ついに都大会。 この日の天気は、 梅雨の晴れ間に相応しく、空は雲ひとつない快晴であった。 「うわぁ…」 視界に広がる競技場のテニスコートに、雅は目を奪われる。 まるで、かつての思い出が、そのまま現れたような光景に、自然と雅の涙腺は緩んできた。 「……雅さん、嬉しそうっスね」 「そうだね。4年前に、出たくても出られなかった都大会だし」 桃城の言葉に頷きながら、河村が雅の背中を見つめる。 「フフ。どう、中條?久しぶりに会場にきた感想は」 ハンドタオルで涙を拭く雅の隣に立ちながら、不二が尋ねてきた。 「…不二子。うん、すっごい嬉しい!手塚くん、みんなも有難う!」 『礼を言うのは、試合に勝ってからだぞ』 手塚の呼びかけに、雅は小さく頷くと、涙交じりの笑顔をレギュラーたちに向ける。 「さて。…みんな、全国へはまだ先の大会があるけど、気合入れていきな!」 「はい!」 スミレの言葉に元気良く返事をしたレギュラーたちは、それぞれにウ ォーミングアップを始めた。 「1回戦のオーダーは、どうなってるんスか?」 軽く柔軟をしながら、海堂が大石に質問する。 「そういえば…1回戦のオーダーは、すべて中條先輩が組んでいる筈なんだけど……」 「中條。1回戦は、どういうオーダーでいくつもりだい?」 スコアブックを片手に、乾は、傍らでいそいそと支度をする雅に声をかけた。 「オーダー?…あ、うん。今から決めるから、『黄金ペア』以外のレギ ュラーは、こっちに集まってくれる?」 「今から……って!オーダー提出まで、もう時間ないですよ!?」 「大丈夫、大丈夫。すぐ済むからね」 あっけらかんとした雅の返事に、大石たちは呆気に取られながらも、雅の周りに集合した。 「…ん。みんな、揃ったね。じゃあ、いまから『ずいずいずっころばし』やるから、 両手を前に出して」 「……はァ!?」 あまりにも、テニスとはかけ離れた提案に、メンバーは、思わずずっこけそうになる。 だが、雅は構わずニコニコと微笑みながら、自分の隣にいたリョーマに視線を向ける。 「ドチビ。君、レギュラーの中で最年少だから。代表で歌いなさい」 「何をっスか?」 「『ずいずいずっころばし』の歌。歌った事あるでしょ?」 「知らないっス」 「……遊んだ事ないの?」 「ないっス。何かのおまじないっスか?それ」 小首を傾げながら問い返してきたリョーマ目掛けて、雅の蹴りが飛んできたのは、それから数秒後の事であった。 「お前なんか、日本人じゃねぇ!帰れ!出てけ!」 「何でそこまで言われなきゃなんないんっスか!」 突如憤慨した雅に、リョーマは訳が判らず困惑する。 「ったく!帰国子女だかグローバルだか知らないけど、こういうのは親 の責任だ!テニスのイロハの前に、もっともっと子供に教える事あんだろ!」 「でも、今時わらべ歌知らない子供は、少なくないからね」 「それがいけないの!俺のパパは、絶対にそんな事なかったもん!」 不二の言葉に、雅は半ばむくれながら反発した。 「雅は、お父さんからテニスを習ったのかにゃ?」 「うん。正式にはテニスクラブだけど、5歳の誕生日に、パパがラケットを買 ってくれたのがきっかけだよ」 「では、中條の父親は、テニスプレイヤーだったのか?」 「ううん、全然。どちらかと言うとへたっぴぃな方。でも、勝っても負けても、パパはと っても楽しそうにテニスをしてたんだ。あと、凄くテニスに夢を持っていた人だから」 「どんな?」 「俺のパパとママ、大学のテニスサークルで知り合ったのがきっかけで、 結婚したんだ。パパはいつも、俺に言ってた。『…雅。テニスの試合は単なる勝ち負けを決めるだけでなく、人と人との繋がりも 併せ持つ素晴らしいものなんだ。お前も、その繋がりを大切にしていきなさい』…って」 瞳をキラキラと輝かせながら、いわゆる『ドリームモード』に入ってしまった雅に、リョーマの声が飛ぶ。 「…なるほどね。そんなオヤジさんだったから、あんたみたいなヤツが生まれたんだ」 「あ!コラ、ドチビー!パパの悪口言うなよー!」 「……オヤジさんの悪口は言ってないっス」 リョーマにとっては、ここまで父親を臆面もなく自慢し、愛する雅が信じられなくて、むしろ怒りを通り越えて、感心すら覚えていたのであった。 「…しょうがないから、仕切り直し。海堂くん。きみ、歌いなさい」 「え…」 「う・た・い・な・さ・い」 雅の迫力に気圧された海堂は、ボソボソと歌い始めたが。 「…ずいずい ずっころばし ごまみ……おわぁっ!?」 「……舐めるな。そんなドスの利いたわらべ歌なんざ、子供が泣くわ!」 容赦ない雅の拳が、海堂の眼前を通過した。 「なんだなんだ、マムシィ?俺、ハモるか?」 「……たとえわらべ歌でも、お前とデュエットしたくねぇ」 「どうでもいいけど、そろそろオーダー提出しないと、ヤバイにゃ」 不毛な2年生対決を、菊丸が止める。 程なくして、コートの青学サイドでは、レギュラー陣による『ずいずいずっころ ばし』の不気味な斉唱が行われた。 「……井戸のまわりで お茶碗欠いたのだぁ~れ♪」 歌の締めくくりと同時に、雅の指が、リョーマの右手に当たった。 「──ハイ、決まりぃ!1回戦のS1はドチビね」 「そんな安直に決めていいのかー!?」 「俺は大真面目だよ。次、S2は不二子。S3は海堂くん」 周囲を他所に、雅は次々と選手の名前を読み上げていく。 「……黄金ペアは、今回はD2でお願い。多分、相手はD1に焦点を絞ってきて いる筈だから、逆に先陣を切って攻め込んでくれる?」 「判りました」 「オッケーだにゃ!」 「あれ?と、すると…D1は……」 名前を呼ばれていない、残りのふたりの内のどちらかが、雅と一緒にダブルスを組む事になる。 互いに顔を見合わせている桃城と河村に、雅の凛とした声が届いた。 「…河村くん。今回は、地区大会で痛めた腕をマッサージして、2回戦に 備えてて。ただし、程ほどにね」 「ああ。判ったよ」 「え…じゃあ……」 僅かに動揺する桃城の顔を、雅は面白そうに見つめ返す。 「…そっ。D1は俺と桃くん。ヨロシクね♪」 「──マジっスかああぁぁっ!?」 ウインクしながら微笑む雅に、桃城は目を白黒させて絶叫した。 どうにか締め切り1分前に、オーダーを提出した青学陣は、ギャラリーに見 守られながら、試合のコートへと躍り出た。 D2戦で『黄金ペア』という、思わぬ真打ちの登場に、相手は目論見が外れたようで、動揺したま ま6-0とストレート負けを喫してしまう。 「くそっ!何だって、黄金ペアがD2なんだよ!?」 「でも、そうすると、D1は誰が…?」 「おそらく、不二と河村か…?地区大会でもペアを組んでいたし」 「…いや、オーダー表見てみろ。これって……」 相手校の選手たちが、渡された青学のオーダーに目を白黒させていると、 「あれは、桃城…それに……手塚がダブルスだとぉ!?」 D2を終えて、D1戦の為に、青学の選手がコートに現れた瞬間、ギャラリーからどよめき の声が上がった。 |