舞の歌声に呼応したかのように、戦場一体に『突撃行軍歌(ガンパレード・マーチ)』が轟いた。
5121小隊の学兵だけでなく、友軍の戦士たち、そして人間たちの声に敵である筈の幻獣 たちも、明らかに別の反応を示している。

『オール!ハンデッドガンパレード!オール!ハンデッドガンパレード!
全軍突撃!
たとえ我らが全滅しようともこの戦争、最後の最後に男と女が1人ずつ生き残れば我々の勝利だ!
全軍突撃!どこかの誰かの未来のために!』

善行の命令で、壬生屋の1番機と滝川の2番機が、一気に敵の軍勢へと躍り出た。
「壬生屋!流れ弾に気をつけろよ!」
「ご心配なく。1番機の重装甲は、伊達ではありません!」
滝川の「七面鳥撃ち」によるアサルトの弾丸が、幻獣たちに放たれる。
いつも以上に命中率の上がったそれは、狙いを外す事無く敵の身体を撃ち抜いた。
「──滅!」
先程敵に投射した太刀を拾った壬生屋は、再び二刀流を操り、残りの幻獣を斬り捨てる。
現代に甦った侍たちが、異形の姿を借りて人類の敵と戦い続けている中を、ようやく速水・瀬戸 口の3番機が追いついてきた。
「瀬戸口くん、ミサイルの準備は?」
「充電完了。いつでもいけるぞ!」
「よし。滝川、壬生屋、離れて!3番機、ミサイル掃射!」
普段の速水からは、想像も出来ない程の鋭い声が瀬戸口を促す。
瀬戸口の長い指が、コンソールのパネルに触れた直後、夥しいほどのミサイルが降り注いだ。


「滝川機、ナーガを撃墜!壬生屋機、ゴルゴーンを撃墜!」
「あっちゃんとたかちゃんの3番機が、幻獣の集団を撃墜なのよ!」
次々と起こる味方の戦果に、若宮とののみも些か興奮気味に声を張り上げた。
「敵の状況は、どうなりましたか?」
ずれ掛けていた眼鏡を直しながら、善行は若宮に尋ねる。
「はい、司令。士魂号の活躍により、残りは数体を残すのみとなりました」
「いい答えですね。即席のオペレーターにしては、上出来ですよ」
「──恐れ入ります」
善行の言葉を聞いて、若宮は表情を変えずに短く謝辞を述べた。
「……Bブロックのゴブリンリーダーは、ゆーぐんのみんなが頑張って戦っているのよ。それと、Fブ ロックのきたかぜゾンビの傍には、ぎんちゃんがいるのよ」
「そこは、おそらく彼らに任せていて問題はないですね。かといって、士魂号をいつまで も密集させておくのもなんですから、分散させるとしましょうか」
言いながら、善行は通信機のマイクを持つ。
「──Aブロックに、幻獣の残党がいます。2番機、後は1番機と3番機に任せて、 あなたはそこに向かって下さい」
『了解っス!』
空になったアサルトのマガジンを取り替えると、滝川の士魂号は、ひらりと上空に身を躍らせ ビルの屋上に立った。
そのまま器用に別の建物へと飛び移りながら、敵のいる場所へと移動していく。
「…これで、どうにか決まりそうですね」
仄かに安堵の匂いを漂わせながら、善行が呟いた直後。
指揮車の通信機に、けたたましい警報が鳴り響いた。


Aブロックに位置するビルの屋上から、滝川は、ゴブリンの集団と懸命に戦っている友軍兵士を 見下ろした。
「よく頑張ってくれたな!ここはオレに任せな!」
まるでロボットアニメのヒーローよろしく、滝川は声高にそう叫ぶと、幻獣の前に立ちはだか った。
弾層を取り替えたばかりのアサルトを、ウォードレス姿の友軍に肉迫していたゴブリンリ ーダーに向ける。
異形の侍がトリガーを引いた瞬間、幻獣の身体に穴が開き、そ こから体液のようなものが飛び出してきた。
『士魂号、暫し態勢を整えたい。少しだけ下がるが良いか?』
「心配は無用だぜ!」
『感謝する。歩兵部隊、一度下がって弾薬その他の確認を……!』
突如、友軍兵士からの通信が不自然な形で途切れた。
どうした、と滝川が返そうとしたのも束の間、小型幻獣しかいなかったその場所に、奇妙な熱 反応と、次いで中型の幻獣数体が出現した。
「な…!?」
思わぬ敵の増援に、滝川は些か慌てたようにアサルトの照準を変える。
だが、そんな士魂号の僅かな隙を逃さず、幻獣たちはまたひとり、歩兵の身体をその理不尽に 大きな拳で殴りつけた。
『ぐああああっ!』
「──おい!?」
滝川の呼びかけも虚しく、パネルから友軍兵士のマーカーが消える。
「……ちっきしょおおおぉっっ!」
ヘッドセットの下で、滝川は瞳を怒りの色に染めると、たった今仲間を屠った幻獣に アサルトの照準を合わせた。


