「武田が策、とくと味わうがいい!」 「今回ばっかりは、退屈しないですみそうだぜ!」 「──カット、カット!政宗クン、もうちょっとそこはふてぶ てしく言わなきゃダメだって!」 カチンコの音と共に、監督の声がその場の空気を切り裂く。 「いいかい。摺上原でのふたりの戦いは、この作品のクライ マックスなんだよ。熱い幸村に、クールな政宗。なのにキミが幸村の 熱血につられてどうすんの!?」 「…すいません……」 身に付けた衣装の重さも手伝って、俺の心身は一気に疲労を訴えてくる。 そして、そんな俺の姿を見つめてくる『幸村』の冷たい視線に、自分の 長身を更に小さく丸めたくなってきた。 何も言わない分、彼の心意はこちらにイヤと言うほど突き刺さって くる。 『──これだから、演技の素人は困るんだ』 ああ、その通りだよ。 だけど、これでも素人なりに一所懸命やってるんだぜ? ったく、何でこんな事になっちまったんだろう…… 事の起こりは、半年ほど前にさかのぼる。 『今度、ゲームメーカーから戦国時代を舞台にした作品が出るそうだ。そ のイメージキャラを募集しているんだが…』 とある事務所で、駆け出しのモデルとして仕事をしていた俺は、ある日マ ネージャーにそんな話を持ちかけられた。 ゲーム業界と芸能界というのは、最近ではよくある仕事の組み合わせだ し、その会社というのが、聞けばその道じゃトップクラスの業績を上げ ている所だという。 オーディションに受かれば、イメージキャラとして販促用のポスターや プロモーション(と言っても、本当に僅か数分くらいなのだが)ビデオ に載るし、これを機に、多方面への売り込みも夢じゃないかも知れない。 …まあ、『ゲームのイメージキャラ』っていうのがちょっとアレだが、 これも夢への第一歩と思い、マネージャーの薦めに応じる事にした。 オーディションは、製作元であるゲーム会社の一室で行われた。 中には、一緒に仕事をした事のあるヤツや、ライバル事務所のヤツもいて、 内心「ダメかなあ」と思っていた。 ところが、俺の番になった時、審査員席の一角から、食い入るように視線を向 けてくる人がいた。(後で判った事だが、その人物はゲーム開発チームの お偉いさんだったらしい) 1週間後、先方から「合格」の通知を貰った俺は、主人公『伊達政宗』のイ メージキャラとして、発売までの間、ポスターやゲーム雑誌の紙面を(ほんの ちょっとだけど)飾らせて貰う事となった。 奇抜な衣装や眼帯に、正直戸惑ったりもしたが、幸いな事にゲームはヒット し、相当な売上数を叩き出したそうだ。 頑張った甲斐があったなあ、としみじみしていたのも束の間。 ゲーム会社と、その世界じゃ「鬼才」で知られる映画監督が、このゲームの Vシネマ化を発表した。 そして事もあろうか、主人公の『伊達政宗』役に、俺を指名してきたのだ。 冗談じゃない。俺は演技なんかやった事がないし、それも主役なんて到 底無理だ、と断りの返事をしたのだが、監督の「キミ以外で『政宗』を撮る 気はない。断るのなら、この企画自体をなかったものにする」と、半ば脅 迫めいた直談判に、所詮弱小事務所の駆け出しモデルが、首を横に振る事な んか出来ない訳で。 そして、今。 俺の毎日は、慣れない演技と、それに比例しすぎたNGの数を築くに至っている。 何度目かのリテークで、スケジュールが詰まっている他の役者さんたちに、これ 以上皺寄せがいかないように、と、摺上原のシーンは後日撮りという事になった。 「はぁ……」 自分の不甲斐なさにスタジオの隅で落ち込んでいると、飲み物を片手に大柄な 男がやって来た。 「よ〜ぉ、ど疲れさん♪まーた、こってりと絞られたもんだなぁ」 「……元親の兄さんか」 礼を言って飲み物を受け取った俺は、先程よりは控え目だが、もう一度息を吐く。 「落ち込むな、落ち込むな。はじめは皆シロウトだぜ?ちょっとずつでいいから、 慣れてきゃいいんだよ」 「…どうも」 元親さんは、『悪役軍団』という事務所から来た悪役専門の俳優である。 