「──あなたか、わたくしか」 「いずれかの命運が尽きる…」 「はい、カット!OK!川中島の龍虎対決シーン、これで終了です!」 スタッフの歓声と拍手に、『謙信』と『信玄』のふたりは、互いを労う ように微笑を交し合った。 「お疲れ様でした。ドラマの撮影もあるのに、大変でしたね」 「いいえ。何だか久々に昔を思い出して、楽しかったですわ」 トレードマークともいえる白い頭巾を取ると、謙信は、その下に纏めていた髪を解いた。 こげ茶色のセミロングがふわりとなびき、それまでの『美麗の軍神』から、TVで良く 目にする女優の顔に戻る。 宝塚時代は、男役のトップスターとして、ヅカファンたちを虜にしていた彼女だが、 現在では実力派女優のひとりとして、月9ドラマやCMなどで活躍しているのだ。 「あなたから見て、どうですか?若手の具合は」 「あら。それでは私が、まるで『年増』だと言わんばかりですね」 「──あ、いやいや。そういう意味ではなくて」 「うふふ…冗談ですよ」 実生活では、小学生の子供が2人いると聞いていたが、こうして目の前にいる謙信は、 まるで少女のように見える。 つくづく、女性とは魔物のようなものだな、と信玄は内心で思っていた。 「そうですね…共演の『かすが』ちゃんや『佐助』くんは、アクション専門だけ あって、素晴らしい身のこなしでしたし、『政宗』くんも…荒削りだけど、真剣な姿勢 が伝わってきました」 初めての撮影で、こちらの「そなたはうつくしい」という科白に、顔を 真っ赤にして慌てふためいていた隻眼の竜を思い 出して、謙信は控え目に失笑する。 「このまま場数を踏んでいけば、いい役者さんになれるんじゃないかしら」 「貴方がおっしゃるのなら、間違いないですね」 謙信の言葉を聞いて、信玄は鷹揚に頷いた。 「それでは、ウチの『幸村』はどうですか?」 「幸村くん…ですか……」 重ねられた質問に、謙信は僅かに語尾を濁した。 そのまま舌を止めてしまった謙信に代わって、信玄は彼女の考えている事を口にする。 「身贔屓、と言われるかも知れませんが…幸村は、才能に恵まれた役者だと 思っています。だが、今の彼は壁にぶつかっている……」 「…ええ」 小さく頷くと、謙信は左手を口元に当てた。 確かに『幸村』としての演技は、非の打ち所がないものの、今の彼には『何か』が足りないのだ。 それを自覚しない限り、彼は延々と出口のない迷路を歩き続ける事になる。 「かつての自分に、必要以上に縛られているのでしょうね。私にも覚えがありますから」 望む望まぬにかかわらず、一度植え付けられたイメージというのは、中々拭い去れるものではない。 それは、宝塚の男役から女優の道を歩き始めた当初、謙信が味わった違和感や焦燥感に良く似 ていて、それだけに幸村の心情は、他の人よりは少しだけ判る気がする。 だが、 「──こういう時は、他人が何を言ってもダメなの。自分で気付かなければ、ダメなのよ」 「『謙信』さん?」 「信じましょう。彼が、その日を迎える事が出来るように」 「……そうですな」 (何故です?何故、今回の仕事を勝手に決めてしまったんですか!?) 別口のオーディションを受けようとしていた『幸村』に、半ば強引にこの仕事を 入れたのは、『信玄』であった。 彼には悪いが、今の状態でオーディションを受けても、到底合格するとは思えない。 たとえ「親バカ」だと言われようと、 幼い頃から、まるで息子のように見てきた幸村がこのまま潰れていくのを、信玄が みすみす見逃せる筈もなかった。 せめて、殻を破る何かきっかけを見つけられればいいのだが。 そう考えながら、控室に向かう信玄の目に、ふと何かが留まった。 「えっと…『遠路はるばる来たお客さんだ。遊んでやんな』」 「おらおらー、気合入ってねーぞー?もっと腹から声出してけー?」 「──まだですかぁ!?」 「そう、今ぐらいのだよ。ちゃんと出せんじゃねーか」 スタジオの一角を借りて、『元親』の指導の下、『政宗』が読みの練習をしていたのだ。 未熟ながらも、懸命に役作りに励む政宗と、それに付き合う元親の面倒見の良さ に、信玄は目を細める。 『…彼が、幸村にとって良い刺激になるといいのだが……』 彼らに気付かれぬよう、そっとスタジオの前を通り過ぎると、信玄は脳裏に自分の 愛弟子の姿を浮かべる。 『ワシは見ておるぞ、幸村。お前が、本当の自分自身に気付くまで』 そこで、「これではまるで、作品のふたりそのものだ」という事に気付いた信玄は、 忍び笑いを漏らした。 |