「Aブロックに、敵増援出現!中型幻獣のゴルゴーン3体に、ミノタウロスが2体!」
「めーなのぉ!…ゆーぐんの人が……またひとり死んじゃった……」
幼い顔には似合わない渋面を作りながら、ののみが涙を堪えて戦況を報告する。
「中型幻獣!?いかん、1番機、Aブロックへ急行して下さい!」
新たな敵の思わぬ出現に、善行は心中で自分の判断ミスを呪った。
いくら士魂号といえども、ゴルゴーンやミノタウロスの集団と遣り合おうものなら、多大な被 害は避けられないからだ。
「まだ、戦況はこちらが優勢だ!各自、攻撃の手を休めるな!」
士気を失いかけた兵士たちを奮わせようと、若宮が荒々しい声で檄を飛ばす。
それでも、友軍とはいえ仲間を失ったという事実は、小隊全員の心に動揺という名の波紋を 投げ掛けていた。


「そ、そんな…さっきまで圧倒的だったのに……」
「泣き言は後だ!坊や、俺たちも急ぐぞ!」
「う、うん…そういえば、舞は?彼女は無事なの!?」
「……パネルのマーカーは消えていないし、あいつが死んだという報告もされていない。何処 かにいるだろう」
非常事態にも拘らず、相変わらずの速水の様子に、瀬戸口は彼に気付かれないように舌打 ちをすると、単座型には明らかに劣る機動力をフルに使って、幻獣の元へと急がせた。
壬生屋の背中を追いかけながら、ようやくAブロックの手前まで到達する。
「壬生屋!滝川は大丈夫なのか!?」
『それが…さっきから滝川くんと通信が取れないんです。おそらく……』
「…通信計器をやられたか」
アサルトや敵の弾による硝煙に紛れて、瀬戸口はどうにか2番機の姿を確認した。
流石に5体満足、とはいかないようだが、どうにか無事ではあるらしい。
だが、今の状態が続けばいくら士魂号でも持ちこたえられないだろう。
「ダメだ、瀬戸口くん!こんな狭いビルの間、3番機じゃ通れないよ!」
パネルを確認しながら、速水が悔しそうに声を上げる。
「壬生屋、お前はそのまま直行しろ!俺たちは、後から行く!」
『判りました!』
「坊や!パネルに迂回ルートを出すから、その通りに進め!」
「りょ、了解!」
「ちっ…指揮車なら、ジャミングが使えるってのに……!」
直ぐ向こうで戦っている仲間との、ほんの僅かな距離が妙に遠く感じて、瀬戸口は今度こそ はっきりと舌打ちをした。


「痛ぇっ!」
被弾の衝撃に、滝川は短く悲鳴を上げた。
あらん限りの銃弾を浴びせ、どうにかゴルゴーン2体は倒したが、残りの幻獣を前に、つい にアサルトの弾丸が切れてしまったのだ。
先刻からコクピッド一杯に充満したアラートが、滝川の鼓膜と心臓を、これでもかという程苛 み続けている。
「冗談じゃねぇ…まだ、オレは相棒を捨てる気なんてねーんだ!」
ともすれば、弱気に押し潰されそうな自分を叱咤すると、滝川は士魂号の脚を振り上げると、 ミノタウロスの顔面に目掛けて蹴りつけた。
異形の侍の思わぬ抵抗に、ミノタウロスは僅かによろめいたが、直ぐに体勢を立て直すと、 その奇妙に肥大した拳を、士魂号のコクピッドに報復とばかりに打ち下ろす。
「かはっ…!」
これまでにない衝撃を受けた滝川は、呻き声を漏らすと意識を手放した。
そんなパイロットの様子を知ってか知らずか、ミノタウロスは反対の拳を、再び士魂号のコ クピッドに向けて振りかぶってくる。
「滝川くん!」
仲間の窮地に、壬生屋の1番機がAブロックに到着したが、ゴルゴーンの生き残りが、行く手 を阻まんとばかりに迫ってくる。
まさに今、迷宮の怪物の名を持つ幻獣が、異形の侍の主(あるじ)の息の根を止めようとし た瞬間。

