『成人の日』



「舞、お誕生日おめでとう!」
「おめでとうございます」
今月の頭に除隊したばかりの、舞の20歳の誕生日を、ささやかではあるが、 かつての仲間たちが温かく祝った。
「……私はもう、ひとりのしがない民間人だ。それでも、このような宴の 席を設けてくれた事、心から感謝する」
手作りのバースデイケーキに灯った、年齢分のロウソクを、舞は2、3度息 を吹きかけて消す。
沸き起こった拍手に包まれて、少女時代よりも幾分大人びたその表情から、 照れくさそうな笑みが漏れた。

「それにしても…元気になったみたいで、本当に良かったわ」
ケーキを皿に並べながら、原がぽつりと零す。
「あの時……来須くんが阿蘇で戦死してから、芝村さん、まるで人が変わ ったように戦い続けていたから」


1999年の熊本最前線の年。
舞は学兵として5121小隊に所属し、人型戦車『士魂号』の複座型のパイロッ トとして、相棒の速水厚志と幾多の戦場を駆け続けていた。
その中で、舞は同じ部隊のスカウトであった来須と、恋人関係にあった のだ。
無口で無表情な男の何気ない振る舞いに、舞のヘイゼルの瞳が嬉しそうに 細められていたのを、小隊のメンバーたちは、好奇心と僅かな嫉妬も含めて、 ふたりの様子を眺めていたものである。
しかし、戦時下という過酷な状況の中で、恋人たちの幸せは長くは続かなか った。
敵の砲弾にウォードレスごと撃ち抜かれた来須は、舞を残して戦場の露と消 えてしまったのである。

───皮肉にも、その日は彼女がひとつ、齢を重ねた日でもあった。


「気にするな。覚悟はしていた」

来須が死んだ時も、舞は気丈な態度を崩さなかった。
その様子に、『所詮、彼女も芝村の人間なのだ』などと、心無い悪評 が流れていたほどである。
だが、一見冷静な表情の裏で、舞が計り知れない哀しみを、懸命に堪 えている姿を知る者もいた。
誰に頼るでもなく、すべてひとりで背負い込んでいる舞に、 やるせない想いを抱いていた者も、少なくなかったのだ。

『恋人の弔い合戦』と呼ぶには、あまりにも凄まじ過ぎる勢いで、舞は 来る日も来る日も幻獣を屠り続けていた。
やがて、熊本全土の敵を狩り尽くした時、彼女の胸には世界で5人目となっ た『異形の証』が、ぶら下がるようになっていた……


「このようなものを貰った所で、死んでしまった人間が、還って来る訳で はないのにな……」

己への賞賛や栄誉も、本司令部からの誘いもすべて断り、舞は2004年の4月 1日に軍を除隊して、市井の人間となった。
「しばらくは、のんびりしたい」と、除隊前に彼女が言っていた通り、か つての小隊の仲間たちは、図書館や博物館などで、時折舞の姿を見かけて いた。
一見穏やかではあるが、やはり何処か寂しそうな様子に、ある時速水や原 たちが中心となって、月末にある舞の誕生会を行おう、という話になった。
『あの日』以来、舞の誕生日は、恋人の命日となっていたので、正直断ら れるかも知れないと思っていたが、意外にも舞は、速水たちの誘いにあっ さりと、承諾の返事を寄越してきたのだ。

仲間たちの祝福を嬉しそうに受ける彼女の姿に、その場にいた誰もが、心 の底から安堵していた。


「舞、何処に行くの?」
すっかり盛り上がった宴をよそに、ドアを開けて外に出ようとする舞に、速 水は声をかけた。
「──速水か。…なに、慣れぬ酒を飲んだので、少し酔ってしまったようだ。 夜風にでも当たろうと思ってな。すぐに戻ってくるから心配はいらぬぞ」
振り返った舞の表情は、仄かに薄紅色に染まっているように見えた。
「僕も、一緒に行っていい?」
速水の言葉に、舞はほんの一瞬だけ瞳を細めたが、
「……悪いが、ひとりで行かせてくれぬか?もし、粗相をするような事があ っては、そなたに申し訳ない」
「え?僕、そんなの気にしないよ?」
「そなたは平気でも、やはり『うら若き女性』としては、切実な問題なのだ」
大げさに肩を竦めてみせながら、舞はやんわりと速水の申し出を断った。
「でも…」
やや不満そうな速水の前に、均整の取れた舞の小指が差し出される。
「──ならば、『指切り』だ。私が一度でも、そなたに嘘を言った事があ ったか?」
優しく微笑んだ舞の瞳に吸い込まれるように、速水はドキドキしながら自分 の小指を絡ませる。
『ゆびきりげんまん』の歌をふたりで小さく口ずさんだ後、指を下ろそうと した速水の動きが止まった。

