199×年、6月。 青春学園中学テニス部部長、は、コートで練習に励む部員たちを満足げに見つめると、集合の号令をかけた。 「みんな、お疲れ様!都大会まで1週間切ったけど、スタミナは切れてないか?」 「少なくとも、試合よりもいっつもはしゃぎ過ぎでバテてるお前よりは、全然残ってるよ」 「…何だよそれ」 レギュラーである加瀬純司(かせ じゅんじ)の揶揄がの頬を膨らませ、それを見て他の部員たちからも笑い声が起こる。 「まあ、いいや。それだけ元気なら心配ないね。各レギュラーは、それぞれの調整を怠らない事。 他の皆も、自分は関係ないなんて思っちゃダメだよ。人の応援って、時に物凄い力を発揮するんだから」 部員たちの顔を眺めながら、穏やかに言葉を続けるに、1年生の大和祐大は、思わず食い入るように彼の瞳を見つめ返していた。 「それに、先輩たちの技術を盗んで、1日でも早く『レギュラー奪ってやる』くらいの気持ちで 行かなきゃね。いい?」 「はい!」 「OK!じゃあ、今日はこれで解散。1年生と、さっきのミニゲームで負け越した2・3年生は片付け。 レギュラーは軽くミーティングするから、部室に集まって」 「お疲れ様でした!」 いつもと変わらぬ元気な部長と、それに呼応するかのように部員の声が、夕焼けの空に響き渡った。 「大会のオーダーは、どうするんだ?」 「うーん…いつも通りで大丈夫だとは思うけど、念の為に別のパターンも考えとこうかな」 副部長井坂直保(いさか ただやす)の問いに、はシャーペンを回しながら答える。 「お前は、ほぼダブルスで決まりだろ?」 「俺がそうでも、試合の行方によっては『あいつ』をシングルスに持っていく可能性もあるから…」 「…そうなると、俺とお前でペアを組む事になるのか」 「うん。そのセンもあると思っといて」 どちらかというとあまりよろしくない姿勢で、足をぶらつかせながら何やらメモを取っていると、行儀良く腰掛けてそれを隣で見ている井坂では、まるで兄弟のようにも見えて、着替え をする部員たちは、微笑ましく、時にはこっそりと吹き出しながら、彼らの様子を見守っていた。 「あいつといえば…主税(ちから)のヤツ、ミーティングもそこそこに、何処行きやがった?」 思い出したように、加瀬はの最大のパートナーである川喜多主税(かわきた ちから)の姿を探す。 「あー…主税なら、さっきロードワークに出掛けたぞ」 「気合入ってますよね、主税先輩。地区大会で唯一、土つけられた玉林中の人に、絶対借りを返す って言ってたし」 3年生レギュラーの雨宮享一(あめみや きょういち)と、2年生レギュラーの深巻平良(ふかまき たいら) が、加瀬に手を振りながら応えた。 「しかし…本当に正反対だよな。お前と主税って」 ファイルをまとめながら、井坂は肩を竦めて苦笑した。 「え?そうかな?」 「そうだよ。入部したばっかの頃は、まさかこのふたりが仲良くなるどころか、『無敵のダブルス』と呼ばれる ペアに成長するなんて、思いもよらなかったからな」 「それが今や、青学最大のリーサルウェポンっスからね。主税先輩と先輩は。こりゃ、今年こそ全国狙えるっスよ!」 着替えを済ませたレギュラーの浜名千糸(はまな ちいと)と、もうひとりの2年生レギュラー である左近寺了(さこんじ りょう)が、愉快そうに笑った。 と主税をダブルスに引き合わせたのは、顧問の竜崎の采配であった。 元々、性格はまるで違うふたりだったが、テニスの能力は拮抗していたので、一度試しに組ませて みた所、予想以上の成果を出したのである。 人懐こいの事を、はじめは避けていた主税だったが、次第にのペースに巻き込まれたというか、の実力とテニスに対する姿勢に共感し始めていったのだ。 主税自身、を嫌っていた訳ではなく、あまり人付き合いの上手な方ではなかったので、馴れ馴れしい までに自分に近付いてきた彼と、どのようにコミュニケーションを取ったら良いのか、判らなかっただけである。 