年齢は20代後半だが、中学を卒業後すぐに芝居の世界に飛び込んだ彼は、若手の 名悪役として、TVドラマなどで注目を集めている。 経歴としては、ベテランの域に入ろうとしている彼だが、下積み生活が長かった らしく、確固たる地位を築いた今でも、俺のような新人をはじめ、スタッフなど周 囲に対する細やかな心配りが出来る人なのだ。 「いい演技を求めるなら、モデルの俺より、ちゃんとした俳優さんを選んだ方 が、良かったじゃないですか……」 今更言っても始まらないのだが、一向に好転しない自分の現状に、ボヤかずには いられない。 「うーん…だけどな。あの監督は、酔狂や話題作りでキャスティングするような 人じゃないぜ。俺も前に、あの監督と仕事させて貰った事があるけど、どんな端 役にも新人にも、一切の妥協を許さなかったからな」 「そうでしょうか…」 「ああ。その監督に目をかけられたんだから、もっと自信を持っていいん じゃないか?…っと、おお、幸村じゃないか。お疲れさん」 「…お疲れ様です」 元親さんの動きにつられて顔を上げると、さっきまで一緒に撮影していた幸村が、 俺たちの前を通りかかってきた。 役柄では「お館様LOVE」の熱血野郎だが、本来は、とても物静かで勤勉なヤツなのだ。 …やっぱりプロの役者だよな。 年齢はそんなに違わないのだが、幼い頃からこの世界にいた幸村を見ていると、つく づく今の自分が情けなくなってくる。 「あの…今日は悪い。何度も撮り直しさせた挙げ句……」 「そう思うなら、もう少し真面目に台本を読んでくれないか。さっきのシーンも、 ちゃんと君の箇所には『不敵に笑いながら』って、但し書きがあったんだぞ?」 「まあまあ。お前さんと違って、政宗は未だ演技に慣れてねぇんだ。ちょっとくら いは大目に見てやれよ」 「リテーク13回は、充分大目だと思いますけど」 元親さんのフォローを一蹴すると、幸村は俺に厳しい視線を向けてくる。 「カメラの前に立つからには、素人も何も関係ない。泣き言い ってる暇があったら、少しでもNGを減らしてスタッフに迷惑が掛からないようにす るんだな」 「…っ!」 「──おい!」 言い過ぎだ、と元親さんが詰め寄ろうとする前に、幸村は俺達から背を向けると、 佐助たちの所へ行ってしまった。 悔しくない、と言えば嘘になるが、それでもアイツの言う通りの現実に、俺は何度目 かのため息を吐く。 「…やれやれ。昔は、あんなんじゃなかったんだけどなあ……」 「え?元親さん、前にもあいつと仕事した事あるんですか?」 元親さんの口から出た呟きを聞いて、俺は目を丸くする。 「まあ、むこうは憶えちゃいないと思うが…お前も観た事ないか? 『天才少年の華麗なる事件簿』」 「…ああ、あれですか!勿論ですよ!」 『天才少年の華麗なる事件簿』とは、IQ180の天才小学生が、大人顔負けの名 推理で難事件を解決していくというTVシリーズで、主役の少年を、当時の幸村が 演じていたものである。(ちなみに元親さんは、『主人公を誘拐したが、逆に主人公 にやり込められてしまう間抜けな犯人役』で出ていたそうだ) その斬新なストーリー展開と、何よりも主人公である天才少年の演技に、 当時のお茶の間のゴールデンタイムは、すっかり魅了されていた。 かくいう子供時代の俺も、自分と年の変わらない天才少年が、大人たちをギャフン(ち ょっと死語だな…)と言わせる場面が小気味良くて、毎週ビデオチェックしていた程 夢中になっていたのだ。 だから。 この仕事を引き受けた時、あの頃憧れだったヤツと共演出来るのを 知って、本当に嬉しかったんだ。 だけど、そんな俺の浮ついた気持ちは、あいつの仕事に対するあまりにも真剣な姿勢に、 一気に霧散してしまった。 足を引っ張る訳にはいかない、と思えば思うほど、俺の身体は言う事を聞いてくれなくなる。 「嫌われてんだろうな。俺…」 心配そうにこちらを見ている元親さんからあえて顔を背けると、俺はもういい加減数えるの もイヤになるほどのため息を、深く深く吐き出した。 |