「申し上げます。国境付近の村で、賊による襲撃があったとの事です」

屋敷の一室でだらしなく寝そべっていた政宗は、部下からの報告に、気だるそうにその 身を起こした。
「戦じゃあるめぇし、ほっといてもいいんじゃねぇの?」
「そうは参りません。賊を装った隣国の者による仕業やも知れませぬ。そうでないに しても、同盟を結んだ国の民を守るのも、役目のひとつにございますよ」
「面倒臭ぇ…って、ワケにもいかねぇか。ま、退屈しのぎにゃ丁度いいや」
立ち上がると、政宗は小十郎と成実に支度を促す。
「それじゃ、ちゃっちゃと悪者退治に行くとすっか」
「お待ち下さい。襲撃された村には、私と成実殿で参りましょう。政宗様は、これ以上民 に危険が及ばぬよう、村の周辺の様子を見に行って下さい」
「俺に戦いに行くなって言うのか?」
小十郎の言葉に、政宗は面白くなさそうに口元を歪めた。
「そうではございません。賊ごときに御大将自ら出られるなど、伊達家の器を疑われまする」
「小十郎の言うとおりだぜ。それに、ここで民を助けて武田の爺さんに恩を売っといた方が、 色々メリットあんだろ?」
「そりゃ、そうかもしんないけど…」
「そういう訳だから。後は頼んだぜ、梵天」
「あ」
否や、小十郎と成実は、そのまま馬に乗って政宗の前から去ってしまう。
「……チッ」

何だか自分だけ置いてけぼりを食らったような気分になった政宗は、彼らとは逆の方向へ、少々 乱暴に馬を走らせた。


「すまないな。折角休ませたのに、また無茶をさせてしまって」

己の注文に不平を漏らす事無く、馬は青年を乗せたまま、風の如く駆け続ける。
村から出た青年は、襲撃を受けたという近隣の村まで、馬を急がせていた。
「助けを呼びに行く」とは言ったものの、やはり余所者の自分では、信用してもら えないかも知れない。
だから、あえて青年は件の村へ向かった。
もし、そこに生き残りがいれば、彼らを保護した後で、助けを呼べる場所へと案内して貰うつ もりであった。
だが、万が一の時は……
手綱に巻き付けられた三尺程度の棒に、青年は視線を走らせる。
持って行くつもりはなかったのに、コレを手にした感触が、今でも自分にとって心地よいもの である事に、青年は無意識に表情を曇らせた。

(勘違いするな。もう、お前は「あそこ」へは戻れない。…「あの人」の所へは戻れないんだ)

今は非常事態だから、ともう一度自分に言い聞かせながら、やがて青年は、村の近くまで到着する。
瞬間、青年の鼻腔を、嫌な意味で慣れ親しんだ匂いが擽ってきた。
「あぁ…!」
明らかに、人の手が加わった事による狼煙(のろし)と、あたり一面に無数に横たわる屍を見て、 馬から下りた青年は、自分の悪い方の予感が当たってしまった事に、悲嘆の声を漏らす。
狼藉者達の手によって無残に斬り捨てられた屍に、合掌も満足に出来ない今の自分をもどか しく思いながら、青年は片手だけで、せめて彼らが成仏出来るよう心の底から祈った。
するとその時、

「何だお前…?まだこの村には、死に損ないがいやがったのか?」

野太い男の声を耳にした青年は、立ち上がる。
首を巡らして周囲を見回すと、一件の民家から、複数の男達が姿を現した。
「へっへ。命が惜しかったら、その馬と、有り金全部置いていきな。そうすれば、助けてや ってもいいぜ」
「もっとも、俺たちから逃げ切れたらの話だけどな…おい、いつ まで死人相手に楽しんでやがる」
男が家の中に呼びかけると、腰紐を直しながら、新たにもうひとり賊が外へ出てきた。
「ったく、お前が無茶しやがるから、俺に回ってくる前に死んじまっただろうが」
「いやあ、面目ない。でも、事切れた女の『ナニ』って のは微妙な締まりで、一度ヤると病み付きになるんですよ」
「──この変態が」
「何とでも。でも…女ほどじゃないにしても、あそこにいるヤツなら、そこそこ楽しませてくれ るんじゃないですかい?」
「……違いねぇ」

