『花の下、銀杏の城にひとり』


はらはらと舞う桜の花弁と仄かな薫りに、舞は「そういえば、昨日中央部から送られて来た 馳走の中に桜餅があったな」と、まるで眼前の壮絶な光景から逃避するかのよ うな事を考えた自分が滑稽で、思わず苦笑を浮かべていた。
尾張・浪速に並んで『三名城』と呼ばれていた筈のこの城は、いまや熾烈な合戦の舞 台と成り果てていた。
かつて、天下取りに馳せ参じた武将も、まさか後年になって己の城を巡って人間と幻獣 が争うなどと、考えすらしなかっただろう。

(だが、これは現実だ)

先刻、大破した異形の侍から脱出する際、辛うじて持ち出す事の出来た救急キットで応急処置 を済ませると、瓦礫越しに敵の姿を覗う。
小隊の仲間達との緒戦、戦闘地区を移した後の友軍との共闘。
そして今。
圧倒的不利条件の中、舞はひとり、幻獣の集団と相対していた。
立て続けの激戦に疲弊しきっていた士魂号は、善戦虚しく息の根を止められてしまった。
共に複座形に搭乗していた来須は、自分以上にダメージが酷く、その後単身引き返 してきた速水司令官の指揮車に、半ば無理矢理気絶させた彼を乗せると、ひと足先に戦線を離脱させた。
ここまで付き合ってくれれば、もう充分だ。
彼の代わりとして頂戴した白い大きな帽子を、胸元に恭しい動作で抱えると、舞はやがてそれを己の頭上に載せる。


(舞!きっとだよ!きっと戻って来るんだよ!)
(……心配するな。私は、必ず戻る)


「──たとえ、どのような姿になったとしてもな」

かつての相棒には言わなかった科白の続きを、口中で呟いた舞は、手の中の小太刀を一回転させると、騎士の如く 敵軍へ向けて悠然と歩き始める。

そんな舞の誇らしげな背中を讃えるように、一陣の風に続いて桜吹雪が、彼女の花道を飾っていった。


個人的には、BGMにマキシム・ロドリゲスの『ダルタニアン』を。


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