「…ギ?」

彼ら独特の赤い目の前を、小さな影が通り過ぎていった。
突如視界を横切った物体を、ミノタウロスが確認する間もなく、今度は全く予想外の衝撃が、 幻獣の痛覚を刺激した。
「──これ以上、傷つける事は許さん」
ミノタウロスの頭上から、己の小太刀を突き立てた舞は、低い声で告げると、武器を持った ままミノタウロスの頭部の裏側から、勢いをつけて滑り降りた。
それに伴い、彼女の手にした二振りの太刀も、ミノタウロスの肉を剥ぐように引き下ろされ ていく。
この世のものとは思えない絶叫を放ったミノタウロスは、舞が着地したと同時に、ゆっくり と崩れ落ちた。
数秒の時を経て、ミノタウロスの亡骸が霧散していくのを尻目に、舞は今度はもう1体のミ ノタウロスを振り返った。
「来い。お前の相手は、この私だ」
抑揚のない声に反応したのか、そのミノタウロスは、巨体をくねらせながら、己の腕の長さ にも満たない小さき存在に向かってきた。
『し、芝村さん!?無茶です!さがって下さい!』
ゴルゴーンに太刀を浴びせながら、舞の姿に気付いた壬生屋が声を張り上げる。
だが、舞はその場から動く事無く呼吸を整えると、手にした小太刀の柄を握り締めていた。
「ま…舞!?瀬戸口くん!舞が、舞が危ないよ!」
速水の叫びに近い声を聞いて、瀬戸口はミノタウロスに立ち向かう歩兵のマーカーを確認する。
「あいつ…!何て無茶な真似を!芝村!今すぐその化け物から退け!死ぬつもりか!?」
戦闘プログラムよりも素早い入力動作で、瀬戸口は士魂号の通信機から、舞に向かって退避を促した。

『──教えてやろう、優しき鬼よ』

不意に、背筋が凍りつくほどの冷たい声が、瀬戸口のスピーカーから聞こえてきた。
「何…?」

『この世界にはな……人類の敵である幻獣よりも、始末に終えない「化け物」が、1匹存在す るのだ』

己の臨界点にまで「気」を高めた舞は、眼前に迫ってきたミノタウロスを一瞥すると、彷徨 と共に地を蹴った。
肉体と武器がぶつかり合う音と同時に、舞とミノタウロスの影が交錯する。
…そのまま数秒の時が流れたが、やがて舞のヘッドギアとショルダーが、ヒビ音 を立てながら地面に落下した。
次いで、素顔があらわになった舞の膝が、ガクリと崩れる。
「舞!」
裂けた人工筋肉から、夥しい血が流れているのを見て、速水が悲鳴を上げていたが。
「……」
膝を折った舞が口元に笑みを浮かべた瞬間、ミノタウロスの身体が、地面に横倒しになった。


「一閃だと…?バ…バカな……相手は、中型幻獣のミノタウロスだぞ…な、何故スカウト の一太刀で倒す事が出来る……?」
「まいちゃん…すごい……」
あまりの光景に、若宮とののみは報告も忘れて、モニタに映った舞を凝視し続けていた。
そんな彼らの隣では、小刻みに全身を震わせている善行がいた。
どちらかといえば指揮車の中は暑いのだが、今の彼は、まるで体温の全てを奪われたように、 顔色を失っている。

『これで判ったであろう』
追い討ちをかけるように、善行のスピーカーに、芝村勝吏の粘着質な声が届く。
「じ、準竜師!?」
『ヤツを始末するには、丸腰のまま、幻獣の巣にでも放り込まない限り無理だという事を。お 陰で、面白いモノを観させて貰ったぞ…』
「……」
勝吏の言葉に、善行は何も返せないまま、唇を引き結ぶ。
『どうした?もっと喜ぶがいい。この戦いは、そなたたちの勝利だ。敵は殲滅したし、後は適当 に処理をすればよかろう。……以上だ』


プツリ、と通信が途絶えた直後、善行は全身の毛穴から、汗が吹き出てくるのを覚えた。


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