新たな魔球を引っさげて、ある意味弟のリベンジ(?)も兼ねたS2の試合は、青学不 二の勝利に終わった。 「あのジローってコ、面白かったなあ。このままいけば、第二の俺になれるかもよ?」 「それは、テニスプレイヤーとしてかい?それとも、文字通り『第二のお前』って意味かい?」 「何、カリカリしてんだよ?不二子」 「別に」 不自然なほど涼しい顔でベンチに戻って来た不二を、は目を丸くさせながら見つめる。 「……今更になって思うよ。何で僕、変に気を回さずに、お前と本気の勝負をしなかったんだろうって」 「俺と?つーかその前に、マジで俺に気ィ使ってたの?アレで?」 「そうだよ。でなかったら、とっくにお前の事、手塚から引き離してたから」 冗談とも本気ともつかぬ口調で、不二はの問いに淡々と答える。 「」 「何だよ」 「天国がどれだけ居心地が良いのか、僕には判らないけど…出来るだけ早く生まれ変わっておいで。そ うしたら、お前の事『もう、テニスなんてヤダ』ってくらい、僕が叩きのめしてやるから」 「……」 そう嘯く不二の表情は、しかしがこれまでに見た事がないほど、真剣なものだった。 滅多に開かない彼の瞳を、は、引き寄せられるかのように見詰め続けていたが、 『そろそろ行くか、。支度をさせてくれないか』 手塚の呼びかけに我に返ると、はベンチから立ち上がった。 さして距離のないはずのコートへの道を、一歩一歩踏みしめるように歩き続ける。 「」 『…なに?』 殊の外穏やかな手塚の声に、意識の交代を終えたは、僅かに訝しがりながら言葉を返す。 「──有難う」 『い、いきなりどうしたの?だいいち俺、苦情や文句はともかく、手塚くんに お礼を言われるような……』 「そんな事はない。俺は…俺たちは、お前に数え切れないものを与えて貰った。 お前が青学テニス部で代々引き継いできた『青学魂』を、俺達は間近で感じ取る 事が出来たんだ」 『手塚くん…』 「本来なら、こうして触れ合う事さえなかったお前と知り合えた事…今なら心から 礼を言える」 『やだな、よしてよ。何だか、もうこれっきり会えないような口ぶりじゃない』 「……」 照れ隠しにおどけるに、しかし手塚は、固い表情のまま唇を噛み締める。 『俺は、いつでだって手塚くんや皆の中にいるよ。皆が俺を忘れない限り、いつでも 傍にいるから』 「───ウソだ」 『…え?』 「………何でもない。さあ、そろそろ気持ちを切り替えるとするか」 『…う、うん。そうだね。さあ手塚くん、油断しないで行こ……』 手塚の態度に僅かな引っ掛かりを覚えつつも、眼前に広がったテニスコートを前に、気持ちを切り替 えようとした刹那。 「勝つのは、氷帝!」 「負けるの、青学!」 「氷帝!氷帝!」 「勝つのは……俺だ!」 「キャーッ!!」 総面積にして約260平方メートルのテニスコートは、ある人物の登場によって、某武道館やアリーナも 真っ青な盛り上がりを見せていた。 「跡部様、跡部様ぁ!!!!」 「氷帝!氷帝!」 「勝つのは、氷帝!」 「負けるの、青学!」 「跡部様ーっっ!!」 それまで身に纏っていたジャージをバサリと宙に放り投げた瞬間、氷帝サイドから改めて女子達の黄色 い絶叫が轟いた。 『……ゴメン。俺、これまでこの世でもあの世でも、試合前にここまでド派手なパフォーマンス、マジ で見た事ないや。ある種貴重というか、紙一重というか…って、手塚くん、何してるの?』 「え…はっ!?」 無意識に手中にあった「おひねり」を慌てて仕舞い込むと、手塚は一度深呼吸をした後で、 努めて平静な声を出した。 「──もういいのか」 「ああ、満足だ。ようやっと、対決の時が来たなあ。ええ、おい?」 ふてぶてしいほど自信に満ちた笑みを浮かべながら、跡部は、ネット越しの好敵手に視線を投げ掛ける。 「今日こそ、決着をつけてやるぜ。せいぜい俺を楽しませてくれよ」 『何だ。お前、俺だけじゃなく手塚くんにも逃げられまくってたんだ。えーと…激ダサ?』 『コラ、!』 「……今、何かほざいたか」 「幻聴だ」 さらりと返す手塚に、跡部は一瞬だけ猜疑の目を向けたが、やがて気を取り直すとラケットを手に所定の 位置についた。 『俺は見守る事しか出来ないけど…頑張ってね、手塚くん!』 「………」 返事がないのは、試合に意識を集中しているからかと思っていたが、手塚の反応に妙な胸騒ぎを 覚えたは、審判のコールが未だなのを確認すると、もう一度彼に呼びかけた。 『手塚くん?』 『………どうした。もうすぐ、試合が始まるぞ』 『あ…ご、ゴメン』 変わらない硬質な声を聞いて、は安堵する。 『いや。……』 『ん?』 『後の事は……任せたぞ』 『な…』 思わず口ごもるに、手塚は、彼にしては精一杯の笑顔を作ると、言葉を続ける。 『この後、お前には対決しなければならない相手がいるだろう?跡部との試合を終えた俺 では、おそらく何も出来ないからな。頼んだぞ』 『う、うん……』 の返答を聞いた手塚は、ラケットのグリップを確かめながら、ふと視線を己の左手 首に巻かれたリストバンドに移した。 隠しポケットが付いているそのリストバンドには、以前リョーマの父親から貰った水晶の勾玉 が忍ばせてある。 一旦ラケットを置いた手塚は、右手でリストバンドの裏側を軽く捲って、中の水晶を確かめた。 夏の陽光に照らされて輝くそれを一瞥すると、手塚はリストバンドを元に戻す。 だがこの時。 光の反射で隠されていたが、実は水晶にほんの僅かな曇りが生じていた事までは、手塚は 勿論、も気付けないでいた。 |