自販機で飲み物を買うと、幸村はあおるように中身を一気に飲み干した。

「……気にするくらいなら、最初からイジメんなよ」
「な、別にいじめてなんか…!」

佐助の言葉にややむきになって反応すると、幸村は、向こうで元親と一緒に台本と睨 めっこを続けている、政宗の姿を盗み見る。
「初心者なんだから、無理に構えたり背伸びをしなくたって いいのにな。まっ、相手がお前さんだから、余計緊張してんのかもよ?」
「……皮肉のつもりか?」
「さて、どうだろうな」
普段は口数の少ない幸村だが、児童劇団時代から付き合いの続いている佐助の前だ からか、年齢相応の態度を取る。
「大体俺は、今回のオファーは断るつもりでいたんだ。この作品よりも、出たか った映画のオーディションがあったから。だけど、『師匠』の命令は絶対だし…」
「ああ…配役発表の前から『お前と久々の共演だ』って言ってたもんな、センセ のヤツ。今日の撮影も、共演者どころかスタッフドン引きする程の、熱血ぶりだったぜ」
「……」
茶化したように笑う佐助とは対照的に、幸村は僅かに表情を曇らせた。


幸村と佐助の言う「師匠」「センセ」とは、彼らが演ずる役の上で、「お館様」と呼ばれ る人物である。
幼いふたりに、芝居のなんたるかを厳しくも優しく教えてくれた人であり、途中で アクションスターの養成所へ行ってしまった佐助はともかく、幸村にとって は、第二の父といっても過言ではないほどの存在なのだ。

小さい頃から芝居一辺倒だった幸村には、今回のような「ゲームがベースのVシネマ」など というものは、まるで未知の世界であった。
配役が「真田幸村」と聞いて、一体どのような戦国武将を演じたら良いものか、頭を悩ま せる前に、史実の彼らとはとてつもなくかけ離れた設定と描写に、流石の彼も面食らわずに はいられなかった。
それでも、与えられた仕事はこなそうと、自分なりに「真田幸村」の役作りに努めたが、 撮影を始めてみれば、共演の「政宗」は演技の素人だし、他のスタッフたちも、それまで幸村が 現場で味わってきた質とは程遠いもので、彼の気持ちを落胆させるには充分だった。
先日も、とうとう思い切って師匠である「信玄」の元へ、役の降板を願い出たが、師匠は頑 として幸村の申し出を受け入れてはくれなかった。

「まさに『慢心するな』だ。ここには、お前の学ぶべきものが山ほどある」

「こんな所で、いったい何を学べって言うんだ……」
「何か言ったか?」
「──別に」
やがて、同じ養成所仲間の「かすが」が佐助を呼びに来たのを見て、幸村は席を外すと、着替 える為にロッカー室へ続く廊下を歩き始めた。
曲がり角に差し掛かろうとした時、喫煙所の方からスタッフらしき話し声が聞こえてくる。


「所詮素人だから仕方ないけど…もうちょっと『政宗』も、リテーク減らしてくんないかね」
「それでも、たまーに見せる表情に『おっ』て思う時があるんだよ。ま、このゲームのイメージ キャラなのもあるし、素質はあんじゃねーの?」
「『幸村』の演技も、悪くはないんだけど…どうしても子役時代の『天才少年』がちらついて、違 うってカンジがするんだよな」
「ああ、判る判る。『元・天才子役の悲しい性』ってヤツかねぇ」


スタッフの揶揄に幸村は唇を噛み締めると、こちらに気づいたスタッフが、慌てたように会釈して くるのを無視して、廊下を駆け抜けた。



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