シングルスでも、十二分に能力を発揮するふたりの名は、いつしか都内だけでなく、関東にも名を轟かせる ようになっていた。 ──「青学に、主税とあり」と。 もうすぐロードワークから帰ってくるであろうパートナーの姿を探していたは、コートの角で素振りをする1年生の姿を見かけた。 「ん…?おーい、大和じゃん」 「あ…」 声を掛けられた大和は、何処か慌てたようにラケットを下ろすと、に向かって頭を下げてきた。 「練習熱心なのはいいけど、もうすぐ下校時刻だぞ」 「す、すみません。今日は、久々にラケット持たせて貰ったから、どうしても確認しておきたくて」 恐縮している大和を見て、は嬉しそうに目を細める。 「いい心がけだな。そのまま続けていけば、お前きっと上手になるぞ」 「…有難うございます。でも、僕はテニス始めたばかりだし、スクールに通ってる他の同級生たち に比べたら、まだまだなんで……」 「別に、スクール通いが偉いって訳じゃないぞ。要は、どれだけテニスが好きか、そしてどれだ けテニスを味方につける事が出来るかが、一番大切なんだから」 「先輩…?」 懐からテニスボールを取り出したは、大和に向かって悪戯っぽい笑みを浮かべる。 「主税が戻ってくるまで暇なんだ。それまで、ちょっとと遊ばない?」 そして気が付けば、戻ってきたパートナーもそっちのけで、真面目な1年生部員の面倒を見る の影が、夕焼けに照らされたコートに伸びていた。 「どうしてもダメなの〜?」 「ダメったら、ダメだ。自分のラケットくらい、ひとりで取りに行け」 2日後。 昼休みの教室で、弁当を片手に不平を漏らすと、それをうるさそうに聞き流す主税の姿に、教室中の生徒たちが、 何事かと注目していた。 「何、言い合いしてんだよお前ら。隣の教室にも聞こえてるぞ」 僅かに顔を顰めながら、雨宮がふたりの前に現れる。 「だって、主税が俺に付き合ってくれないって言うんだもん!」 「お前と一緒に出掛けると、スポーツショップだけじゃ済まないからだ。それに、今日は 俺は用事がある。どちらにしろ無理だ」 「そんなあ〜…」 未だ何か言いたげなに、雨宮は質問した。 「。お前、一体何しに行くんだ?」 「雨宮、よくぞ聞いてくれた!実は、こないだ調整を頼んでたラケットが仕上がったから、 取りに行くんだ!」 ウキウキと答えたの子供っぽい様子を見て、雨宮も主税も思わず苦笑する。 「ウィルソンが誇る、某ウィリアムズモデルのラケット。イエローのラインがとっても俺好みなの♪」 「女選手のモデルのラケットで、何喜んでんだか」 「いーの!どうせ俺は、主税と違って背が低いんだから、女性モデルの方がしっくりくるんですよーだ!」 「…判った判った。どうせお前、俺を付き合わせて見せびらかしたいだけだろう?悪いけど、俺今日は 本当に用事があるんだ。明日ならお前の気のすむまで付き合ってやるから」 「……本当だな?絶対だぞ。明日、吠え面かくなよ?」 「かかねぇよ。もうすぐ昼休み終わるから、俺もう行くぞ」 空になった弁当箱を片付けると、主税はに宥めるように手を振りながら、教室を後にする。 「主税、待ってろよ!明日はおニューのラケットで、ひと味違った俺を見せてやるから!」 「ハイハイ、じゃあ明日な」 「うん、また明日朝練でな!」 いつもの調子で返事をしながら、雨宮と教室を去る主税の後姿を、はいつまでも見送っていた。 事件直後、主税は退部・残りのメンバーも井坂・雨宮・浜名(当時はレギュラーじゃなか った大和も)を残して、青学テニス部を離れてしまいます。 どちらが良い・悪いではなく、「の遺志を受け継ぎたかった」人間と、「を失った事が大き過ぎて、テニス部にいられなくなった」人間の想いが、 自然と分断されてしまっただけです。(2年生は、主税に共感して辞めたのもあります) ちなみに名前こそ出ていませんが、「ghost-24」で井坂と一緒に いたのが、雨宮と浜名です。 |