下卑た薄笑いを浮かべる男の指が、嫌悪も露に男達を見返している青年に向けられる。
「妙な気起こすんじゃねぇぞ。大人しくしてりゃ、殺すのだけは勘弁してやるぜ?ただ し…俺たちをちゃーんと、満足させる事が出来ればな」
言いながら、男の垢と血と砂に塗れた不潔な手が、青年の粗末な外套にかかった。
バサリ、と外套が落ち、衣服越しからでも判る程、適度に引き締まった青年の肢体が、男達の 前に晒される。
「コイツ、腕一本ないですぜ」
「お前、片輪かよ。ま、ヘタに抵抗されるよりは、こっちの方が手間が省けて いいってもん……ガァっ!」
青年から外套を剥ぎ取った男が、更に彼の前襟に指を延ばそうとした瞬間、鋭い手刀が男の腕 に打ち付けられた。
男が怯んだ隙をついて、青年は馬の手綱に絡めておいた棒を構えると、彼の延髄に叩き込む。
ぐげ、と情けない声を上げたのも束の間、意識を失った男は、ドサリと地面に崩れ落ちた。
「て、てめぇ!」
「やっちまえ!」
思わぬ反撃に、賊たちは各々の武器を構えると、一斉に襲い掛かって来た。


袈裟懸けに自分を斬ろうとした男を、青年は棒で払いのけると、もうひとりの刀から繰り出 される攻撃を、巧みな動きでかわしながら、その手元目掛けて腕を振り上げた。
普通の人間には、少々短く感じられるその棒は、片腕の青年にとっては、丁度良い武器で あった。
まるで、針の穴を通すような正確さで、賊の手から刀を叩き落とした青年は、彼の鳩尾に 膝蹴りを入れた。
「げほ…っ!」
地面に吐瀉物を撒き散らせながら、刀を奪われた男が悶絶する。
だが、
「この野郎!」
何処からか飛んできた鎖が、青年の棒に絡みついた。
咄嗟に反応して、奪われるのは防いだものの、動きを止められた青年は、そのまま羽交い絞めに される。
「なめた真似しやがって。だが、こうやって動きを抑えれば、こっちのモンよ」
喉元に迫った鎖に、青年は苦し紛れに息を吐き出した。
鎖鎌を構えた賊の頭領らしき男は、息を荒げながら、鎌の刃を青年の首筋に突きつけた。
「死にたくなかったら、諦めてその物騒なモンから手を離しな。そうすりゃ、今ならまだ、代 わりに俺たちの熱い『棒』を、上下の口に銜えさせるだけで許してやるぜ?」
首元に当てられた刃の冷たさと、腰に押し付けられた男の塊の熱さに、青年は不快気に眉を 寄せる。
「さあ、どうすんだ?このまま死にてぇのか?」
更に凄んでくる男の言葉に、青年は一瞬だけ全身の力を抜くと、隙を突いて鎖の絡まった棒の先 端に己の右手を延ばした。
そして、青年の棒先に触れていた指が動いた直後。

「ぐは…っ!」
「──アニキ!?」

棒の先端から突如飛び出した白刃が、青年を拘束していた男の首に突き刺さった。
おびただしい血飛沫を立てながら、引っくり返る男に目もくれず、青年は、慌てふためく賊たち に、今では短槍と化した己の武器をゆっくりと構える。


彼らを睨み据えるその瞳には、一度見た者は二度と忘れる事の出来ぬ、紅蓮の炎が宿っていた。




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