。
「道3」 自分のやりたいコトやってる人が妬ましい。
何故か分からないが、とても悔しい。

そう思った人へ。

自分の目標、忘れていまいか?
他人とゴールが同じなものか?
自分のペースを忘れていまいか?
他人と比べて、自分がどうなる?

みんなはそれぞれ違う道を進む。
方向が同じだろうと、
道はみんな各々のモノ。
自分の道で何を悔しがる。
自分の道で何を妬む。
己の道を歩くものを励ましてやれ。
「本望」 自分を頑固に貫き、ツブれる。
気侭に吐き出し貫き、ツブれる。
引く事知らずに貫き、ツブれる。
後悔しまいと貫き、ツブれる。
やるだけやって貫き、ツブれる。

俺がツブれる。
心がツブれる。
ツブれて本望。
「以言伝心」 人間は言葉を持つ事によって
「以心伝心」の力が弱まった。
ならば言葉で伝えよう。
語って心を伝えよう。
態度で示せば情緒はあろうが、曖昧がつきまとう。
言葉で示せば、力がある。
直接心に突き当たる。

今の世の中、多様に言葉が氾濫し、
嘘臭さが染みついた。
それに惑わされる事なく、犯される事なく、
自分の心の言葉を信じ、伝えよう。

言葉に心が宿る。
言葉の力が身に染みる。
言葉を以って、心を伝えよう。
「本音は何処へ」 はっきりモノ言うと煙たがられる。
そのうちモノが言えなくなる。
そのうちみんな心が黙る。
そのうち本音を隠した会話。
そのうちホントが見えなくなる。
いつになっても解り合えない。
「それに追随」 はっきりモノ言うと聞いてくれる。
とりあえず聞いてくれる。
実はこの方がタチが悪い。
その場しのぎでただ聞くだけ。
心はまるで反応しない。
自分の意見は出しやしない。
俺の言葉が”タワゴト”と化す。
俺の言葉が生殺し。
「哀シイツキアイ」 見エルモノシカ信ジナイ。
聞コエルモノシカ信ジナイ。
ココロノ奥ナドドウデモイイ。
見エルココロニ喜ビ、
聞エルコトバニ楽シム。
ホントノココロハワカラナクテイイ。
楽シイトキガ過ギテイク。
ナニモ残サズ過ギテイク。
楽シクオモエル、哀シイツキアイ。
「自我持参2」 どこがで自我を忘れた者よ。
厚い外面で自我を覆った者よ。
自我を取り戻せ。
強く強く自我を持て。
虚しい心が消えるはず。
一人でも強く、
二人になれば語り合え、
みんながそろえば成長できる。
自我持参。
語り小冊子、記念すべき?一冊め。
今回、この書き起こしに際して数年ぶりにまともに読んだ。
なんだか恥ずかしくなった(笑)
新しい冊子を読んでくれる人の声で、
「優しくなった」とか「丸くなった」と耳にするが、
この頃の思いは決して消えてはいなく、薄れた訳でもなく、「芯」になって馴染んでいると思う。
当時、恥ずかしさを捨て遣り、読まれるとも分からないコ汚い冊子を発表したからこそ、
今の自分がいるのだし。
久々に読んで恥ずかしさを感じたのは、自分の心のうちを、自分に露にされたようだったからでしょう。
はい。なかなか、うまくまとまりました(笑
)              20020103.TAKE
(ちなみに、書き起こす際、漢字・カタカナ・ひらがな表記を、当時の拙さを崩さない程度にいじりました。)