視察などで甲斐を訪れる時に使用する屋敷に、政宗はいた。
西日の眩しさにその隻眼を細めながら、政宗は夕空を見上げ続ける。
血潮のような夕焼けは、紅蓮の武士(もののふ)を髣髴とさせる。
だが、
「政宗様」
片倉小十郎が、縁側に腰掛けたまま亡羊と外を眺めている政宗に呼びかけた。
「先程、上田から黒脛巾の一部が戻って参りましたが…やはり、結果はいつもの通りでした」
「…そうか」
諦観と落胆が半々に混ざった声音が、小十郎の鼓膜を震わせた。
「政宗様。敢えて申し上げますが…もう、『彼』の事は諦めた方がよろしいのでは?」
「……」
「同盟を結んでから、かなりの月日が経ちますが、ここまで手を尽くしても見つからない という事は…」
「──なあ、小十郎」
まるで、言葉の続きを聞きたくないかのようにして、政宗は問い返す。
「所詮、アイツにとって俺との事は…どうでも良かったって訳か?」
「政宗様…」


(独眼竜殿!この勝負の決着は、いずれつける!)
(OK。首洗って待ってやがれ!)


あの時。誰にも邪魔をされず、ふたりきりで太刀と槍を交わした戦場で、政宗は幸村と いう人間に強く惹かれた。
彼の迷いのない真っ直ぐな瞳と想いは、紅蓮の炎となって政宗の身体と心を焦がしたのだ。
それなのに。
何故、彼は突然自分の前から姿を消してしまったのだろうか。
武田の屋敷にも、彼の故郷である信州上田にも密偵を放ったが、幸村の消息は、杳(よう) として掴めなかった。
いっその事、死んでしまっているのなら未だ諦めもつくが、彼の墓はおろか、首も遺髪も 見つからないようでは、到底納得出来るものではない。

(あの言葉は、ウソだったのか…?)

まるで見捨てられた子供のように、政宗は両膝を抱え込んだ。


だらしなく丸められた政宗の背中を、小十郎は気遣わしげに見つめる。
この頃の政宗は、何処かおかしい。
この間も、突如夜中に起き出して、ふらふらと屋敷内を徘徊していた政宗を、 寝室に連れ戻したばかりである。(本人に尋ねるも、その時の事はまる で憶えていなかった)
虚ろな表情で彷徨い続けていた政宗を慌てて呼び止めると、彼の口から漏れ出た のは、ひとりの男の名前だった。

「──幸村」と。

(姿が見えずとも、『彼』の炎は、このまま政宗様のすべてを燃やし尽くしてしまうのだろうか…)

己の胸の内に起こった僅かな嫉妬を抑えると、小十郎は夕餉の支度が整った部屋へと、 政宗を促した。




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