「……舞?」

結ばれた小指を、まるで食い入るように見つめていた舞は、速水の声に我に返 ると、慌てたように手を離す。
「…すまぬ。どうやら私は、自分が思う以上に酔っているらしい」
困ったように笑い声を上げると、舞は速水からゆっくりと背を向けた。
「──舞、あんまり我慢しちゃダメだからね?何だったら、原さんや壬生屋に 連絡するんだよ!」
心地よく耳に馴染んだかつての相棒の呼びかけに、舞は右手を振って応えなが ら、それでも彼女の足は、速水から次第に遠ざかっていった。


月明かりの中で、八重咲きの桜が散り終えたソメイヨシノの代わりに、春の夜 を彩っていた。
満開の八重桜に囲まれた一角で、舞は歩みを止めると、己の小指をしげしげと 見つめる。
「……私は今日、20歳になった。そなたは、未だ19歳……『子供を騙すのは大 人の特権』とは、よく言ったものだな」
自嘲気味に呟くと、舞は、羽織っていたジャケットのポケットから白い帽子 を取り出した。
恋人の形見でもある帽子を一瞥すると、舞はやがてゆっくりと頭に載せる。
義姉である小杉ヨーコから『遺品』として受け取っていた帽子を、今まで彼 女は、自分の傍に置いも、決して被る事はなかった。
だが、今の彼女は何のためらいもなく、恋人の形見の品を初めて身に着けた。
表情を隠すほどの大きな帽子の下で、舞は口を開く。

「どうだ?この世界は、お前の思い通りにはなったか?」

まるで、空気が張り詰めるのではないかという程の、低く硬質な声に、風がざ わざわと揺らめいた。
「私を除いたお前の娘たちは、本当にいい子ばかりだ。香織…陽子 ……そしてのぞみ。世界の為の『道具』として作り、扱っていたにも拘らず、 彼女たちは、それでもお前を愛している……」
帽子の鍔に手をやりながら、舞は淡々と言葉を続ける。彼女の声に合わせて、風 の音も次第に強くなってきた。
「私も…認めたくはないが、心の何処かでお前を愛していた……だが、 『あの日』から私のお前に対する想いは、はっきりと憎悪に変わった」
ジャケットを脱ぎ捨てた舞は、腰に差された二振りの小太刀を取り出した。
スカウトが白兵戦用に使うカトラスと、同じ素材で作られたそれは、彼女が自 分専用として、芝村から取り寄せた特注の武器である。
「世界の為に作った道具が、化け物となった感想はどうだ?一族どころか、『ひ しゃく星』の商人たちすら、脅かしかねない存在となってしまった事も、予測通り であったか?」
一息に言い切ると、舞は小太刀を持った利き手を、後ろに振り上げた。キン、と 音がして、彼女を狙っていた青い光が、四散する。

「……『お父様』。このような私を、成人するまで黙認して下さった事、心から 感謝致します」

至極柔らかな舞の声が、夜桜に彩られた空間を満たす。
その瞬間、舞の背後からふた筋の光が襲ってきた。
横跳びにかわすと、舞は暗闇の向こうからやってきた人影に、唇の端を吊り上げる。

「───さあ。清算の時だ」


そう言って振り返った彼女の瞳は、まるで鋭利な刃物のように、青白く輝いていた。


『遺品』の続きのようなもの…とでも、思って下さると嬉しいです。
某同盟の「舞姫誕生日」企画の時に、出そうかどうしようかギリギリまで迷ったので すが、当サイトのオリジナル要素があまりにも強すぎるのと、めでたい誕生日企画 なのに、こんな
ドス黒い話を投稿するのもなんだよな……と、思い止まりました。

でも、もうひとつの「企画テーマ」には、投稿する気満々だったりします。
ただし、ギャグ。それも、絶対怒られそうなもの……(やめとこうね)


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